第20話「小さな思い出」
それからふたりはマリーが戻ってくるのを待った。
彼女が再び応接室へ入ってきたのは数十分ほどしてからのことで、額に汗をかいて、いくらかくたびれた様子をしていた。
「おかえり。ずいぶん遅かったが、なにをやっていたんだ?」
「タイミングが悪くて、馬車に荷物を積むのを手伝わされたの」
大きな幌馬車の荷台に次から次へと食糧などの詰まった箱を載せるのを手伝わされて、ローレッツォについて話したのもついさっきのことだ、と彼女は長いソファにぐったりと寝そべりながら話す。
「とても見栄えのいい馬車だったわ。どこの貴族に納めるものなのかは知らないけれど、今まで掛かったの。招いておいて客人を放置するなんて、ごめんなさい」
察したローズが胸の内から溢れそうになる笑いをこらえた。
「それは大変だったな、ご苦労様。それでクロヴィスは?」
「厳重注意をしておくって。魔女に対してあまりにも無礼だから、ってね」
「そんなに立派な身分でもないと思うんだがね……」
謙遜するローズにマリーはばっと顔を上げて。
「まあ! 本来なら王家よりも位が高いのに?」
「ならお前も良い身分だな。魔女にため口を利けるんだから」
彼女が笑って見せると、マリーはきまりが悪そうに頬を掻いて、ぺろっと舌を出す。
「ふたりはずっと昔から仲が良いの?」とシャルルが尋ねた。
「ええ、とても! 私が生まれた頃から家族みたいなものよ!」
「正確にはこいつの祖父の代から家族みたいな扱いだったがな」
カレアナの商館はウェイリッジでも古き良き商人たちの集う場所とも言える。ときには競い合い、ときには互いを助け合うことを知っている者たちが多い。
そういう人々で構成されるのも、クロヴィスの父親であり、マリーには祖父にあたるエルキュール・カレアナという男の人柄によるものだ。
「エルキュールがまだ若い頃に知り合ってな。人情に厚く義理堅いヤツだったよ。……クロヴィスが生まれてから数年のうちに病気で亡くなってしまったがね」
そういった彼女の横顔が、シャルルには寂しそうに見えた。
「クロヴィスはよく人柄を受け継いでいる。当然マリーもな」
「そうなのかしら? 私も会ってみたかったわ、おじい様に」
今ではエルキュール以前のカレアナは似顔絵として額に飾られているだけだ。
「いい男だったよ、良き友人だった。頭が回るほうではなかったが」
皿に手を伸ばす。クッキーがなくなっているのに気付いてローズの表情がしかめっ面になった。その視線はすぐにシャルルのほうへ向けられた。
「おい、私の分のクッキーはどうした? まさかもう食べたのか?」
「え。ご、ごめん……あんまりにも美味しかったから」
「言っておくが、毎回私が、お前のエネルギーの消費に手を貸すと思うなよ」
人の分まで喰らうようなヤツは太ればいいとローズが言う。シャルルはとても驚いて残念そうに「そんなあ」と声を上げた。
「まあまあ。そんなに喧嘩しないで、また焼けばいいわ!……あ、そうだ。じゃあシャルル、私といっしょに夕食の準備をしてみないかしら?」
「えっ、ボクが? その、経験ないんだけど邪魔にならないかな」
不安そうにするシャルルにローズが口を挟んだ。
「なんでも経験だ、やるだけやってみろ。それにマリーは教え方が上手い。教育熱心な貴族のお抱えなんぞよりも丁寧で優しいから覚えやすい。私が保証しよう」
「ふふん、魔女様から褒められると鼻が高くなるわ」
ローズも料理の経験はほとんどなく過去に幾度となく失敗してきたから、自ら進んで作ることは少ない。過去にはたまごをひとつ焼くのに黒焦げにしたこともある程度には、誰もが首を傾げるくらい料理が出来なかった。
そんな彼女でもマリーが傍にいれば基本的には何事もなく上手く行くらしい。
「それならボクも手伝わせてもらおうかな」
「決まりね! ローズはどうするの、待ってる?」
尋ねられて紅茶をぐいっと飲み干してから答えた。
「ああ。ダイニングは一階だったな、そちらで待たせてもらおう」




