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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第七部・大樹の森

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086 第七部・救援要請〈装備〉


◆救援要請


〈大樹の森〉で調査任務を続けていた指揮官(コマンダー)タカクラ率いる傭兵部隊は、組合に所属する別部隊からの緊急救援要請を受け、森の深層域へと進軍することになった。


 要請元の部隊は異なる傭兵団に属しているため、タカクラには彼らの任務内容や状況の詳細は共有されていなかったが、〈大樹の森〉では過去にも通信障害や変異体の襲撃により、傭兵部隊が壊滅したこともあったので、不測の事態に備える必要があった。


 タカクラの部隊は、数日前に輸送部隊が残していった多脚車両〈多用途輸送車両〉を用いて、鬱蒼と植物が生い茂る森をかき分けるようにして現場へ急行した。


 六脚式の多脚車両は、地形適応型人工知能を搭載した全天候型の戦術輸送車両でもあり、〈大樹の森〉での任務に備えて、沼地などの過酷な環境でも安定して稼働できるよう改修が施されていた。そのためか、従来の車両よりも迅速に森を進むことができた。


 部隊を指揮するタカクラは、車両の振動に身を委ねながら、救援要請を必要とした部隊が遭遇したと思われる脅威の正体について思案していた。通信ログには断片的なノイズと、何かを警告するような音声の一部が記録されていたが、それが自然災害によるものなのか、未知の生物による襲撃なのかは判然としなかった。


◆各種装備


〈ミツバ〉の集落を離れるにあたり、部隊は標準装備として個人携行戦闘兵器〈IPCW- Type45〉を携行した。この小銃は〈販売所〉で入手可能な小銃の中でも高性能モデルであり、軽量カーボン複合素材製のフレームに加え、電子照準補正機能とモジュール式アタッチメントを備えた自動小銃だった。


 状況に応じて、短距離戦用のショットガンモジュールや、低反動のグレネードランチャーを装着することも可能で、〈大樹の森〉で遭遇するであろう昆虫型変異体への対応力を高める目的として支給されていた。


 加えて、小型戦術ドローン〈Scout-B〉を複数機携行していた。このドローンは、手のひらサイズの折り畳み式ドローンで、静音ローターと各種センサーを搭載していて、密林や廃墟など視界の悪い環境でも高精度な偵察が可能になっていた。


 さらに、旧式のドローンでありながら効果的な電磁防護が施されていて、光ファイバーなどの有線手段を用いることなく、敵性電子機器による妨害下でも最低限の通信機能を維持できるよう設計されていた。


 操作には、拡張現実対応型スマートグラス〈AR-Glass Tactical〉が用いられる。この〈スマートグラス〉は、視界にリアルタイムでドローンから受信する映像やセンサーデータを重ねて表示するほか、音声、視線、ジェスチャーによる直感的な操作が可能になっている。これにより、隊員は小銃を構えたままでもドローンの遠隔操作や索敵が行える。


 ドローンは偵察だけでなく、(デコイ)としての機能も備えていて、ホログラム映像を投影する装置や、熱源を模倣する小型ヒートパックを展開することで、敵の注意を逸らす戦術的運用が可能になっている。これらの装備は、〈傭兵組合〉が標準化した野戦装備パッケージに準拠していて、部隊間の互換性と即応性を高めていた。


◆遭遇戦〈人擬き〉


 現場付近に到着したタカクラ部隊は、周辺一帯漂う異臭に気づいた。その直後、腐敗した肉の臭いとともに、ウイルスによって変異した〈人擬き〉が樹間から姿をあらわした。前回の遭遇と同様、〈大樹の森〉では滅多に見られない変異体だったが、感染して間もないのか、多くの個体は動きが緩慢だった。


 タカクラは即座に戦闘による排除を指示した。密林環境下での感染体掃討を想定した分隊戦術が展開され、隊員たちは地形を利用しながら身を隠し、〈Type45〉小銃を低姿勢で構えながら、前方の視界確保と側面警戒を同時に行った。


 繁茂する樹木の根やツル植物が〈人擬き〉の進攻を阻み、感染体の多くは歩行すらままならず、倒れ込む個体もいた。タカクラは〈スマートグラス〉を通じて、隊員の視界に敵の熱源反応をリアルタイムで共有し、的確に攻撃の指示を行う。


 小型ドローンが上空から敵の配置をスキャンし、〈人擬き〉の密集地点に対して、隊員のひとりが低反動グレネードを発射する。爆発により無数の破片が拡散し、一度に複数の変異体を無力化することができた。


 さらに、前衛の隊員は〈人擬き〉の動きが鈍った瞬間を狙い、精密射撃で頭部を狙撃していく。感染体は脳幹の破壊によって動きが停止するため、弾薬を無駄にすることなく処理することができた。


 その間にも〈人擬き〉の一部が背後に回り込もうとしたが、後衛の隊員はドローンからの警告を受けて即座に対応した。デコイとして投影された人間の映像によって変異体の注意が逸れると、その隙を突いて側面から一斉射撃を加えて無力化した。


 戦闘はわずかな時間で終了した。部隊は被害を出すことなく、変異体を完全に無力化した。タカクラは戦術ログを保存し、感染体の行動パターンと地形の影響を分析するよう組合の人工知能に指示を出した。


 残念ながら、無力化された〈人擬き〉を分解、処理してくれるような食虫植物の変異種は、このエリアでは確認されなかった。しかし倒木の陰や腐植土の層には、奇妙な軟体生物の変異体が多数生息していて、まるで待ち構えていたかのように、無力化された変異体に群がり始めた。


 それらは、半透明の粘膜に覆われた体表を持ち、蠕動運動によって地面を這いながら接触対象にまとわりつく。一部の個体は、触手のような器官を伸ばして〈人擬き〉の皮膚や肉に食いつき、酵素を分泌して組織を分解していく。


 隊員のひとりが携行型の検査機を起動すると、軟体生物の内部に高濃度の消化酵素と未知のウイルス耐性因子が検出された。どうやら、これらの生物は感染体のタンパク質構造を選択的に分解する能力を持っているらしく、〈人擬き〉の死骸は数分のうちに粘液に覆われていった。数日もすれば、原形を留めないほどに崩れてしまうだろう。


◆部隊の発見


 救援要請を出していた部隊を発見したのは、〈人擬き〉との戦闘から一夜明けた翌朝のことだった。大樹の根を利用して設営されていた野営拠点は、奇妙な静寂に包まれていた。


 タカクラの部隊が慎重に接近すると、拠点周囲には散乱した装備品や薬莢、それに破損した警備用機械人形が放置されていた。テントの一部は引き裂かれ、地面には複数の足跡と引きずられた痕跡が残っていた。どうやら、夜間に〈人擬き〉の群れによる襲撃を受けたようだ。


 すぐ近くに無力化された〈人擬き〉の姿が確認されたが、その多くはすでに昆虫型変異体に喰われていた。腐植層から湧き出たような群体性の甲虫類が、〈人擬き〉に群がり、眼球や口、傷口から体内に侵入している様子が確認できた。


 しかし最も奇妙だったのは、拠点の外れで発見された傭兵以外の人物だった。彼は戦闘服や武器も持たず、ほとんど無防備な状態で〈人擬き〉に変異していた。年齢は三十代前半で、民間人と思われたが、濃い紫色の特徴的な外套を身に着けていた。


〈廃虚の街〉で勢力を拡大している新興宗教〈不死の導き手〉の信者だったと思われる〈人擬き〉は、まだ意識が残っているかのように、うめき声を漏らしながら地面に倒れていたが、その腹部には大量の昆虫が群がり、生きたまま内臓を捕食していた。


 その甲虫は、〈廃墟の街〉でも見られるゴキブリに似ていたが、外骨格が水晶のように硬質で、〈人擬き〉の体内に穿孔(せんこう)しながら肉を抉る様子が見られた。


 その周囲には、信者たちが使用していたと思われる装備が散乱していた。中には、教団の紋章が刻まれた儀式用の布や、守護者(じんぞうにんげん)を〝神の使徒〟と称する文言が刺繍された布も含まれていた。


 回収された〈情報端末〉は、即座に〈データベース〉を通じて〈傭兵組合〉本部へ転送された。そこで教団とのつながりを示すログや、直接的な契約履歴が残されたデータが見つかり、傭兵たちが教団の依頼で〈大樹の森〉に〈人擬き〉を〝輸送〟していたことが判明した。


 タカクラが懸念したのは、〈人擬き〉の移送先が、森の中で独自の文化と生活を築いている鳥籠〈スィダチ〉の近辺だったことだ。〈スィダチ〉は〈大樹の森〉でも一大勢力として知られ、外部との接触を極端に嫌う部族の共同体であり、彼らの領域に感染体を送り込むことは、明確な敵対行為と見なされる可能性が高い。


 タカクラは、教団の目的が単なる信仰の拡大ではなく、森の生態系や部族社会を破壊、再構築することにあるのではないかと疑念を抱いた。〈人擬き〉を教団の浄化装置として利用する思想――それは単なる狂信ではなく、計画的な生物兵器運用の兆候に思えた。


 傭兵は仕事を選べないとはよく言われるが、その結果が全滅になるとは、彼らも予想していなかったのだろう。


 タカクラの部隊は、放棄された野営地から利用可能な物資を回収することにした。未使用の弾薬、医療キット、情報端末、そしてわずかに残された食料。端末に搭載されたAIエージェントは、自動で戦闘ログと環境データを収集し、〈傭兵組合〉本部への転送準備を進めていく。


 作業が完了すると、タカクラは部隊に撤収命令を下した。森の奥で何かが蠢いている。教団の影、感染体との遭遇、そして部族との緊張――すべてが、次なる災厄の予兆のように思えた。


 タカクラは、森の異変と迫り来る脅威について組合に報告した。しかし返答は冷淡だった。〈ミツバ〉との交流に注力せよ――それが命令だった。加えて、〝組合の方針に口を挟むな〟という、釘を刺すような忠告が添えられていた。


 現場の不穏な空気も、傭兵たちの疲弊も、彼らにとっては報告書の一行に過ぎないのだろう。タカクラは眉を寄せたあと、無言で端末の電源を切った。

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