慣れよ 地獄に 6-3
奈阿だが着物をはぎ取られても鬼の形相で必死に抵抗していた。男4人掛かりで両手両足を何とか必死に抑えていたが男たちは体格が男勝りで屈強で力がある奈阿に手が出せなかったのである。悪戦苦闘していた。
「この女なんて馬鹿力だ!くそ!」
「大人しくしろ。畜生!手伝え!もう一度縛るか!」
「馬鹿!縛ったら楽しめんだろうが!」
その時であった。
「何をやってる!殿(徳川家康)に見つかったらただではすまない!」
騒ぎを聞いて15歳前後の元服したばかりの若いが身分の高そうな武将が慌ててやって来たのである。
「ちっ!邪魔が入った。誰かチクったな」
傭兵の棟梁の太った巨漢は渋い顔をした。そう言えば新しい部下が1人居なくなっていた。
「殿が住民に手を出すなと言明されてるだろう!」
「若大将様。こいつは住民じゃないですよ。石山本願寺の間者なんですよ。どうせ殺すんですよ。殺す前にちょっと遊んでも良いじゃないですか」
「この子が石山本願寺から来た証拠はあるのか!殺すにしても殿の赦しを得てからだ!順番を守れ!お前たちを雇ったのは私だぞ!主君の命を聞け!」
「ちっ!若大将様。固い事言わない。こんな時間にうろうろしてるなんて間違いなく六角の支援をするために送り込まれた石山本願寺の間者の連中ですよ。こうなったらあなたも一緒に楽しみましょうよ」
「無礼者!」
「へっへ」
傭兵の集団は若侍をバカにしたのである。若い彼は歯ぎしりするだけである。
「若様!どうされました?」
すると今度は30歳前後の足軽大将らしき男が新たに来たのである。
「渡辺殿!このような破廉恥な事に!申し訳ありません!」
若侍はこの足軽大将に詫びた。
(畜生。一番面倒な奴が出て来た)
傭兵の棟梁はもっと渋い顔になった。
「これはこれは。いかんな。この子の口靴を外してやりなさい。ワシが事情を聞こう」
「無駄でっせ!絶対こいつは石山本願寺の間者だ!」
ただ傭兵の棟梁は密かに太刀を抜く準備をしたのである。命令違反の責を問われて成敗されるなら反撃しようと思ったのである。
渡辺は腰をかがめ口靴を外させると奈阿の近くに顔をやり小声で言ったのである。
「お嬢さん。大丈夫か?大きい声で私は石山本願寺と関係ないと叫びなさい。そうすればワシがこの男らを成敗する。すぐに助けよう」
「う、ううう。地獄に仏だね。おっちゃんありがとう」
奈阿は思わぬ助け舟に泣き出したのある。
「ワシは三河で阿弥陀如来様を信奉してる。(石山本願寺の門徒衆の)お嬢さんと同じなのだ。ワシに任せなさい」
(まずい)
渡辺が奈阿に語るのを聞いた傭兵たちは渡辺に成敗されるくらいならと思いそっと太刀に手をかけた。
渡辺もゆっくり気付かれないように太刀に手を掛け反撃の用意をしたのである。
「おっちゃん。あたしは(浄土真宗の)三河源妙寺の娘や。だからな」
奈阿は渡辺に言うと次の瞬間
「進むは極楽!退くは地獄!」
石山本願寺の教義を叫んだのである。
「!」
渡辺は固まった。奈阿は門徒衆の信念を捨てなかったのである。
「へへへ。渡辺様。言った通りでしょ?遠慮なく楽しませてもらいますよ?」
男たちはみんな大笑いした。その油断した一瞬であった。奈阿の両手を抑えていた傭兵の片手が笑いを抑えようと離れたのである。奈阿はこの一瞬を逃がさずこの男の脇差を素早く奪い抜くとそのままこの男の首を斬ったのである。男は絶叫して倒れると奈阿は素早く起き上がり右足を抑えていた男の首も斬ったのである。この男も絶叫し倒れると
「あたしは六花仙のはしくれさ!演技に掛かってバカが!女を喜ばせられない役立たず持ちの獣ともが!死ね!」
叫びながら続け様に左足を抑えながら呆気にとられていた男の首元を刺して倒し、慌てて太刀を抜こうとしたもう一人も首筋に脇差を斬り込んでもんどり倒したのである。
「太郎兵衛、京香の仇や!」
そして最後に傭兵の棟梁の男に飛び掛かり首筋を斬ったあと腹に脇差を突き刺したのである。
「ぶ!」
「死ね!醜い臭い獣!」
しかしこの男は太っており脇差では首にも腹にも致命傷を与えられなかったのである。脇差が脂肪だらけの腹に突き刺さったまま抜けない隙に
「この野郎!」
この男は血だらけになりながらも傍に置いてあった脇差を抜くと叫びながら奈阿の背中に突き刺さしたのである。奈阿は抵抗空しく息絶えたのである。
対岸で様子を見てた心眼たちは驚きの顔で
「奈阿。お見事」
「演技で隙を狙っていたとは。さすが六花仙第5席次候補」
阿形も驚きながら続いた。
「助けられなくてごめんなさい。南無阿弥陀仏」
弥生はただ祈っていた。
小次郎もお菊も固まっていた。
「あわわわ」
突然の凄惨な惨劇に若大将は涙目で失禁しながら腰を抜かしてしまった。
「ぐううう。渡辺様よ。なんで黙って見てたんだ?俺の言った通りだろうが!なんでこいつを止めなかったんだ!」
棟梁は苦しそうに血が止まらない首と腹を抑えながら恨めし気に渡辺に抗議した。
「そうだ!そうだ!」
この男の配下も渡辺に抗議した。
渡辺は黙って立ち上がると奈阿の遺骸を持ち上げまっすぐに整え直した。見開いていた目をそっと閉じ、自分の陣羽織を脱いで掛け、懐にいつも忍ばせている小さな阿弥陀如来像を奈阿の横に置くと念仏を唱え始めたのである。そして念仏を唱え終えると
「お嬢さん。お見事。天晴。武士の鏡」
そう言うと立ち上がり突然太刀を抜いたのである。
「確かにこのお嬢さんは石山本願寺の間者だったようだ。貴様がそれを見抜いたのは誉めてやろう。しかし門徒衆の処遇の件は殿の判断を仰いでからだ。命令違反は許さん。貴様らのような下衆も三河武士にはいらん。地獄にでも行ってこのお嬢さんに詫びろ」
「おい!やめろ!味方じゃねえか!」
棟梁の絶叫と同時に渡辺の太刀はそのまま棟梁に振り下ろされたのである。棟梁は首を落とされると同時にその重い胴もどさりと無言で倒れたのである。
「ひいい!」
棟梁の残った部下数人が慌てて太刀を抜いて渡辺に反撃しようとしたが技量差でろくに抵抗できずあっと言う間に全員斬り捨てられたのである。
「許してくれ!助けてくれ!」
抵抗せず命乞いした残りの傭兵も渡辺は何の躊躇もなく無表情に斬り捨てたのである。
徳川の陣は大騒ぎになっていた。
「あの男なんで味方を殺したんだ?一体何が起きてるんだ?」
「分からん」
阿形と吽形が仰天していたが会話は川の音で聞こえず心眼らにも分からなかったのである。
「どうした!なんの騒ぎだ!」
騒ぎを聞き本陣から驚いた顔の本多忠勝とそれに続き寝起きで眠そうな顔の徳川家康も出て来た。
「うぐ!」
しかし忠勝と家康は血と遺骸だらけの現場でのけぞった。
「殿!申し訳ありません!私が手配した傭兵が殿の赦しも得ずに町で捕らえた門徒衆の女子に乱暴を働いて反撃された次第でして!ううう!」
若大将が泣きながら言うと本多忠勝が
「渡辺守綱!で、これは貴様がやったのか!」
「左様で。ワシが殿に代わって成敗しました」
渡辺は平然と家康に返した。
「この女は石山本願寺の間者だったのか?」
鬼の形相になった家康が問うと
「左様のようで」
渡辺は再度平然と答えた。
「傭兵であっても味方を殺すのは看過できん!首を出せ!」
家康が言うと渡辺は座って首を差し出したのである。家康も太刀を抜いた。
「連中が手順を踏んで殿の赦しを得て黙って殺すならワシも手を出すつもりはなかった。しかし殿の赦しも得ずに弄んで殺すのは破廉恥過ぎて三河武士として許せん。あと信長の耳に入ったらただではすまんだろうよ」
渡辺は家康にふてぶてしく言った。
信長の耳に入ったら。これは家康のもっとも嫌い、いや、恐ろしい言葉であった。
あと渡辺は家康の部下であったが家康と同じ年齢で家康の三河統一戦時代の苦労を知りまた渡辺の槍の腕は無双で兵としては殺せない男であった。傭兵が家康への処遇確認を怠った命令違反も確かに問題であった。
「守綱!石部の宿場町でも騒ぎがあったと聞いた。こいつらが起こしたんだろう。だから今回は貴様に免じて無かった事にしてやる。ワシのためにもっと奉公せい!」
家康はそう言うと太刀を納めてずかずかと本陣に戻ったのである。忠勝も慌てて家康に付いて戻ったのである。
渡辺は家康を見送ると立ち上がり
「貴様ら!早く獣を捨ててこい!目障りだ!お嬢さんは近くの浄土真宗の寺で供養して頂け!」
渡辺が大声で怒鳴ると
「は!はい!」
足軽たちは慌てふためいて対応したのである。
渡辺は泣きじゃくる若侍を起こすと彼の肩に腕をかけながら彼を慰めるように一緒に奥の陣地に下がって行ったのである。
最後の渡辺の怒鳴り声は対岸にも聞こえたのである。
「なんか分かんないけどすげえ人で」
小次郎が驚いた顔で思わず呟くと
「あんな敵もいるんだ」
お菊も呟いた。
一行は三雲城に闇夜に紛れて後退したのである。




