15 降参
「 落ち着け。失言だった。だが、断じて何もしねえ。信じろ。てえかお前本当に離れて欲しいか。それならそうする」
サエが唸った。
「 ・・・・怖いから離れるのは困る!」
「良し。 じゃあ、一回乗れ。耐えられんかったら降りればいい。ちょっとでも我慢出来れば少しは暖まる。だろ?」
「 ・・・うん」
またサエから寄ってこられてもまずいので、胡坐をかいたままサエのほうへ腕を伸ばし、後ろからサエの身体を掴んで抱えあげた。
「 ひゃ」
胡坐の上に前向きにサエを座らせ自分の両手を地面に下ろした。
後ろからサエの腹に手を回して抱きしめたいところだが、ここはなんとしても耐えねばなるまい。
サエは自分の身体に腕をまわし無言だ。足に感じるサエの体温から全身冷えているだろうことが窺えた。
「 お前冷てえなあ。尻まで冷えてるじゃねえか」
「 ・・・煩い」
「 身体倒せ。背中に隙間があっちゃ暖まらねえだろ」
「 ・・・・・」
口答えするかと予想していたが、サエは無言のまま後ろに傾いで身体を預けてきた。
何か言うとまた騒いで離れていきそうで、声が出なかった。サエもまた、声を出さず静かに俺の胸にもたれていた。
十年ぶりに膝に乗せたサエの身体は、凍えて強張っているはずなのに想像以上に柔らかかった。
当然、抱きしめて身体をまさぐり口付けたい、という強烈な欲望に思考が焼ききれそうになるが、サエを怯えさせる訳にはいかない。
サエの親父、清秋、清秋の親父、とむさ苦しい男の面を嫌々思い浮かべることになった。
「 兄さん」
悶々としていると、サエが静かな震える声で俺を呼んだ。
「 なんだ」
「・・・ いつも迷惑かけてごめんなさい」
「 何言ってんだ?何の話だ」
常にない弱弱しい声に欲も霧散した。
目の前にあるサエの頭を見下ろし尋ねたが、サエは前を向いたまま静かに話し続けた。
「 この間兄さんを危険な目に合わせて反省したばかりだったのに、今日も気付いたら兄さんを呼びに行っちゃってて。私には暗い中で動くなって言ってくれてたけど、自分は真っ暗の山の中で孝也を見つけたんでしょう。どれだけ危ない場所を歩いたの?」
「 お前どう」
どうしたんだと、様子のおかしいサエに問おうとしたが、サエは構わず言葉を続けた。
「 あたし真っ暗な中で何も見えなくて凄く怖かった。孝也を探すにも怖くて前にも後ろにも動けなくて・・・・・。兄さんはどうやって孝也を見つけたの?どうやって私を見つけたの?どうしてそんなに優しいのよ」
最後は呟きのように小さく、風が揺らす木の葉のざわめく音に消えていった。
「 言い逃げかよ。答えを聞いてから寝ろよ・・・・」
サエは極度の緊張と寒さから想像以上に疲弊していたのだろう。
俺の胸にもたれぐったりと寝息を立てていた。
寝てしまったサエを抱えたまま、ずりずりと移動し、自分がもたれられる木を見つけ背をつけた。
サエを抱いて起きていては、自分の理性が持たない。
幸い俺は寒いほどじゃないし、寝てしまっても死にゃあせんだろう。寝よう。
そうは思ったのだが、サエの柔らかい体から伝わるじんわりぬるい熱と、サエが寝てるうちに死んでしまうんじゃないかという考えに囚われ、眠ることはできなかった。
「はくしょん」
サエがくしゃみをして目覚めたようだった。
辺りは相変わらず闇に包まれ、木の揺れる音と虫の音以外の静寂を保っていた。
「 寒いか。冷えてきたな」
寝ている間にすがるように自らの身体を動かしたサエは、俺の胸に頬をつけて抱きつくような体勢になっていた。
サエが滑り落ちないように背に回した腕はそのままで尋ねたが、サエはその体勢については何も言わなかった。
「 うん、背中がすーすーする」
「 じゃあまた前向け」
自分の身体を少し起こして、サエのわきの下に手を差し込むと身体を持ち上げぐるりと前に向けた。
「 力持ちすぎでしょ」
サエはついぞ聞いたことのないような、穏やかで楽しげな声で言った。
そう言えばこんな声で俺に話しかけるのは子供の頃以来かもしれない。
「 ちびどもを振り回して鍛えたからな」
「 ・・・・わざわざその話題にしたわね」
あっという間にふて腐れたいつもの口調に戻ってしまった。
「 お?おう間違えたな。悪い」
サエは小さく息を吐くと呆れたように言った。
「 もう良いわ。許す。でも、振り回してもらえなくなって本当に哀しかったんだから。嫌われたと思ったし」
拗ねる様な声音に膨れっ面を想像できて可愛かった。
「 悪かった。でもよ、態度で分かるだろ?嫌われてねえことぐらい」
「 ・・・・・子供だったのよ。兄さんの年の半分くらいしかなかったんだからね」
「 ああ、そうなんだよな。年の差の所為で色々と勘違いが」
「 年の差の所為より、あんたの行いの所為よ」
「 お、調子戻ってきたな。復活したか」
サエが振り向いて何かを言うつもりだったのか、胡坐の上で身動ぎした。
「 待て、勝手に動くな。お前の尻は今危険地帯に接してる。じっとしてろ」
「 本当にあんたって人は・・・」
心底呆れたと言う調子のサエは、言うことを聞かず俺のほうを振り返った。
「 阿呆。動くなと言ったろうが。たっちまうじゃねえか」
サエは物凄く接近した俺の顔をひんやりした頼りない両手で挟み、俺の唇に息を吹きかける様に呟いた。
「 もういいや。降参。大好き」
サエは自ら顔を寄せて、俺の唇に自分自身の柔らかくしっとりとした唇を重ねた。




