超絶傑作を書くネット作家
お借りしたお題は「ネット作家」です。
須坂津紀雄。入社四年目の営業課員。ずっと好きだった一年後輩の出島蘭子とめでたく結婚した。
それで勢いづいたのか、営業成績もアップし、今では課のエースの藤崎冬矢の背中が見えて来たと言われている。
須坂はまた、三年後輩の杉村三郎と気が合い、よく飲みに行ったりしている。
蘭子と杉村の恋人の吾妻恵子も気が合い、四人で食事に行ったりもしている程だ。
「須坂さん、昨日の『エクスプローラーOKAYA』、読みました?」
杉村がフロアに着くなり、先に来ていた須坂に問いかけた。
「もちろんさ。更新が待ち切れなくて、毎日うずうずしているくらいだよ」
須坂と杉村が嵌っているのは、ネット小説である。
ある小説投稿サイトに連載されている痛快冒険アクションSFだ。
書いているのはアマチュアの人らしいのだが、ペンネームは「HOTUM」という奇妙なもので、性別も年代も非公開。
あまりに謎めいているので、その投稿サイト内の掲示板でも話題になっている。
プロフィールにはアマチュアと書かれているが、実は有名な作家が書いているのではないかと囁かれているのだ。
「あまりにもハラハラさせられるから、心臓に悪いよ」
須坂は席に着きながら、まだその話をしている。杉村も鞄から書類を取り出しながら、
「ホントですよねえ。僕、あんなにのめり込んで読んだ小説、プロのものでもありませんよ」
「そうだな。俺も一番嵌ってるかも。只で読ませてもらって、申し訳ないと思っちゃうくらいだよ」
須坂はパソコンのメールをチェックして言った。
「やっぱり、実はプロの作家が書いているっていうのが真相なんですかね?」
杉村は届けられた建材のサンプルを箱から出して言う。
「どうかなあ。プロが金にならない事をするかな? 短編くらいだったら考えられるけど、あれほどの連載を無料で読ませたら勿体ないって思うだろ?」
須坂の意見に杉村は大きく頷き、
「それもそうですね。じゃあ、やっぱりアマチュアなんですかね? あれ程の作品が書けるのなら、どこかの賞に応募すればいいのに」
「そういうつもりはないのかもよ。あくまで小説は趣味で書いているって、自己紹介にあるだろ?」
須坂はメールのチェックを終え、鞄から資料を取り出し始めた。
「おはようございます」
そこへ秘書課に転属した武藤綾子が来た。
「おう、久しぶり、武藤さん。今日はどうしたの?」
須坂が声をかけると、綾子は、
「須坂さんのお顔を見たくて来ました」
また得意のボケをかまして来た。須坂も慣れたもので、
「結婚する前だったら、その気になったんだけどねえ」
「じゃあ、杉村さんのお顔を見たくて来たのでもいいですよ」
綾子のボケは続く。杉村は苦笑いして、
「その言い方、ちょっと気になるなあ、武藤さん。いつも僕は二番手なんだもんなあ」
すると綾子は、
「本命は後に言うものなんですよ、杉村さん」
変化球を投じて来たので、杉村はドキッとしてしまった。
「武藤さん、杉村はまだ本気にしちゃうから、そんな事言ったら可哀想だよ」
須坂が笑いながら言うと、
「そうですか?」
綾子は首を傾げて応じた。杉村は、
(武藤さんは冗談で言っているんだ。本気にしちゃダメだぞ、三郎)
心の中で自分に必死に言い聞かせていた。
「秘書課の波野さんのご実家で、リフォームをしたいそうなので、相談に乗って欲しいんです」
綾子は二人に告げた。
「おお、商談の話なの? ありがとう、武藤さん」
須坂と杉村は大喜びした。
「では、私はこれで」
綾子はぺこりとお辞儀をして、営業課を出て行った。
(須坂さんと杉村さんが『OKAYA』を読んでくれているなんて思わなかったな。連載を頑張ろう)
実はネット作家の正体は綾子だった。
主人公の「OKAYA」は「綾子」をローマ字で逆さに並べたもので、ペンネームは同じく名字を逆さまに並べたものなのだ。
須坂と杉村が知ったら、どんな顔をするだろうと思い、綾子はクスッと笑った。