13 遭難
「おい!サエか!」
手にしていた明かりもとうに切れ、真っ暗闇の木々の間を手探りで進み続け時間の感覚さえ失ってしまった頃、人の気配を感じた。
「 くそ!何にも見えねえな」
前に進むことを止め、耳をすませて願うように聞こえたはずの音を探した。
「 サエ!いるなら返事しろ!」
遠くで人の声がするようだった。
気の所為かもしれないが、今はその本物かどうか怪しい気配を頼りに進むしかなかった。
「サエ!動くなよ!」
とっくに自分がどこにいるのかは分からなくなっていたが、とにかくサエさえ確保すれば良かった。
サエが一人きりでこの暗闇のなかを過ごすなんてことにならなければそれで良かった。
「 あのくそ坊主が!」
元凶のサエの弟に対する怒りが収まらない。
暗闇の山中に取り残されたのが弟のほうなら良かったのだ。
そしたら親父が言うように喜んで山を降りた。サエが山中にいなければの話だが。
結局くそガキが存在する限りサエは危険の中か。
これまで生きてきた中で最高潮の怒りをたった十二の子供に覚えていたが、当然だとしか思わなかった。
「 にいさん・・」
枝の揺れる音にかすれて小さな音が聞こえた。
間違いない。
「 サエ!動くなよ!俺がそっちに行くからじっとしてろ!」
絶対に聞こえろと祈りながら、腹から大声を出して叫んだ。
俺を求めてサエが崖から落ちでもしたらと思うと肝が冷えた。
「動くなよ!」
何度もそう叫びながら、自分を呼ぶ声の方へ進んだ。
幸いサエとの間には木とその枝葉以外に阻むものはなく、もどかしいほど時間はかかったが、無事たどり着くことが出来た。
「 サエ」
「 兄さんどこ?」
「 ここだ」
腰を低くし手探りで進むと、柔らかい冷たいものが指先に触れた。
「 サエか」
「 ああ、良かった。何にも見えないから怖くって。孝也は? 」
サエを見つけた喜びも安堵感もこの台詞で吹っ飛んだ。
「 馬鹿かてめえは!何が孝也はだ!ちったあ自分の心配をしろ!」
突然怒鳴られてサエは後退ったようだった。
「 動くな!そっちは何もないのか?どっちから来た?」
サエはしばらく黙っていたが小さな声で答えた。
「 ごめんなさい。分からない。どっちから来たのかも、麓がどっちかも、何も分からない」
サエの珍しい素直な言葉に一気に頭が冷えた。
「 謝らなくていい。方向が分からねえのは俺も同じだ。怒鳴って悪かったな。坊主は見つけた、怪我もねえし親父に渡した。心配すんな」
「 良かった。ありがとう」
サエはそのまま静かになった。
「 おい、もうちょっとこっちに来い。こう見えなくちゃお前が生きてんのか死んでんのかも分からねえ。てえかお前怪我はしてねえか?」
「 してない。暗くなってからほとんど動いてないから」
「 ああそりゃお前にしちゃ上出来だ。お前のことだから、坊主探して真っ暗闇の中不用心にさまよい歩いてるかと思ったぞ」
「 に・・・・・」
サエが何かを言いかけて口ごもったのを感じた。
「 何だ?・・・ああ呼び名か。何でもいい。あんたでも兄さんでも姉さんでも。なんだ?」
緊急事態ゆえさっきまで兄さんと連呼していたサエだが、ここ数年はあんたとしか呼ばれていなかった。
改めてその子供の頃からの呼び名を口にするのが気恥ずかしいのだろう。
前回くそ坊主を助けてくれと俺を呼びにきた時にもそう叫んでいたのだが、本人は気付いていなかったのかもしれない。
「 ・・・兄さんが孝也を見つけたの?」
「 ああ、だが俺の他にも大勢出てくれたんだぞ。明日降りたら坊主と礼に回れ」
「 分かってるわよ。何で急に常識人なのよ・・・・」
坊主の所為でサエがここにいると思うと、やはり苛立ちがぶり返してきた。
「 お前、あのくそガキから離れろ」
「 なんですって?」
覇気のなかったサエの声に、険が含まれた。
「 小せえ小せえ言うけどよ。あいつ幾つだ」
「 十二よ。まだ子供じゃないの」
「 子供だが男だ。おめえがかまい過ぎて余所をうろうろすんだよ」
「 何よ。あたしが悪いって言うの?私がかまう所為で危ない山に入ったりするって言うの?」
サエの声音から、俺の言葉がサエを傷付けたのだと感じたが、それでもサエを坊主から離したかった。
「 ああ違う。山に入るのも木に登るのもあいつの勝手だ。だがお前まで危険な目に合うのはあいつも望んでねえ。俺も許さん。とにかくあいつを追い回すのはやめろ」「 そんなことしてない!」
「 してるだろう。日に一度はあいつ探し回ってんだろ」
「 それは、家の手伝いもしないでうろうろしてるから!」
サエが口ごもりながらもさらに言い返してきた。
「 そこは今はほっとけ。親父もそう言ってんじゃねえのか?」
「 ・・・・何よ!」
サエは黙ったが、かすかに鼻をすする音が聞こえた。
「 泣いてんのか?泣くな」
子供の頃と違うサエの静かな泣き方に、わずかに動揺した。




