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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

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087 第七部・緊急任務〈番外編〉


◆緊急任務


〈大樹の森〉は、樹高百メートルにも達する巨木が密集する原生林であり、昼間でも薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつくほどだった。辺境部族〈ミツバ〉が代々守ってきた儀礼場は、苔に覆われた巨木の根元と、風化した瓦礫に埋もれた空間から成り立っていて、聖域として部族の間で受け継がれてきた場所だった。


 タカクラの部隊は、その儀礼場とされる旧文明期の遺構を調査する任務にあたっていた。その最中、情報端末を介して〈傭兵組合〉からの通信を受信した。


 通信の内容は、賞金首とされる人物の位置を特定し、組合に報告するというものだった。件の賞金首は、過去に組合との間で複数の事件を引き起こし、現在も監視リストに掲載されている危険人物だった。森の深部に潜伏している可能性が高いとの情報を受け、タカクラは即座に部隊へ指示を下した。


「調査を中断し、賞金首の監視任務に移行する」

 隊員たちは無言でうなずき、儀礼場周辺に展開していた偵察ドローンを回収する。


 湿度の高い森では電子機器の故障が頻発するため、慎重な取り扱いが求められていた。彼らは小銃や装備の点検を行い、十五分以内に出発した。


 出発から二時間後、部隊は危険地帯とされる樹海付近を移動していたが、突如として組合との通信が途絶した。〈データベース〉との接続が遮断され、以降、通信は復旧することなく切断されたままだった。隊員のひとりが端末の故障を疑い、機器の状態を確認したが、とくに異常は見られなかった。


 原因として考えられたのは電磁干渉、あるいは植物由来の胞子による接触障害が考えられたが、タカクラは任務の継続を優先した。


 地図を広げ、賞金首が最後に目撃された地点を指し示す。その場所は〈ミツバ〉の生活圏から遠く離れていたが、〈スィダチ〉の聖域に近接していて、部外者の立ち入りが厳しく制限されている区域でもあった。危険な〈人型変異体〉の存在が確認された地域でもあり、組合が提供する地図でも危険地帯とされていた。


 森の奥へ進むにつれ空気はさらに重くなり、視界は植物の緑と霧によって遮られていった。その中を、多脚車両は蛇行する川岸を進んでいた。脚部は水際の柔らかな泥を踏みしめながら、安定した歩行を維持している。車両の外殻には周囲の植生に合わせた迷彩処理が施されていて、遠目には周囲に溶け込んで見えるが警戒は怠らない。


 車内では、組合から受信した任務データの再解析が進められていた。断片的な通信ログ、解像度の低い画像、そして賞金首に関する情報。


 それらを照合した結果、標的は〈ホワイト・ネスト〉を拠点とする〈蜘蛛使い〉である可能性が高いと判断された。白蜘蛛の変異体を従える〝スカベンジャー〟であり、複数の物資強奪事件や傭兵殺害に関与しているとされていたが、直接的な証拠は乏しく、具体的な接触も確認されていなかった。


 奇妙な任務内容に疑念を抱きながら進行していると、倒木の陰に不自然な足跡を発見する。昆虫型変異体のものではなく、より大型の生物が遺した痕跡であることは明らかだった。


 現在、タカクラの部隊は川沿いの比較的安全な経路を利用し、〈蜘蛛使い〉の存在が確認された地域へと接近していた。川沿いの移動は、当初の計画において最も効率的な経路とされていた。地形は比較的平坦で、視界も確保しやすく、多脚車両の脚部にかかる負荷も少ない。


 しかし〈大樹の森〉の深部へ近づくにつれ、周囲の空気は次第に変化していった。湿度は異常に高く、地表には腐植質が厚く堆積し、植物の密度も増していた。川の流れは濁り、岸辺には不自然な爪痕が残されていた。


 水辺には旧文明の構造物が点在していたが、開けた空間だったこともあり、襲撃の危険性は低いと判断された。それでも、変異体の足跡と思われる痕跡は無視できるものではなかった。タカクラは部隊を警戒態勢へと移行させ、慎重な移動を継続した。


 しばらくすると、車両のセンサーが川の対岸に複数の熱源を検知した。サルを思わせる生物の群れが倒木の陰から姿をあらわし、ゆっくりと移動しているのが確認できた。その動きには、動物的な徘徊とは異なる規則性があり、何かを探しているような意図が感じられた。


 タカクラは即座に車両を停止させ、外部ノイズを遮断。観測装置が静かに起動し、遠距離からの記録が開始された。周囲に〈蜘蛛使い〉の姿は確認されていなかったが、変異体が何らかの脅威に対して反応している様子は明らかだった。


 タカクラの部隊は変異体との接触を避けつつ、〈蜘蛛使い〉の行動圏を特定するための観測を継続していた。任務の目的でもある情報の収集と、変異体の行動パターンの解析を優先した。


 直接的な交戦は想定せず、あくまで遠距離からの監視に留める方針だ。川の流れは緩やかで、薄霧が立ち込める中、車両は静かにその場に留まり記録を続けていた。


 やがて、森の奥から微かな振動が伝ってきた。サルたちが何かに反応しているしかし、それが標的の存在を意味するのか、あるいは別の要因なのかは、まだ判別できなかった。


 多脚車両のセンサーが異常な熱源を複数検知したのは、サルの群れが何かに怯えるように茂みの奥に姿を消してからだった。熱源は低く、地表に近い位置で移動していて、速度は緩慢ながらも一定していた。初期解析では大型哺乳類と誤認されたが、映像が明瞭になるにつれ、それが爬虫類の変異体であることが判明した。


 最初に姿をあらわした個体は、体長十五メートルを優に超える巨大な〝ワニ〟の変異体だった。鱗は金属光沢を帯び、光の角度によっては銀色に輝いて見えた。背部には樹皮のような突起が並び、周囲の植生に擬態する能力を持っていると推測された。


 口部は異常に発達していて、開いた際には笑っているような形状になり、その口腔には人の指よりも長い牙が何列にも並んでいた。


 その個体の後方から、さらに十数頭の群れがあらわれた。いずれも同様の巨体を持ち、川の両岸に分かれて移動していた。群れの動きには統制があり、野生生物の行動とは異なる知性の片鱗が感じられた。水中からの奇襲を前提とした配置であり、川沿いの移動は極めて危険と判断された。


 多脚車両に搭載されていた火器、榴弾、電磁撹乱装置などの装備では、これらの変異体を制圧するには不十分だと判断された。とくに、金属を思わせる鱗を持つ大型変異体に対しては、従来の弾薬が効果を発揮しない可能性が高く、交戦は極力避けるべきとされた。


 タカクラの判断を受け、部隊は川沿いのルートを放棄し、迂回経路の選定へと移行した。地図とドローンが取得した画像を照合した結果、湿地を利用した移動が提案された。その経路は〈蜘蛛使い〉の行動圏から外れていたが、変異体の生息密度も比較的低いと予測されていた。


 車両は静かに方向を転じ、川から離れるようにして森の奥へと進路を変えた。背後では、ワニ型変異体の群れが水中へと姿を消し、再び沈黙が辺りを包み込んだ。


 川沿いの移動を断念したタカクラの部隊は、菌類に侵食された湿地帯へと進路を変更した。そこは、変異体の生息密度が極端に低いとされる一方で、空気中に浮遊する胞子の濃度が高く、呼吸器系への影響が懸念される危険地帯だった。


 車両の外部センサーは進入前から微細な粒子の拡散を検知していて、搭乗者は全員、密閉式のガスマスクを装着することになった。


 人の背丈を越えるキノコが群生する地形は、大量の朽ちた倒木に菌類が異常繁殖した結果、形成された特殊な環境になっていた。地表には、直径二メートルに及ぶ傘を持つ子実体が点在し、そこからは絶え間なく白濁した胞子が噴出していた。胞子は霧のように漂い、視界を遮るだけでなく、光を拡散させて周囲の輪郭を曖昧にしていた。


 車両は、脚部の可動域を最小限に抑えながら、胞子の濃度が比較的低い経路を選びながら慎重に進んでいた。外部フィルターは常時稼働し、車内の空気は三重の浄化処理を経て供給されていた。通信は断続的で、電波の減衰が激しく、偵察ドローンとの接続も不安定な状態が続いていた。


 胞子霧を抜けた直後、通信端末が通信を受信する。暗号化された通信ログが再接続され、組合からの指令が更新された。内容は簡潔で、作戦の中止を告げるものだった。


 先行していた傭兵部隊が賞金首と交戦し、壊滅させられたという。詳細は不明だが、標的である〈蜘蛛使い〉との接触を試みた直後に攻撃された可能性が高く、現地の状況は極めて不安定であると判断された。


 タカクラは作戦中止を確認し、撤退経路の選定に移った。最寄りの安全圏は、南西に位置する組合の拠点だった。


 旧文明期の施設を改修して形成された半地下構造の拠点であり、現在は組合の後方支援基地として機能していた。地形的には湿地帯を越える必要があるが、危険な変異体の生息圏からは外れていて、比較的安全な移動が可能とされていた。


 胞子地帯を離れると同時に、車両は外部センサーの感度を最大に引き上げ、自動洗浄機構を作動させた。外装に付着した微細な胞子を除去する処理が進行するなか、隊員たちは入念に装備を点検し、汚染の痕跡がないことを確認した上で戦闘に備えて周囲の見張りを再開した。


 空は厚い曇に覆われ、風は止み、森は異様なほど静まり返っていた。その静けさは、先行部隊の壊滅という不吉な報せの余韻を孕んでいた。


 撤退は任務の失敗ではなく、次なる任務への準備と位置づけられていた。〈蜘蛛使い〉の所在は依然として確認されておらず、賞金首が率いる部隊の目的も不明のままだった。タカクラは、車両の端末に記録された変異体の行動データをAIエージェントと確認しながら、本部からの次なる指令を待つことになった。

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