第19話 目の前の大きな問題から逃げ続けた結果がコレだよ
「それにしても、この短期間でここまで邪視の力に飲み込まれたとは。救えないね」
心底呆れた様子で肩をすくめる結依先輩が、俺を見据えて言い放った。
「ほ、本当に、邪視がもうひとつの怪異なんですか!?」
「うん。この呪いのゲームにはリンフォンと邪視があるの。ゲームをクリアしたらリンフォンが完成し地獄の門が開き、かといってプレイをしなければ邪視に襲われることになる。実に合理的で傲慢な存在ね」
……どうしようもないな、ソレは。前回といい、都合が良すぎるぜ。
「じゃあ、そうなるとクリアをしない程度にゲームを続けるしかない?」
「もちろんリンフォンにも人をおかしくさせる点があるから、そういう器用な真似ができる人間はそうそういないよ。ましてや、そこのゲームに縋るしかないおバカさんには絶対ムリだよ」
先輩が目線を下げて、侮蔑の意を込めた視線を向ける。
「ゲーム、ゲーム、ゲーム、ゲームぅ……」
そこには、俺から奪ったスマホをやつれた顔で恍惚に笑う小鞠がいた。
「そもそも、ここまで怪異が悪化したのもコレが原因なんだよ。呪いのゲームも最初からこんなにヒドい状態になるわけじゃないの」
「そ、そうなんですか?」
「うん。だけど、コイツみたいに幻覚ごときを恐れてゲームを進めて、ボスを倒して……レベルを上げ続けたらこうなるワケ。コイツだけじゃない、他の人も。目の前の大きな問題から逃げ続けた結果がコレだよ」
……幻覚を、ごときで済ませて良いもんじゃない気がするけども。
それにしても、ゲームを進めるたびに怪異の影響が強大になるとは。知らなかったし、驚きもしたし、リンフォンと邪視に加えて、凶悪なほど噛み合っている。
だけど、このレベルを上げ続けると怪異が進行する? なんか違和感を覚えた。最初は、その現象はリンフォンによるものと思ったけど……?
「怪異だって考えている。こういう心が弱い人間を狙うのよ。こんな人間は恐怖を恐れて、目の前の現実から逃げて、こうして何かに縋るしかない。だから頑張って救おうとしてもこうなるんだから。自業自得なのよ」
「自業自得……」
「人を信じるからこうしてバカを見る。この世にはどうしようもない状況があるの。いくら怪異を乗り越えし者でもね」
なんて、考える暇もないほど結依先輩は会話を続けている。
あと、なんだよ。怪異を乗り越えし者って。さっき廊下でも言ってたけど。
「そして、反応を見る限り、チョロい娘は認めているんじゃない?」
「えっ!? ホント!?」
そう言われて葵を見る。彼女は苦虫を噛み潰したような顔だった。
その表情からわかるのは辛い、悲しい、それと……どこまでも深い諦めか?
「葵ちゃん!? 葵ちゃんも諦めちゃえなんてヒドいコト言うつもりなの!?」
「私だって、この人が言っているコトが全部正しいなんて思ってない……! だけど、こんなにも怪異の影響を受けている人間が助かるとも思えない」
「……そんな」
「別に、宿井さんが悪いわけじゃないわ。だいたい楓や一秋くんがおかしいのよ。2回も怪異に巻き込まれて、今もこうして首を突っ込もうとしているのだから!」
諦めというより……達観? 小鞠がどうとか、怪異や怪事件がどうとか、そういう話をしてるように思えなかった。
葵は、俺や楓が想像もできないほどに怪異という存在を理解している気がする。それが、葵が怪異に接している時の違和感の正体なのか。同じ年の、自分たち以上に世間のコトを知らないこの少女に……この境地に至るまでに何があったんだ?
「こんなわけなんだけど、アキくんはどうするの? 諦めてコレを見捨てるか、諦めないか。オススメするのは諦める方だけど」
「…………」
俺も、葵もどうすれば良いかわからなかった。呪いのゲームが目の前にないから怪異を解決できない。すなわち小鞠を呪いのゲームから引き離すことができない。
怪異を見つけ出そうにも手がかりがない。3日間、こっそり調べても見つからなかったんだ。かといって今から調査したって間に合わない。
早い話が八方塞がりだ。怪事件を解決するのも、小鞠を救うのもムリとしか思えない。本当に、結依先輩の言う通り小鞠をあきらめるしかないのか!?
「どうするんだ、楓」
「どうするのかしら、楓」
そんな中で浮かんだのは楓の存在だった。それは葵も同じようだった。
楓は少し考え込み始めた。果たして何を思いつくのかと、不安な空気が立ち込めて少し後、やがて「そうだ!」と楓が告げた。
「ねぇ、結依先輩!」
「何?」
「怪異は人の弱い心に巣食うんですよね? マリちゃんの心が弱っているから怪異の力が強くなって、マリちゃんがこうなったんですよね!?」
「さっき説明した通りだよ。それがどうかしたの?」
純粋な疑問をぶつける結依先輩に、覚悟を決めたような笑みで楓が返した。
それは不敵で、迷いがなくて……どこまでも嫌な予感を感じさせるものだった。
「だったらさ、気晴らしにみんなでお出かけしようか!」




