表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/120

088 第七部・技術者〈試作機〉


◆物資の補給〈試作機〉


〈大樹の森〉で辺境部族〈ミツバ〉との文化交流と調査を続けていたタカクラ率いる傭兵部隊は、〈傭兵組合〉からの要請を受け、新たに技術者を部隊に加えることになった。人員の増加に伴い、部隊の再編成や食糧、医療品の確保など、物資の負担が増えたが、組合の支援により必要物資の大半は無償で供給されることになった。


 供給物資の中には、施設警備用に設計された戦闘用の機械人形も含まれていた。この機体は、地下施設の警備を目的に開発された旧型の戦闘モデルをベースに、〈大樹の森〉という過酷な環境での運用に適応するよう改修されたものになっていた。技術者の派遣は、こうしたセキュリティ装置や機械人形の整備、運用支援を目的としたものと考えられる。


 タカクラは、組合の意図を完全には掴みかねていたが、技術者の専門性と装備の水準から、単なる支援ではなく〈ミツバ〉との接触における何らかの戦略的意図が含まれている可能性を感じ取っていた。


〈大樹の森〉で発見され、現在〈傭兵組合〉の拠点として大規模な改修が進められていた旧文明期の地下施設で、タカクラは技術者との合流する予定になっていた。


 緊急任務の一環で拠点に滞在していたタカクラは、到着の報せを受けるや否や、技術者のもとへ向かった。彼女は〝アンナ〟と名乗り、荒くれ者が集う組織に所属しているとは思えないほど礼儀正しい挨拶をした。


 年若く、二十代前半のスラブ系女性で、青い瞳とくすんだ金髪が印象的だった。髪は短く切り揃えられ、現場作業に適した簡素な戦闘服を身に着けていた。


 アンナは組合の中央研究所で働いていた優秀な技術者で、とくに人工知能と機械人形の制御系において高い評価を受けていた。しかし研究一筋で、政治的な駆け引きに疎かった彼女は研究所内で孤立し、やがて〝現場経験を積ませる〟という名目で〈廃虚の街〉の拠点を転々とすることになった。


 今回の〈大樹の森〉への派遣も、表向きは密林地帯対応型機械人形の実地試験を兼ねた研修とされたが、実際には、誰も行きたがらない場所へ人員を送り込むための口実に過ぎなかった。


◆試作機〈プロト〉


 アンナが整備と調整を担当する機械人形は、〈大樹の森〉のような高湿度、高腐食環境でも安定して稼働可能なカスタム設計の機体だった。最大の特徴は、生体模倣型の運動制御アルゴリズムを搭載している点にあり、人間の筋骨格系の動きを機械学習によって解析、再現することで、滑らかで柔軟な動作を実現していた。


 とくに、沼地のような地形や倒木が散乱する密林での歩行安定性に優れ、従来の機械人形では困難だった任務遂行が可能となっていた。


 機体の装甲には、旧文明期に開発された超軽量高強度合金が使用されていた。この合金は羽根のように軽く、従来の合金の約二倍の強度を持ち、高い耐腐食性を備えていた。ただし、製造コストが極めて高いため、使用箇所は胸部の動力炉や頭部のセンサーコアなど、重要機関の保護に限定されていた。


 それ以外の部位には、現代技術で再現可能な高耐久合金や複合樹脂が使われていた。関節部には、耐候性に優れたゴム素材が使われていて、極端な温度変化や湿度にも耐える設計となっていた。


 さらに脚部は可変可能な構造〈四脚〉になっていて、多脚化による泥濘地での沈下を防ぐための軽量化が施されていた。これは、底なし沼や腐葉土層に足を取られて回収不能となる事態を未然に防ぐ工夫でもあった。


 この試作機は〈プロト〉の名と呼ばれ、単なる戦闘用ではなく、探索、救助、環境調査など多目的運用を前提としていて、アンナはその調整と最適化を一手に担っていた。彼女の手によって機械人形は単なる兵器ではなく、〈大樹の森〉という未知の領域に踏み込むための必要不可欠の存在として命を吹き込まれていた。


 組合から支給された輸送コンテナには、主に食料や医療品、戦闘服をはじめとした装備など、大量の物資を満載していた。その物資の受け取りを完了すると、タカクラ率いる部隊は、辺境に位置する〈ミツバ〉の集落へ向けて移動を開始する。


〈ミツバ〉の存在は〈傭兵組合〉内でも機密扱いとされていて、他部隊には一切共有されていない情報だった。〈大樹の森〉の奥深くに独自の文化圏を築いていて、外部との接触を極端に制限していることもあり、刺激するわけにはいかなかった。


◆儀式


 タカクラは他の部隊からの追跡に警戒し、慎重に移動経路を選定していく。もちろん、組合との通信はすべて〈データベース〉内に構築された組合専用の暗号回線を使用し、傍受のリスクを最小限に抑えていた。


 今回の追加人員はアンナひとりであり、彼女は技術者として機械人形〈プロト〉やセキュリティ装置の整備と運用支援を担当することになるが、〈ミツバ〉との接触に際しては、文化的な配慮が不可欠だった。


〈ミツバ〉の言語体系は複雑で、身振りなどによる非言語的コミュニケーションが存在するほか、独自の仕来りが存在する。タカクラは過去の交流記録をもとに、アンナに対して基本的な挨拶動作や禁忌事項、象徴的な衣装の意味などを簡易ブリーフィングで伝えた。


 幸いなことに、アンナは〈大樹の森〉への派遣に先立ち、組合医療部門による〈複合型ワクチン〉の接種を完了していた。このワクチンは、熱帯性ウイルスや寄生性真菌、昆虫媒介性疾患など、複数の感染源に対して予防効果を発揮し、現地での病原体媒介リスクを大幅に軽減するものだった。


 これにより、〈ミツバ〉との接触においても、衛生的な懸念を最小限に抑えることができた。


 集落に到着して最初に行われたのは、〈ミツバ〉の巫女と族長への挨拶だった。儀礼は簡素なもので、数分ほどで終わったが、本当に重要なのはその後に控えていた――森の精霊との交信の儀式だった。


 アンナは巫女に導かれ、〈大樹の森〉の中心に位置する大樹の根元に穿たれた洞へと向かった。そこには、部族が〝祈りの場〟として利用する神聖な空間が広がっていた。その精霊の声を聞くためには、部族の女性と同じ装束を身につける必要があった。


〈ミツバ〉には、〝テチ〟と呼ばれる灰褐色の泥を肌に塗る習慣がある。これは虫除けや遮熱、皮膚の保護や殺菌など、実用的な目的に基づいたもので、他の部族にも類似の風習が見られた。


 アンナは裸にされ全身にテチを塗られたあと、簡素な腰布を身につけ、儀式用の装飾品を身に着けた。羽根で編まれた冠、動物の牙を加工した首飾り、獣骨から削り出された腕輪――いずれも、精霊との交信に必要な象徴的な意味を持っているものだった。


 ちなみに、〈ミツバ〉では乳房を隠す習慣はなかったが、アンナが異なる文化圏から来たことを配慮してか、布を巻くことが許された。これは、部族の柔軟性と異文化への理解を示すものであり、彼女の緊張を和らげようとした巫女の配慮でもあった。


 その後、アカネ科の中高木から抽出された赤褐色の染料を用いて、巫女がアンナの肌に精霊とのつながりを示す模様を描いていく。それは螺旋や波紋を基調とし、生命の循環と森の呼吸を象徴するものになっていた。


 儀式自体は数分で終わったが、準備には数時間を要した。大樹の洞では香を焚き、精霊に捧げる供物が並べられ――すべてが慎重に行われた。


 儀式が無事に終わると、アンナは正式に〈ミツバ〉族の客人として受け入れられた。タカクラたちも同様の歓迎を受けたが、アンナの儀式と比べると簡素なもので、装飾品を身に着けたり、泥を塗りつけられたりすることもなかった。


 アンナが特別な扱いを受けたのは、彼女が〝機械を調整する者〟として紹介されていたからだ。〈ミツバ〉は、機械を単なる道具ではなく、精霊の宿る器と見なしていた。だからなのだろう、アンナは〝機械の精霊に耳を傾ける者〟として、部族から特別な敬意を払われたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ