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紅髪の魔女─レディ・ローズ─  作者: 智慧砂猫
紅髪の魔女レディ・ローズとプリンセス
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第21話「親心」

 ふたりはさっそくキッチンへ、ローズはひとりでダイニングへと向かう。


 商館内の慌ただしさも落ち着いて静けさを呼び込み始めている。クロヴィスたちの姿は見当たらず、外で作業しているのか張り上げた声が建物のなかにも響いた。


(……今日の予定はひと通り済んだか。シャルルが喜ぶといいんだが)


 誰かに贈り物をするのはひさしぶりで、マリーが生まれたときに祝いの品を持っていったのが記憶のなかでは最後だ。手土産を持っていくことは多々あっても、喜ばせようとするなどめったとない。彼女も自身で不思議なくらいだった。


 静かなダイニングで椅子に腰かけ、自分の首から提げた懐中時計を見る。シャルルに渡したものは猫。自分のものをフクロウとしたのは、どちらも世間的には『使い魔として魔女が飼っている』とされる生き物だからだ。


 実際には彼女はなにも飼っていない。飼ったこともない。常々旅を続けていると、わざわざ使い魔に頼るような事情に見舞われたりもなく必要がなかった。


 ただ、連れ歩き始めたシャルルとのつかずはなれずの距離感が、なんとなく使い魔のそれに似ていると感じた。そこで彼女を例えるならば、自由を求めながらあらゆるものに興味を示す猫のような存在だろう、と懐中時計に刻んだ。


 お揃いにするなら同じく動物が良い。それも使い魔として見られがちな生き物。そうして彼女は自身の時計にフクロウを刻んだ。今まで大切にしていたネックレスの形をわざわざ変えてまで、なぜそうしたのかは自分でもよく分かっていなかった。


 気が向けば元に戻せるから別にいいか、とそれほど気にも留めなかったが。


「……ふうむ。妙な気分だ、我が子でもないのに」


 ふと、マリーに『あなたが他人にそんな顔をするなんて』と言われたのを思い出す。


 優しく微笑みかけるなど柄ではないと自分でも思うくらいに、ローズは基本的に他人への関心がない。いくら預かりものだからといって過保護にするつもりもなく、純粋に喜ばせようとしている理由をじっくり考えてからひとり笑った。


「まあ、ただの気まぐれか。深く考えるのはナシだな」

「いったい、なにを考えるのがナシなんです?」


 ダイニングにやってきて声を掛けたのはクロヴィスだ。仕事の隙を縫って水を飲みにやってきたらしい。ぽつりとこぼれた彼女の言葉を拾い上げた。


「別になにも。それより、もう馬車の準備を進めてたのか?」

「ええ。明日になってから荷物を積んでいては遅くなりますから」


 数日分の荷を載せて馬を二頭用意するだけでも、あれこれと朝起きてからでは他の仕事も立て込んで間に合わなくなるかもしれないと危惧したクロヴィスは、頭数を集めてさっそく取り掛かり今しがた終わったところだと疲れた顔をした。


「お前は昔から仕事を無理に詰め過ぎだ。下手を打って体でも壊したら、結局誰かにその分の責任を押し付けることになるぞ。適度に休むことも考えておけ」


「ハハ、おっしゃるとおりで。しかし、まあ、これも性分なんですよ」


 苦笑いをして頭を掻く。どうあっても今の生活を変えるのは難しいようだ。


「性分、ね。それでアネットのように倒れるつもりか? いや、あるいはマリーが彼女と同じ末路を辿らないとも限らない。よく観察することだな」


 クロヴィスが苦々しい顔つきをして口を結ぶ。


 彼の妻、アネット・カレアナはマリーが幼いときに亡くなっている。というのも、カレアナ商会を担っていくうえで働き者であるクロヴィスに心配はかけまいと体力が落ちているにも関わらず、働き詰めで元気なふりをしていたのが祟ってしまった。


 葬儀にはローズも参列しており、当時を振り返って強めの忠告をした。


「……そんなふうにするつもりはありません。あの子はアネットと同じくらい大事だ。無理をさせないよう、きちんと休憩も取らせていますから」


「ああ。伝えるべきことは伝えた、あとは好きにしろ」


 マリーがいかに疲れているようであったかを彼女は言わなかった。親であるクロヴィスが自ら気付くべきことであって、いくら魔女といえども口を出したところで彼の考え方がとたんに方向を変えるわけでもない、と。


 いささかふたりの間に重苦しい空気が淀んでいるなか、部屋の扉を開けた春風のようなマリーの優しい声色がふわりと流れ込んでくる。


「あら、パパもいたのね。えっと、その……お取込み中だった? 食事の準備が出来たのだけれど、良ければ運ぶのを手伝ってもらえるかしら?」

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