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一話(後編)

エミリーが作ってくれた花冠を頭に乗せ、アンジェは花畑にしゃがむ。

たくさん咲いている小さな花。

可愛らしい花弁のお花たち。


「アンジェ様、アンジェ様! どこですか!」


花を見ているとかすかに名前を呼ぶ声。

乳母のルーシーの声だ。


「ルーシー? ここよー! ここよー!!」


立ち上がる。口に手を当てて大きな声で叫んだ。

その声でルーシーはアンジェを見つけると、急いで近付いてきた。

一緒に遊べると思って目を輝かせる。


「ルーシーも来てくれたの!?」

「アンジェ様……ルーシーは心配しましたよ」


息を切らせている。

手にはアンジェの外套を持っていた。


「外套も着ないで外に行くなんて……まだ寒いのですから、暖かくしてください」

「そっか、そうよね。ありがとう」


そういいながら、外套を着せてくれた。

心配する優しいルーシーに笑顔になる。


「それから、外に行くときは窓から見えるところで遊ぶように!」

「ええ、気を付けるわ」

「まったく……皇帝陛下も心配されますよ」

「…………」


皇帝という単語に、アンジェは固まる。

皇帝ガブリエル。アンジェの父だ。

ほとんど会ったことのない父。会話を交わした記憶もない。

以前アンジェが外で過ごしているとき、ガブリエルが窓から見ていたことがあった。

その姿や視線をアンジェは怖いと感じた。緊張する。

姿を思い出してぶるっと震えた。


「……あら、アンジェ様。そのお花……」


花冠に気づいたルーシーに、アンジェはぱっと顔を輝かせる。


「可愛いでしょ! エミリーが作ってくれたのよ」


頭に乗っている冠を手に取ってルーシーに見せる。

白い可憐な小さな花、スノードロップ。

花冠を嬉しそうに見せると、ルーシーの顔から笑顔がすっと消えた。

そして真顔で素早くエミリーに視線を向ける。

アンジェも視線を追ってエミリーを見た。

エミリーは変わらずにっこりと笑っていた。いつも通りだ。


「丹精込めて作りました。花言葉がお嬢様に届くように」

「なあに、花言葉!? エミリー、この花の花言葉ってなにかしら!?」

「なんでしたっけ。えっと……希望? 願い?」

「希望、願い! いい言葉ね」


花冠をまじまじと見つめる。

細長い、白い可憐な花びら。もう一度胸に抱いて香りをかぐ。


「アンジェ様、この花の……この国での花言葉は……」


暗い声。少し険しい顔のルーシー。

しかしすぐに、口元を手で覆った。


「エミリー、あなた……本当に知らないの……?」

「希望と願い、ですよね!」


笑顔で力強く頷き答えるエミリー。


「それは小国の……。この国での意味、は……」


言い淀むルーシー。にこにこと笑顔のままのエミリー。

ルーシーは視線を下げて、小さく息を吐いた。


「……まあ、いいですわ。ただし、アンジェ様!」

「な、なに!?」

「いいですか、無暗に植物に触ってはいけません」


たしなめる様な少し強い口調で注意をされた。


(あれ、そうなの……? だってお兄様もエミリーも……)


花を摘もうと提案してくれた。

返事をしない様子にルーシーはまた小さくため息を吐いた。

そしていつもの優しい表情に戻る。


「もし毒があったらどうするんですか。大変なことになってしまいます。……ね?」

「……そうね、そうかも……」

「この国で一番可愛いお姫様、大事なことです。約束、してくれますわよね?」

「……はい……」


注意をされてアンジェは項垂れた。


「……今日はもう、仕方ありませんが……これからは気を付けるように」

「……はあい」

(今日のルーシー、どうしたんだろう。なんでそんなに注意するの? お花……ダメ?)


返事をしつつ、そう思った。

普段のルーシーは優しくアンジェを甘やかしてくれる。

たまに注意をするときもあるが今日は多い。

何度も言い聞かされるように言われ、更にうなだれる。


「……アンジェ様……」


落ち込むアンジェに触れように手を伸ばすルーシー。

触れるより先に、アンジェの肩に手を置いたのはエミリーだった。


「でも、可愛いでしょ? 気に入りましたよね?」

「……うん! そう、気に入ったの! ありがとうエミリー、大好き!」

「ありがとうございます、お嬢様!!」


ひときわ大きな声を出してエミリーは喜んだ。

とても嬉しいらしく満面の笑みである。

可愛い白い花冠をぎゅっと抱きしめてからまた頭に乗せる。


(こんなにエミリーが喜んでくれて、私も嬉しいわ!)


ふと視線を移すと、ルーシーは喜ぶエミリーをまた見つめている。

少し怒っているような、不安そうな、悲しそうな。

そんな色の混じる顔だ。


(……今日のルーシー、少し変……?)


するとルーシーは大きく息を吸い、深く長いため息を吐いた。


「ええ……そう、そうね……。アンジェ様が……そういうなら……」


少し苦しそうな声。

しかしぱっとまたいつもの笑顔に戻り、アンジェの前にしゃがみ込む。

頬を両手で優しく包んだ。


「ほら、ほっぺたが冷たいですわ」

「ふふふ、くすぐったい!」


冷たい手で、ふにふにとほっぺたを揉まれて笑い声が出る。


「身体が冷えているということですよ。まったく、まだ外に出るなんて早いですわ」

「そう? そうなのかも……」

「こんなにほっぺたも赤くして……もう、とにかく! 風邪をひく前に戻るように、いいですね」

「はあい……」

「……ルーシーをあまり心配させないでくださいね、世界一可愛いお姫様。……愛していますわ」


ぎゅっと抱きしめてくれた。

先ほどのリオンよりも高い体温。

嗅ぎなれた、安心する香り。


「うん……私もよ」


ルーシーはいつもアンジェを抱きしめてくれる。

子どもの頃は寝るまでずっと抱っこしてくれていた。

昔からこの時間が好きだった。つい甘えて抱き着き返す。

抱きしめたままゆっくりと優しい手つきで、髪をなでてくれた。


「……それじゃあ、温かい、甘い飲み物を用意して待ってるから二人とも、冷めないうちにね」

「やったー! 早く飲みたいわ」


甘い飲み物という言葉に、アンジェは喜んだ。

その姿を見て笑うルーシー。

最後にもう一度頭をなでて、名残惜しそうにアンジェから離れた。

その姿に、エミリーは深く一礼する。

再びじっとエミリーを見つめてから、ルーシーは城に戻った。


「はあ……そういうことで、戻りましょうか」


髪をかき分けて顔をあげたエミリーは少し不機嫌そうだ。

だが、またいつもの満面の笑みに戻る。


(ルーシーとエミリーって仲悪いのかなあ……?)


返事も待たずにスタスタと歩くエミリーに遅れないよう、花冠を落とさないように抑えて走った。

城に戻る途中、稽古をしている声が聞こえた。

剣がぶつかる乾いた金属の音。

兵士たちに混ざってリオンも稽古をしているはずだ。

しかし、音だけでここからは見えない。


「気になりますよね、見に行きましょう」


そわそわと音の方を見ていると、エミリーが提案してくれた。


「いいの!?」


思わず両手をあわせた。

稽古場は危険なので、近付かないようリオンから言われている。

しかし、エミリーがいるから大丈夫だろう。

遠巻きに木の後ろからそっと覗くと、数十人の男性たちが一斉に剣を振り下ろしている。

小さくて誰が誰だかわからない。


(うーん、見えないわ……)


みんな同じ顔に見える。

振り向いてエミリーを見る。

エミリーは、真剣なまなざしで一点を見つめていた。


「………?」


アンジェもつられて同じ方向を見る。

男性たちがいるだけで、リオンの姿は見えない。

しかし、エミリーが真剣に見ているものだからアンジェも一緒になって兵士たちの稽古の姿を見た。


(エミリーにとっては大切な時間なのかしら……?)


何分かそうしていると、ひときわ大きな声が響いた。

休憩時間になったようだ。整っていた列が崩れる。


「……帰りましょう」


それだけを言ってエミリーは踵を返し、城へ向かった。


「あ……待って」


遅れないよう駆け出すと、急にエミリーは止まった。

そして満面の笑み。


「お嬢様、お城まで走りましょう」

「え、え?」

「急がないとルーシー様に叱られますよ」


驚いているアンジェの手を掴んで、エミリーはすごい勢いで駆け出した。

引きずられる形で半分転びながら城に向かう。

ドレスは走りにくいし、コルセットがきついから息が苦しい。


「ほらほら、しっかり!」

「う、うん………」


心臓はバクバクする。

呼吸は浅く速い。お腹が痛くて大きく息が吸えない。

しかし半分もうろうとしながらも、楽しそうなエミリーの顔がちらりと見えた。


(エミリーが楽しいなら、いっか)


まだ春先の冷たい風が頬をなでる。

寒かった身体は温まり心も弾んだ。


(苦しいけど、寒くなくなったわ。すごいわ、エミリーありがとう)


今日もこの世界には優しさが満ちている。

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