五話(前編)
エミリーに美容と健闘のため、と言われストレッチをしてもらう。
コルセットを付けたまま、ベッドの上でエミリーが背中に座り、アンジェの身体を倒す。
(いたたたた……)
軋む身体。身体も痛いが呼吸も苦しい。
「お嬢様、身体がとても硬いですね」
ずん、ずん、とリズムよく体重をかけてエミリーは楽しそうに笑う。
「これからは毎日、してあげますから、ご安心を」
痛みと苦しさで呻き声すら出ない。
息ができずに顔が赤くなり、意識が朦朧としてきたころ。
ノックの音と共にルーシーが入ってきた。
「アンジェ様……エミリー……なにをしているの」
エミリーはすぐに離れ、笑顔のまま傍に立つ。
圧力がなくなり、アンジェはベッドに倒れ大きく息をする。
止まっていた胸とのどが大きく動く。
「あら、まあ……アンジェ様、お顔が真っ赤に……」
はあ、はあ、と肩で息をする。
ルーシーは悲しい顔、エミリーはやはり笑顔でアンジェを見下ろしている。
汗で濡れて額に張り付く前髪を、ルーシーは優しくかきあげた。
(ルーシー……鼻声だわ……)
どうしたの、と言いたいが声が出ない。
「……エミリーあなたなにを……」
ハンカチでアンジェの額の汗を拭いながら、ルーシーはすすり泣いた。
(あれ、この声……)
聞いたことあるような、そうぼんやり思う。
鼻を一段と啜り、アンジェの額を拭いたハンカチでルーシーは自身の涙を拭い鼻をかむ。
「はあ、もう……でも、そんなこと言ってる場合じゃないわね……」
小さな声でルーシーは呟いた。
「アンジェ様、皇帝陛下が……皇帝陛下より、幽閉の命が下ってしまいました……」
「……え?」
かろうじて出た言葉。
まだ酸欠の頭には、意味が良く理解できない。
「クリス様が……アンジェ様のお母様がかつてお住まいになっていました塔へ移動になりました」
「どういうことですか?」
アンジェより先に口を開いたのはエミリーだった。
その顔に動揺が浮かんでいる。
そして、ルーシーも一瞬驚いた顔をしたが、すぐにアンジェへ視線を戻し髪をなでる。
「アンジェ様、昨夜リオン様のお部屋に行ったようですね」
「え、ええ……」
「そのことが皇帝陛下のお耳に入られてしまいました」
「……え?」
確かに昨晩は怖い話で眠れずにリオンの部屋に行った。
しかし、その事実と幽閉が繋がらず、アンジェはじっとルーシーを見る。
アンジェを見つめ返すルーシーの目にはまた涙が浮かんでいる。
「……とても、とてもご立腹でいらっしゃいます……」
「なん……なんで?」
ガブリエルが腹を立ててアンジェに幽閉の命を下した。
その事実に、アンジェは慌てて起き上がる。
(あの人が怒った……? わ、私……?)
頭が混乱する。
怒らせるようなことはしていない。
口を開くが、理解ができず何も言葉が出てこない。
「ルーシー様、どういうことですか? なぜ皇帝陛下が?」
いつもの笑みはなく、真剣な表情でエミリーが問いただす。
(エミリー、私のために……)
「詳細は……私にもわかりませんわ。ただ、先ほど私も執事にそう聞いたのです。それで――」
「なぜ? どうして皇帝陛下がそのようなことを……!」
見たことのない剣幕でエミリーはルーシーに詰め寄る。
ルーシーは顔を背けて首を振った。
「どういうこと……? キャシー……? ……まさか、アン……!?」
ぶつぶつ言いながらエミリーは爪を噛む。
いつもと様子のおかしいエミリーを無視し、ルーシーはアンジェを抱きしめる。
「アンジェ様、それで、このお部屋を出るご準備をルーシーとしましょう」
「……そんな……」
「大丈夫ですわ、ルーシーは毎日会いに行きます」
震えるルーシーの身体。鼻を啜る音。
泣いているルーシーの背中に、アンジェは手を当てた。
「ルーシー……泣かないで……」
ゆっくりとさすると、更にルーシーの身体は震え、嗚咽が漏れた。
「ねえ、ルーシー様! だったらリオン様は? リオン様については、なにか知っていますか!?」
叫ぶエミリーを無視し、ルーシーは長く大きく呼吸をしている。
苦しいのだろうか。更に背中をさする。
「……お兄様も一緒に幽閉されるの……?」
それなら寂しくない。安心だ。
「……いえ、リオン様は……その……」
ルーシーが言葉を濁す。
エミリーがルーシーに近付く。
「リオン様は……?」
「……………」
口ごもるルーシー。
ぱっと笑顔をアンジェに向け、エミリーは手を握ってきた。
「お嬢様も、リオン様のこと知りたいですよね!?」
「え、ええ……」
「じゃあ、ルーシー様に聞いてください!」
「え、ええ……!?」
「ほら、聞いてください!!」
「ル、ルーシー……あの……」
尋常じゃない剣幕に押され、俯いているルーシーの顔を覗き込む。
止まる空気。訪れた静寂。
長いため息を吐いて、ルーシーは語り出す。
「……小国の、最前線へ赴かれるようです」
「小国の最前線!? 激戦地じゃないの!!!」
エミリーが悲鳴をあげた。
倒れるのか、と思うくらい身体を仰け反らせる。
しかし踏みとどまったエミリーは、アンジェの肩を掴んだ。
そうして激しく前後に揺らす。
「お嬢様、このままじゃダメです!」
「ちょっと! アンジェ様から離れなさい!」
「だめです、アンジェ様!! このままじゃ、だって……」
「いい加減にしなさい!」
「ねえ、お嬢様!」
肩を強く前後に動かされ、頭がガクガク揺れる。
ルーシーが必死の形相でエミリーを止めるが、エミリーは止まらない。
「だって、だって! リオン様が……このままじゃリオン様が死んでしまいます」
「………え!?」
「アンジェ様になんてことを言うの!! いい加減にして、エミリー!」
何とかエミリーを止めようとしたのか、ルーシーはエミリーの顔を引っぱたいた。
パン、と乾いた鋭い音。
そして、ようやく止まるエミリー。
「……アンジェ様に言わなくてもいいじゃない」
乱れたアンジェの髪をルーシーは整え、庇うように抱きしめた。
「だって……」
「……どういうこと? エミリー……ルーシー……?」
死ぬ、という単語が聞こえた気がした。
リオンが、死ぬ?
状況が呑み込めず、アンジェは二人を順番に見た。
エミリーと目があう。
今気づいたが、エミリーの目は赤く、目尻には涙の跡があった。
「……このままじゃリオン様が死んでしまうんですよ」
「エミリーやめて、お願い……やめなさい」
ルーシーはアンジェの耳を塞ぎ、自分の胸に抱きよせた。
まるで、エミリーから遮断するように。
だが、エミリーは構わずに言葉を紡ぐ。
「お嬢様が昨晩リオン様の部屋に行ったから……だからリオン様は死んでしまうんですよ」
まるで呪いの言葉のように、ゆっくりと。
「アンジェ様のせいで、リオン様は死ぬんですよ?」
「………!」
「リオン様が死ぬのはアンジェ様のせいです」
「………もう、やめて、アンジェ様だって……お辛いんだから……」
「アンジェ様のせいでリオン様が死んでもいいんですか? いやですよね? ね!」
「う、うん……」
小さな声で返事をする。
表情はわからないがエミリーがため息を吐いたのがわかった。
しかし、その吐息には笑いが混じってる。
音が明るい。
「じゃあ、皇帝陛下に言いに行きましょう」
「なにをバカなことを!」
今度はルーシーが叫ぶ。
叫ぶルーシーからアンジェを引き離して、エミリーは立たせる。
よれたドレスのしわを伸ばす。
「アンジェ様のせいでリオン様が死にに行くんですよ? 止められるのは――お嬢様だけです」
「…………」
後ろでルーシーが声をあげて泣いている。
しかし、エミリーは満面の笑顔だ。
エミリーが笑っているということは、エミリーは正しいのだろう。
「人が一人死ぬのです。しかも、この国の皇子が」
「……お兄様……」
「それを救えるのがお嬢様、ただ一人です!」
「……! そっか……!」
乱れた髪も素早く直しながら、エミリーは力強く頷いた。
「ほら、いつも通りのきれいなアンジェ様ですよ。これで、皇帝陛下もお許しくださいますわ」
「ええ、そうね!」
「じゃあ急ぎましょう、早くしないとリオン様が死んでしまいます。嫌ですよね?」
「ええ、もちろん!」
エミリーがドアを開ける。
ガブリエルと会うのは正直怖い。足がすくんでしまう。
(でも、だって……お兄様が死ぬのはいや!)
震える脚で一歩一歩進む。
「ええ、リオン様を救えるのはお嬢様だけですわ」
にっこりと、かつてないくらいの笑み。
涙のすじが光るエミリーは、楽しそうに笑った。




