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お人形の館 8-3

 お菊だがお凛の部屋に通されたのである。冬は廊下で南蛮椅子に座って待機である。

「凛凛!お久しぶり!元気?」

「お菊!どしたんや!なんでウチの屋敷に?」

 お凛は驚きの声を出すとお菊に抱き付いた。

「摂津の戦での巻き添えで凛凛の執事をろくの根来衆の兵が撃ってしまったって聞いたの。だから心眼様や弥生さんが凛凛のお父さんにお詫びに来てあたしも凛凛と仲直りしたくて一緒に来たの」

 お菊が言うとお凛は少し黙った後

「ウチは実はあの人知らんねん!いつもウチを見張ってる人やねん!怖いねん!」

「え?」

 お凛は意外な事を言ったのである。

「凛凛。落ち着いて。あなたの執事じゃないの?」

 お凛は首を横に振った。

「ほんま知らんねん。いつも黙って後ろに居たねん。ウチと話さないねん。そしていつもウチの父上にウチの事を報告してるねん」

「そうなんだ」

「あ!お菊。ウチの父上に会ったんか?」

「会ったよ!」

「ウチの父上も怖いねん。ウチだから六花仙と言うより外に居たかったねん!」

「凛凛」

 お菊はさっきのお凛の父の自分の手や髪を撫でる動きに少しぞくっとしたのである。まだ子供のお菊だが最近何となく男と女の意味を分かるようになったのである。

「あ!お菊は大丈夫やった?」

 お凛は普段見せない怯えるような顔でお菊に聞いたのである。

 お菊は数秒黙った後に

「何が?」

 にこりと笑っておいたのである。

「良かった!そっか!だからここに居るんやもんね!ウチ、お菊にまた会えてほんまに良かったわ!嫌われんで憎まれんで済んだわ!」

 お凛は涙目でお菊に再度抱き付いたのである。

「そや!おいちはどうなんかいな?」

「ろくや根来衆と揉めたんで今は雑賀の郷に帰ったよ」

「そうか。なんか雑賀衆や堺衆がろくの巻き添えで死んだ時、あの軽いだけと思うてたおいちが泣き叫んで怒りながらろくに殴り掛かったの見てウチびっくりしたわ。アイツすごい仲間想いだったんや。その後やけど織田の兵と戦(いくさ)になって薙刀を必死で振ってたら敵を斬ったり刺してしまったわ。その人ら死んでるか生きてるかも分らんかったけど。ウチ、六花仙になりたいってなんで言うんだろ。なんてこの世を知らないアホやったんやろって思うたわ。もうたまらんかった。ううう」

 お凛は再度お菊の胸に顔をうずめて泣いたのである。

「凛凛。そんな悲しい事があったんだ。おいちも」

「お菊やってひどい目にあったんやろ?奈阿と京香と太郎兵衛が目の前で死んだって。倉蔵もおかしくなって家に帰されたって」

「凛凛」

 お菊も悲しくなりお凛を抱いた。

「嗚呼。進むは極楽。退くは地獄ちゃうねん。進むも地獄。退くも地獄やねん。でも六花仙になるって言った自分も悪いねん。堺衆や会合衆の(自由の自治の)ために戦わないといかんねん」

 お凛の悲痛な言葉にお菊も貸せなかった。

「ねえ。凛凛。今度おいちが帰って来たら3人でこの戦いが終わるまでどんなにきつくても生き残ろうよ。生き残れば良い事あるよ」

「そやな。そうや!」

「弥生さんに聞いたけどおいちだけどおいちのお父さんの(鈴木)重秀様が今後も本願寺に協力してくれるって。だからおいちも本願寺に戻すって」

「そうか!嬉しいな!あ!ウチの父上は何か言ってたか?」

「凛凛のお父さん難しい政治の事を言ってたんで細かくは分からないけど今後も本願寺に協力してくれるって」

「良かったわ!」

 お凛も安堵したのである。

「お菊!なんか暗い話ばっかやったからなんか楽しい話しよ」

「そうだね。おいちも言ってたけど雑賀の郷って海とか山がきれいなんだって。遊びに行こうよ」

「賛成や!」

 お菊とお凛はその後は嫌な事を忘れようとたわいのない話をしたのである。

 

 いつの間にか既に夕方になっていた。

 交渉は全て無事に終わりようやく一行は石山本願寺に戻る事になったのである。

「凛凛。今度道場で会おうね!」

「元気出たわ!みんなで遊ぼうや!」

「お凛も元気が出て良かったわ」

 弥生も嬉しそうに返したのである。


 しかし帰り道、お凛の件をお菊は話したのである。

「お凛はあの執事を知らないと?」

「お凛を監視しているだと?」

 阿形と吽形がお菊の言葉を聞いて驚きながら言った。

「お凛、父上との関係、うまく行ってなかったのね」

 弥生も暗い顔で言った。

「変にアホみたいに金持ってる奴ってみんな訳アリやな。心が無いんかいな。自分の黒いのは全部金で揉み消して済ますんやろうな」

 マリアが吐き捨てるように言った。


 本願寺への帰りだが

「ちょっとひとりで寄りたいところがあって。失礼するわ」

 弥生が突如別行動を取ると言い出したのである。

「分かった。気をつけてな。あと弥生。今日は誠に申し訳なく。私も顕如様に今日の件は率直に話をして顕如様から君に詫びを入れてもらう」

 心眼はわざわざ下馬し弥生に深く頭を下げたのである。お菊は何が起こったのか何となく感じたのである。女としての勘である。

 弥生は荷駄持ちの男、長兵衛と太郎だけ連れて別れたのである。

 長兵衛は50歳過ぎの男でいつも弥生の荷駄を持つ男である。太郎も同じ程度の年齢で出陣時や遠出への外出時に護衛と荷駄持ちとして移動時に弥生の後方を槍を持って歩いていた。

「あのう。あたしも一緒に行って良いですか?」

 お菊は弥生に聞いたのである。

「構わないわ」

 弥生は普段通り返したのである。


 お菊は弥生の後に付いて行った。

 しかしお菊は少し間を開けてから

「あたし、凛凛のお父さんに会わなければ良かった」

 下を向きながら悲しく言ったのである。

「あんなお父さんもいるんだと。あんな」

「お菊。ごめんなさい。私も今日は反省したわ。私が間違ったって。あなたを連れて来てはダメだったって」

 弥生も悲し気に言うと黙って馬を進めた。


 海岸に出ると遠くの水平線上に夕日が掛かろうとしていた。

「わあ!きれいな夕日だ!」

 お菊だが少し元気を取り戻したのである。

「そうね。心が休まるわ」

 弥生も返した。

 馬を止めしばらく海を2人で眺めていたが

「私は安芸因島(広島)の出なの。この海の遠い向こうにあるの。島が点在し波が穏やかな綺麗な場所よ。10年以上戻っていないけど」

「そうなんですか」

「あなたが私の事を慕ってくれて嬉しいわ。でも私はあなたが思ってるほど大した大人じゃないわ。もちろん、人は誰でも大人になるわ。でも良い大人になるか悪い大人になるかはその人次第ね」

「……」

「私は父と折り合いが悪くて家を出たの。そして尼寺に入ったの。修行をしようとしてね。でも男が出来てそこも出て今ここにいるのよ」

「弥生さん……」

 お菊は弥生の意外な過去に少し驚いたのである。


「嫌な男はすぐに寄ってくるけど良い男ってなかなか寄って来ないのよ。世の中うまく行かないわ。ふふふ」

「……」

 お菊は弥生の自虐的な笑いに返せなかった。

 馬を砂浜の水際まで進めると弥生は馬を降りたのである。

「あなたには今度良い大人の話をするわ。ちょっと泳いでくるわね」

 そう言うと弥生はいきなり全て脱いで海に入って行ったのである。

「!」

 お菊だが弥生の予想外の行動に驚きつつ、お互い女性で弥生の裸は何回か見ているがやはり恥ずかしくて赤くなり目をそらしたのである。

「そ、それにしても寒くないのかな。弥生さん。夏じゃないこんな時期なのに」

 お菊が赤くなりながらひとりで言うと

「嫌な事があったんや。清めたいんやよ」

 長兵衛は弥生のいつもの事と言わんばかり表情を変えずに普通に脱いだ着物をきれいに畳み太郎も無表情に焚火の準備を始めたのである。


 沈む夕日を背に長い髪を振り回しながら弥生は水を浴びていた。

「きれいだな。弥生さんて大人なんだな」

 お菊は思わず呟いた。

「良い大人か。良い大人」

 お菊はそう言うと馬を降りたのである。

「え?お菊殿?わ!」

 今度は予想外で驚く長兵衛と太郎を気にせずお菊も全て脱いで着物を渡すと海に入ったのである。冬なので寒くて水も冷たかったが気にならなかったのである。

 お菊は初めてかもしれないが泳いでみたのである。自分でも驚くくらい泳げたのである。

「?お菊!」

 泳いで来たお菊に弥生も驚いたが

「泳げた!」

「ふふふ!はい!」

 弥生は水を思いっきりお菊に掛けたのである。

「あはは!あたしも!」

 お菊も弥生に思いっきり水を掛け返したのである。

 お菊と弥生は夕日が沈むまで海で清めてもらったのである。



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