21 満足
うつむき加減のサエの頭を眺めながら呟いた。
「 お前、小せえなあ」
よく抱き上げていた子供の頃の身長差はどのくらいだっただろうか。
すっかり柔らかい女の身体に成長したサエは、大きくなったはずなのに小さかった。
「 ・・・・梅より大きいわよ。あんたがでかすぎるんでしょ」
独り言のはずだったが、サエから無愛想な言葉が返った。
「 俺は青より小せえぞ。そんで、冬之助が俺とお前の間だな」
「 ・・・・・梅の彼氏の背なんて聞いてないわよ。それに今、皆の背は関係ないでしょ!」
サエが少し元気を取り戻したようだった。
「 お前が梅の名前だしたんだろ。もう逃げねえな?放すぞ」
サエを腕の囲いから開放したが、サエはその場から動かず、俺にくっついて立ったままだった。
「 なんだ?抱いてて欲しいか?」
「 ばーか!」
サエが怒鳴って飛び退った。
遠く川の流れる音が聞こえる暗闇の中に、サエの声が響く。
「 違うのかよ。分かりにくいなあ」
「 ・・・・」
サエは黙って俺を睨み付けていたが、その顔が可愛く見えるということは、今回は照れているのか。
「 あのな、孝也は生まれたての赤ん坊の時分に小母さんと一緒にお前んちに入ったんだ。急に弟が出来たの覚えてねえか?」
「 ・・・・そんな」
サエは俺の言葉で全てを理解したようだったが、口をわずかに開いたまま言葉が続かないようだった。
「 お前の生みの母親が亡くなった後、小母さんの元旦那が事故で亡くなったみてえでよ。親父と小母さんが幼馴染だったのは知ってるか?生まれたばっかの孝也抱えて一人になった小母さんを親父が後添いに迎えたんだってよ」
しばらく俺の言葉をかみ締めるようにしていたサエが情けない声と顔で尋ねた。もうすぐ泣くだろう。
「兄さんは・・・。ずっと知ってた・・・?」
「 ああ孝也のことはな。別に親父も小母さんも人に隠してたわけじゃなかったからな。隠す必要もねえだろ?小母さんが赤ん坊連れて来たんだからよ、周りは皆聞かずとも知ってた。ああ、でも梅も知らねえみてえだったぞ。きっとお前らの年じゃ理解できんかったんだろ。来い」
サエの目から涙がこぼれ出したのを見て、呼んだ。
サエは勢い良く俺の方へ歩いて来ると、そのまま俺の胸に頭で激突した。
「 痛えなあ。お前わざとだろ?」
サエの頭を腕で羽交い絞めにするように抱きしめると、声を上げて泣き出した。
「 泣け泣け。何で今までお前が気付かなかったのか、すげえ不可解ではあるけどよ。まあ、たぶん親父と小母さんがお前も孝也も同じ様に扱ってたからだろうな」
サエはしばらく泣いていたが、しゃくりあげながらしゃべり始めた。
「 ・・・孝也は知ってるのかしら?」
普段より小さいサエの声が良く聞こえるように、サエの頭に回していた腕を緩め答えた。
「 知らなきゃお前に惚れんだろ。親父はわざわざその話を孝也にしたことはねえから、誰か周りの奴に聞いたんだろって言ってたぞ。その所為で孝也は捻くれてるらしい」
「 何ですって!信じられない、何処のどいつがが孝也に言ったのよ!小さい子傷つけて最低だわ!父さんも父さんよ!何で自分の子供にちゃんと教えてないのよ!馬鹿じゃないの!」
サエは泣きながら怒鳴り続け、そのうち元気を取り戻したようだった。
「 確かにな。親父は自分でも相当まずかったと思ってるぞ。だから俺に言わせてんだよ。お前がそうやって泣き叫んで怒鳴るからよ」
「 何ですって・・・。私父さんにもそんな風に思われてるの?」
サエはさも心外だという調子で言った。
「 当然だろ。小せえ頃はそれに加えて暴れてたからな。お前は俺以外の手にはおえねえんだってよ。だから許してくれ」
サエが顔をあげて怪訝な表情で俺の顔を見た。
「 え?」
「 おめえ、俺にこれっきりって言ったろ。今すぐ取り消せ。俺は許さん」
「 ・・・・許してくれって言ってる奴がどうしてそんなに態度がでかいのよ・・・。まあいつものことだけどね・・・」
サエはわざとらしくため息を吐いてそう言った。
「 孝也のことも血の繋がりがなきゃ納得だろ?お前は孝也から少し離れろ」
「 もう!またそれなの!?せっかく許してあげようと思ってんのに蒸し返さないでよ!血は繋がってなくても関係ない、孝也はあたしの家族よ!」
サエが俺の胸をどんと両手で押しやり、俺から一腕分距離を取った。
「 そんなもんこれからどうなるか分からねえだろ!お前が孝也を好きになっちまったらどうすんだ!俺は絶対に許さん!」
可愛げない腹立たしげな表情だったサエは、気付くと怒りを忘れ引いた顔をしていた。
「 ・・・・・・・何なのあんた。孝也が辛いから離れろとか言ってたけど、それじゃただの嫉妬じゃないのよ・・・」
「 だったらどうなんだ。お前は孝也にかまいすぎだ」
サエは一度がっくりと頭をたれた。
「 孝也に嫉妬?馬鹿じゃないの?」
「 何でだ。孝也が子供だからか。子供はじき大人になる。それが理由なら俺は馬鹿じゃない」
サエは顔をあげ、げんなりとした表情で言った。
「 何威張ってんのよ・・・。違うわよ。あんたが馬鹿なのは、あたしがあんた以外の男を選ぶかもしれないと思ってるから。この間まで十年も疑わずに私に好かれてると勘違いしてたくせに、孝也なんかに嫉妬してるからよ」
「 勘違いはしてたが孝也を気に食わなかったのは前からだ。他の男は選ばねえのか?でもよお前、俺にこれっきりって言っただろうが」
「 あれは、あたしが知らないことがあったからでしょ。何であのとき本当のこと言ってくれなかったのよ。そしたらあたし、あんなこと言ってないでしょう?」
サエが可愛い顔で不思議そうに俺を見上げていった。
「 そりゃお前が可愛いから、いや違った。坊主との関係がこじれちゃお前が辛えかなと思ってよ」
「 馬鹿じゃないの!あんたに酷いこと言われる方がよっぽど辛いわ!」
サエは可愛い顔を一変させ怒鳴った。
「 そうか。悪かった。と言うことは孝也より俺が好きだってことだな?」
サエは一時押し黙り、次の瞬間には真っ赤になって怒ったような照れた顔をし、そして叫んだ。
「 いつまで張り合ってんのよ!・・・・・・好きよ!あんたが!孝也より百倍好き!気が済んだ!?」
俺は大変満足した。
相変わらず赤い顔で視線を逸らそうとするサエを捕まえ、頭をぐりぐりかき回した。
「 おう!気は済んだ!晴れやかな気分だ!」
「 痛い!止めて!」
「 サエ」
「 何!?」
「 早く嫁に来い」
「 な、何突然・・・・・」
「 突然じゃねえ。今まで何百回言ったと思ってんだ」
今度こそサエは黙った。
「いや、待てよ。何千かもしれねえな」




