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不死の子供たち・設定集  作者: パウロ・ハタナカ
第九部・新たなる脅威 後編

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165 運送屋〈運び屋〉


 身支度を済ませると、俺は部屋の中を一通り見回した。忘れ物がないか、個人情報につながるものが残っていないか――念入りに確認する。個人で活動する〝運び屋〟は、時として傭兵や略奪者たちの〝狩りの対象〟になる。それを避けるためにも、自分の存在の痕跡を残さないことは仕事の基本だった。


 それからパスコードで解錠し、部屋を後にする。廊下に出ると、すでに多くの宿泊客が動き始めていた。昨夜よりも人混みが濃く、地下街の通りはごった返している。略奪者たちの襲撃に備え、多くの人間がこの時間帯に宿場を離れる。俺もその流れに便乗する形で出口へ向かった。


 それにしても、地下街は朝の喧騒で満ちていた。行商人たちは荷車を押し、傭兵たちは武器の点検をしながら歩き、スカベンジャーたちは二日酔いに顔をしかめながら移動している。それぞれが、それぞれの目的地へ向かうために宿場を後にしていく。湿った空気に混じる香辛料と機械油の臭いが、朝の地下街に独特の熱気を与えていた。


 酔った傭兵や男娼たちが揉め事を起こすのもこの時間帯だ。だからなのか、〈ネオン・ハレーム〉から派遣された警備隊の連中は、いつになく緊張した面持ちを浮かべている。


〈廃墟の街〉の地下には、迷路のように張り巡らされた地下街が広がっている。その中には、中距離移動のための〝トラム〟と呼ばれる乗り物のプラットホームが残っている場所がある。


 旧文明期の遺産で、今も稼働する便利な移動手段だ。ただし、地盤の崩落や浸水で利用できない路線も多く、地下街すべてを移動できるわけではない。


 それでも、利用できる路線は人間にとって命綱だ。瓦礫に埋もれた街や暗闇の中を歩くより、わずかでも安全な道を選ぶほうがいい。けれど、誰もが自由に利用できる夢のような乗り物というわけでもない。


 トラムの利用にはID認証が必要だ。正規のIDを手に入れるのは至難の業で、技術組合に所属する〈技術者(ハッカー)〉に依頼すれば、適正価格か、あるいは法外なクレジットを要求されることもある。IDの偽造に失敗すれば、搭乗資格そのものを永久に失うリスクもある。


 残念ながら、今回の俺の目的地は〈大樹の森〉へと続く〈侵食帯〉だ。地下街のトラムは、そもそもそこまで伸びていない。便利な乗り物だが、今回ばかりは役に立たない。俺はフードを深くかぶり直し、人波に紛れながら、宿場の出口へと歩みを進めた。


 地上につながる階段には、すでに長い列ができていた。警備隊の連中が怒鳴り声を上げ、列を整えようとしていた。幸いなことに地上では警備部隊が展開しているらしく、大きな混乱にはなっていない。


 旧文明期の土木作業で活躍した多脚車両が、今は重機関銃と複合装甲で改造され、地上の出入り口を睨みつけるように配置されていた。その周囲を、作業用パワードスーツを身につけた傭兵たちが巡回している。


 外骨格の駆動音が低く唸り、略奪者たちを威嚇するように高層建築群へ銃口が向けられる。迂闊に手を出してくるのは、命知らずの連中だけだ。


 汗臭い人間たちと肩を並べて列に並ぶのは、いつだって吐き気を催す。だが、文句を言っても仕方がない。時間はかかったが、ようやく地上へ出ることができた。


 地上に出た瞬間、冷たく湿った風が顔を撫でた。高層建築の谷間を吹き抜ける風は、どこか鉄と油の臭いが混じっている。空は灰色で、遠くのホログラム広告がぼんやりと滲んで見えた。〈人工眼球〉の補正が入っても、世界はどこか薄汚れたフィルム越しのようで、都市の疲弊がそのまま視界に焼きつく。


 ここから先は〈運送屋〉たちの足を借りることになる。とはいえ、彼らが運ぶのは荷物だけじゃない。人間を乗せるための専用大型多脚車両が用意されていて、既定の人数が揃うのを静かに待っていた。金属製の外殻には無数の傷が刻まれ、かつての旧文明期のロゴがかろうじて残っている。


 クレジットに余裕がある連中は、こうした車両を使って広大な多層都市を移動する。運送屋は傭兵を護衛につけていることも多く、移動中の安全性は確保されていた。それに利用者の多くが戦闘慣れしたスカベンジャーや傭兵ということもあり、略奪者たちが襲撃してくる確率はぐんと下がる。


 もっとも、〈人擬き〉のような変異体は、誰が乗っていようと気にしない。全滅するときは全滅する――それがこの街の現実だ。それでも、徒歩で移動するよりは遥かにマシだ。


 俺は〈侵食帯〉の近くまで向かう便を確認し、大型多脚車両が集まる場所に向かった。油と金属の臭いが混ざった空気の中、車両の脚がゆっくりと姿勢を変え、乗客を迎え入れる。


 どれも旧文明期の廃車を無理やり修理したような代物で、装甲は赤茶色に錆びつき、動くたびに関節部から嫌な軋みを響かせる。それでも、自分の足で瓦礫の街を進むより早く、そして何より安全に移動できる。


 もちろん、車両によって要求されるクレジットは大きく変わる。料金の安い車両は、装甲なんて期待できないし、駆動系も姿勢制御もガタついていて、揺れはひどい。長距離の移動となれば、この快適性の差は致命的だ。


 建物屋上に陣取る略奪者たちから、暇つぶしの狙撃の(まと)にされたくなければ、それなりのクレジットを用意すればいい。それだけのことだ。


 客引きの声が飛び交う中、インド系の若者が俺に向かって手を振った。背後には、今にも壊れそうな赤茶色の多脚車両が停まっている。彼が口にする料金は格安だったが――命が惜しい。俺は軽く手を振って断り、そのまま先へ進んだ。


 すると視界の先に、それなりの練度を持つ傭兵たちが数名、警備についている大型多脚車両が見えた。待機中でも無駄話をせず、銃の構えも洗練されている。鋭い目つきと立ち居振る舞いだけで、実力のある傭兵団に所属する運送屋だと分かった。


 すでに数人の客が乗り込んでいて、その顔ぶれもスカベンジャーや傭兵ばかりで、場慣れした雰囲気が漂っている。この車両なら、少なくとも襲撃される心配は少ないだろう。


 俺は北京語(プートンファ)を話す傭兵たちに料金を支払い、搭乗員用に用意されたコンテナへと案内された。多脚車両の脚がわずかに沈み込み、油圧の唸りが低く響いた。まるで巨大な昆虫が身じろぎしたような、不気味な振動が足元から伝わってきた。

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