慣れよ 地獄に 6-2
しかし事件は起きたのである。
出発して40分も経っていなかったが倉蔵が泣きながら息を切らせて走って戻って来たのである。
石部の宿場町の入口で警備の傭兵と揉め事になり悪態を突いたとの理由で太郎兵衛は斬られて逆上し反撃した京香も斬られ奈阿は倉蔵を逃がすため素手で対応し捕らえられたと言う。倉蔵は命からがら逃げ帰って来たと言う。
「奈阿、京香、太郎兵衛、本当にごめんなさい」
奈阿が捕まり、京香と太郎兵衛が斬られたと聞き、弥生は悲し気に独り詫び事を言った。太郎兵衛と京香が斬られて強靭な奈阿が捕らえられたと聞いてお菊、小次郎、千代目、一郎たちもにわかに信じられず固まっていた。
「なんだ?だらしない。口だけだったか」
杉浦だがここで悪態を突いたのである。
「太郎兵衛!奈阿!京香!うわああ!」
倉蔵はただ泣くだけである。
「軍艦様。あなたの命でこの子たちはこんな目に遭っていますが?先ほど何かあったら責任を取られると言われましたね?知らないと言うなら成敗しますよ」
弥生だが怒りの顔で薙刀に手をかけ、それに合わせるように金閣と銀閣も怒りの顔で杉浦の背後に回って杉浦を取り押さえようとしたのである。
「弥生!何の真似だ!ひ!」
杉浦は慌てると
「軍艦。奈阿を放っておけない。出かける」
心眼だが奈阿を救出するため出発の支度を始めたのである。
「貴様ら!勝手に出発するな!これ以上被害を増やせん!」
杉浦が激怒したが
「あなたはもう良い。下がってくれ。ここからは私が指揮する。本願寺に戻ったら顕如様に大事な門徒の子女を簡単に失った事に対する始末書をせいぜい書いてくれ」
心眼が厳しく言うと杉浦は歯ぎしりしたが返せなかったのである。
「倉蔵はもういい。待機してろ。千代目と一郎は倉蔵を守してくれ」
心眼配下の阿形が言うと千代目と一郎はうなずいたのである。
「よし!行くぞ」
心眼、阿形、吽形とその配下が数名出発すると
「お菊、小次郎、ついて来る?もしかしたら辛い物を見せられると思うけど」
弥生が悲しそうな顔で言うと
「行きます!奈阿!助けてあげる!」
「行くさ!地獄でも何でも見てやる!修行さ!」
お菊と小次郎が弥生に続くと
「よっしゃ!野郎ども!行くぜ!」
マリアとその配下の金閣と銀閣らの一党もすぐに心眼らを追い掛け夕闇に消えて行ったのである。
一行が石部の宿場町の入口に来ると入口では住人らが護衛の徳川の兵と騒いでいた。
「う!」
「わ!」
小次郎とお菊は思わずのけぞった。
太郎兵衛と京香が晒し首になっていたのである。胴体は無造作にそのまま捨てられていた。
「そんな!あの太郎兵衛と京香が!」
「ひどいよ!ひどすぎるよ!」
小次郎とお菊は言葉を失い固まっていた。
「こんな事になるなんて。ごめんなさい。南無阿弥陀仏」
弥生も悲しそうに再度手を合わせた。
地元の住民たちだが何十名も集まり徳川の正規と思われる足軽将兵に猛然と抗議していたのである。いきなりこのような凄惨な事件を徳川の兵が起こした事に激怒していたのである。
「大将様!これは如何なされましたか?」
隙を見て心眼が流れの僧の素振りをして手を合わせながら徳川の将兵に聞くと
「それはこっちの言い草だ!我が軍の兵が門徒衆を斬ったらしいがそんな許可は出してない!」
この地域は門徒衆が多く徳川家康もそれを知っているので門徒衆だからと危害を加える事は絶対にしなかった。
「バカな傭兵がしでかしやがって!必ず殿(徳川家康)の赦しを得ろって散々言っておいたのにそれすら守らずこんな大事をかましやがてって!」
「数が足りんからって素性の分からん傭兵を雇うのはだから反対だったんだ!分かった!何が起きたのか調べて報告する!みんな落ち着いてくれ!」
別の徳川の将兵たちも文句を言いながら住民に押されてしどろもどろに対応していた。
心眼はすっと下がると
「奈阿がここに居ないと言う事は生きてるかもしれない。まずは探ろう」
「徳川の本陣の前の川の対岸の河原には繁みがありそうだ。そこから様子を見るか?」
金閣が心眼に提案しその通りにする事になったのである。
「奈阿を助けるんだよね?」
「もちろん。でも実際はそう簡単にはいきませんよ。残念ですが」
お菊の問いに全てを察したように銀閣は寂しそうに返した。
一行は徳川の本陣に向かい暗闇に紛れて川を渡り対岸の繁みに潜み徳川の陣の様子を伺ったのである。川幅は20メートルほどで対岸の様子は良く見えるが川の水音で声は良く聞こえない。
大将の家康の本陣は山裾にあり幾重もの陣幕にも囲まれ簡易の屋根も建てられていた。背後の弁財天山の上にも物見の櫓が用意され山の中腹まで至る所に明松が焚かれていた。家康の本陣は家康直属の足軽が護衛し警備も厳重である。家康直属の部隊は足軽でも陣幕内に休憩場所があるようで簡易な屋根も掛けられていたが傭兵らは外の河原で野宿の扱いである。焚火がいくつも見え数か所だけ陣幕で区切っていた。
「おい!あれ!」
吽形が傭兵らしき集団が奈阿を担いで歩いているのを見つけたのである。10人ほどであろうか。身長2m超えの太った巨漢が軽々と奈阿を肩に担いでいた。
「奈阿!良かった!生きてる!」
お菊は喜んだが
「でも捕まってるぜ!どうするんだよ」
小次郎は悔しそうに返したのである。
「もしや徳川様への献上品なのかなぁ」
マリアが悪い冗談を言うと
「マリア!」
弥生に怒られたのである。
「おお。怖っ」
マリアはおどけたが。
「徳川様へうんぬんの雰囲気じゃないな。あいつらが勝手にしでかしたんだろうよ。底辺の傭兵か雑兵ならやるさ」
阿形が言うと吽形もうなずいたのである。
奈阿は手足を縛られ口にも口靴をされ声が出ないようであったが太った巨漢の肩の上で体を上下左右に動かし必死に抵抗していた。
集団は予想通り家康の本陣には行かず陣の端の人目が付かない場所に奈阿を担いで行ったのである。そして奈阿を降ろして寝かすと着物をはぎ取ったのである。雑兵たちに両手と両足を抑えられて奈阿は動けないようであった。
「やはり」
「畜生!獣が!」
金閣が諦めると阿形が歯ぎしりした。
「あなたたち。見ない方が良いわ」
弥生はお菊と小次郎に言った。
「あ……」
お菊は震え出したのである。よく分らないが女にとって何か恐ろしい事が行われていると思ったのである。
「お菊。対処方法は今度教えるわ。あなたは絶対に生き延びないといけない」
弥生は冷静に言った。
「奴らも気が済んだら後で奈阿を解放するだろう。そうしたら奈阿を助けるぞ。対岸に移動するぞ」
心眼がそう言った時
「待て!何か揉めてるぞ」
金閣が異変に気付き様子を見る事になったのである。




