22 最終話
「 帰るぞ」
手を伸ばすと、サエが怒ったような情けない顔をした。
「 そんな顔すんな」
「 ど、どんな顔もしてない!」
「 おめえ、明らかにまだ帰りたくないって顔してただろ。否定する意味が分からん。まあ、可愛いから良いけどよ」
顔を赤くしたサエが可愛く叫んだ。
「 だって!あんたが全然会ってくれないし・・・」
「 休みも合わねえのに何時会うんだよ。もっと会いてえなら、早く嫁に来い。再三言ってっだろ」
サエは膨れた。
「 仕事終わってからだって、こうやって会えるじゃない。ちょっと話すだけでも良いんだから」
「 そりゃ無理だ。お前ふぐみてえだな」
笑って言うとサエは更に膨れた。
「 何で無理なのよ!」
「 おめえの親父に夜は会うなって言われてんだよ。今日は緊急事態の特別措置だとよ」
「 ・・・・・父さんに頼む」
「 ああ止めとけ。どうせ俺は夜は会わん」
「 何で!じゃあ昼!」
また怒り始めている。
「 まあ今は我慢しろ。そうしょっちゅう二人で会ってちゃあ我慢も続かん」
サエはしばらく口を閉じたが、やはり怒鳴りだした。
「 またそれ!?あんたそればっかりね!外で会うんだから関係ないでしょ!」
「 関係なくねえ。真冬でもなきゃ何処でも出来る。いや俺は真冬でもかまわんが、流石にお前が風邪ひくからな」
「 馬鹿!」
煩せえサエの頭をがしがし撫でながら言った。
「 早く嫁に貰えるようにお前の親父に掛け合うから、それまで辛抱しろ。俺が我慢できりゃあ、話すだけの逢引も出来るんだろうけどよ。あまりにも長く我慢してんでな、お前が手の届くところにいると難しいんだよ。お前も祝言より先に子供ができるのは困るって言ってただろ?」
「 う・・・うん」
サエは赤い顔をして聞いていた。
「 良し、じゃあ。帰るぞ」
「 ねえ。父さんは、あたしはあんたにしか面倒見られないって言ってるんでしょ?じゃあ、赤ちゃん出来ても許してくれるんじゃないの?」
耳を疑った。
こいつは話すだけの逢引がしたいんじゃなかったのか。やってもいいのか。
「・・・ いや、駄目だ。お前が気にしてたから親父に聞いたが、先に子供作ったらお前はやらんって念押されてる」
「 聞いた!?何て!?」
「 何てって、お前とやっていいかって聞いたにきまってんだろ」
目を見開き唖然としたサエが呟いた。
「 信じられない・・・。親に直接そんなこと聞ける人間がいるなんて」
「 信じられねえのはお前だ。おめえさっき自分が何言ったか分かってっか?早く歩かねえと今すぐ襲うぞ」
固まるサエのしっとりした両頬を指で摘み軽く横に引っ張った。
その情けない顔に懐かしさと、有り得ない程の愛しさを感じながら、摘んだ頬はそのままで唇を重ねた。
「 可愛いなあ、お前」
サエは膨れっ面で赤くなるという、何よりサエらしくて可愛らしい顔で歩き出した。
「 善!」
おっちゃんに呼ばれた。
「 何だ。おっちゃん」
「 サエが煩せえ!早く何とかしろ」
「 またかよ。おっちゃんが何とかしろよ。親父だろ」
「 親父にも出来ねえことはある!ああ来たぞ!早く行け」
おっちゃんの見ている方へ視線を向けると、いつものごとくサエが泣きながら駆けて来た。
「 うわあああん!ぜんにいちゃん!どこ!にいちゃあああん!」
おっちゃんが俺を見た。
「 ほれ、呼ばれてっぞ。煩せえから何とかしてくれ。頼んだぞ」
「 嫌だよ。あいつなだめんの痛えんだよ」
そうこう言ってるうちに、おっちゃんは逃げて、サエが俺に激突してきた。
「 いってえ!何すんだよおめえ!」
サエはギャーギャー泣きながら、俺の首っ玉にしがみつこうとよじ登ってくる。
「 待て!鼻水つけんな!鼻拭いてから来い!」
サエは俺の言うことなど聞いていない。
「 にいちゃんのばか!あほー!どこいたのー!なんですぐこないのー!」
相変わらず泣き喚きながら子供とは思えない力で俺に抱きつき、しかも暴れて身体中に蹴りをいれてくる。
「 痛えって!黙れ!止まれ!」
全力でサエの両頬をつねって引っ張りつつ、俺の身体から引き剥がした。
サエは口を横に引っ張られていることで、うなり声しか出せない。
頬を掴んだまま、なおも俺にしがみ付こうとするサエに言った。
「 煩せえ。泣き止め。じゃねえともうお前とは遊ばねえ」
サエは大抵これで泣き止んだ。
俺が昼飯を食っていると、脇の下からずぼっとサエの頭が出てきた。
「 あ?何だおめえ」
サエはそのまま無理やり脇の下を潜って俺の膝に座りこんだ。
「 にいちゃんごはんたべたらあそんで!」
サエは梅に比べてでかい。
飯の最中に膝に乗られていると、かなり邪魔だ。
「 邪魔だ。おりて待ってろよ」
サエは顔ばっかりは綺麗な作りで可愛らしい子供だが、中身はそうじゃなかった。
「 いや!おりたらにいちゃん、さえおいてどっかいっちゃうもん」
「当たり前だ。そうチビとばっかり遊ぶわけねえだろ」
「 いや!にいちゃんはさえとあそべ!にいちゃんのあほ!」
「 何だとこのやろう!」
俺にしがみつくサエを無理矢理引き剥がし膝から落としたが、ギャーギャー言いながらまた這い登ってきた。
何度も、それも出来る限り遠くへ放り投げるが、きゃっきゃ言いながらしつこく戻ってくる。
俺の意に反し、サエと遊んでやってる風になってきてしまった。
あまりのしつこさに諦めて飯を再開すると、親父が入ってきた。
「 お、なんだお前ら二人羽織か?」
「 あ!丁度良かった。サエを梅んとこにでも連れてってくれよ。邪魔なんだよ」
膝の上に座るサエを顎で指しながら言うと、親父は途端に顔色を変えた。
「 断る!サエちゃんの相手は出来ん自信がある!お前が連れて行け」
かんしゃく持ちのサエは、大抵の大人に警戒されていた。
泣かせると煩せえからだ。
そして泣くと必ず俺のところに戻ってきた。
「 ぜんにいちゃんすきー!」
サエが抱きついてくるなり、俺の唇に自分のそれをぶちゅーとくっつけて来た。
「 うわ!何すんだ!」
サエの頭をわしづかみにして引き剥がすと、サエがふくれっ面で答えた。
「 だってとうさんがおかあさんにしてた!すきなひとにするんだっていってたもん!」
「よ!お前らいつも仲良しだな!サエはしっかり善を捕まえとけよ。おめえの相手できる奴は他に存在しねえからな!嫁に行けなくなるぞ」
「おっちゃん!サエに何教えてんだよ!口くっつけてきたぞ!」
「 何!?サエ!それは大人になってからだって言っただろ!善おめえよくも!」
「 俺は何もしてねえ!」
「 サエ!お前その顔どうした!?」
「 ぶえええん!にいちゃん!まさにたたかれたー!」
「 あんのくそがー!!どこだ!」
「・・・・・・ 結局善もサエが可愛いんだろうなあ」
サエの親父が言ったが俺は聞いていない。
「 当たり前だろ。あいつが好いてもねえ子供の面倒なんか見る訳がねえ」
俺の親父も言ったが、俺はこれも聞いてねえ。
「 梅が泣かされたって清秋か和尚さんに告げ口するだけだってえのに。あの子は全く」
とお袋にはよく言われていたが、
「 善ちゃんがお嫁にもらってくれたらサエは幸せね」
サエの二番目の母ちゃんがそう言ったもの勿論聞いてねえ。
だが、俺はサエを嫁に貰った。
サエは子供の頃から変わらず煩せえままだが、俺を好きすぎて素直じゃなくなった。そこもかなり可愛い。
お終い




