第8話・哀れみと魔術
男の娘っぽい人が、ドスの利いたひっくい声で喋ってるとものすごくビビりませんか?
再び気が付いた時には朝になっていた、どうもあのまま本格的に寝入ってしまったらしい。見張りなどでもしておくべきだったと思いつつ、人の気配がする方に顔を向ける。
そこには勇者パーティーのうち、魔術学院次席と今代勇者に、元コンビ相手がいた。もれなくレオン以外の二人から哀れみの視線を送られ、いたたまれなくなったのは言うまでもない。
しかし未だに中途半端な誤解を与えたままなのも、それはそれでよくない。昨日の話した『契約』の内容で、俺が今代勇者であり、シオンの娘であるレオンに協力するのはもう確定なため、朝食を終えてから昨夜の続きを話したいと伝え、俺は自分の足を用意することにした。
というのも、馬も騎乗用ドラゴンも余裕がないため、自分で用意するしかなかったのだ。
「それにしても、足を用意するにしてもどこから出すつもりなのかね?」
銀髪、ウェーブのロング、顔が半分隠れて腰まである、異様なまでに白い肌、伏せ気味で長い睫に覆われた紅すぎる瞳、華奢な造りで女性にも見える美しい顔、痩身中背の筋肉がほぼ無い身体。
魔術学院次席のマグという男は、その吸血鬼の姫とも見まがうような美貌を持ちながら、その口調と俺よりも低い声で色々台無しにしている、少し残念な人間だった。
彼は先程から俺の描いている魔方陣に目が釘づけになっており、その聡明な光をたたえた瞳はこの魔方陣に興味津々の様子を伝えてくる。
「まあ、見たとおり召喚陣を描いて、召喚術によって俺の知り合いを一人呼ぼうかと思っている。ちょうどよさそうな奴がいるしな。」
「あれ、でもカイさんって確か、魔力を使った行動は、『纏』系以外はからきしだとか言っていませんでしたか?」
近くで会話が聞こえていたのか、ブレイドが会話に乱入してきた。ちなみに彼の言っていた『纏』系というのは魔術の形式の一つで、使用者、もしくは武器に魔術を纏わせるものだ。詳しくはまたいずれ。
「それには少し込み入った事情があってな。昨夜も話したが、俺は【原初の魔王】イスカリオテだ。本来の魔力はそれこそこの世界のクラリスを除いたどの存在よりも多いし、魔術を使った戦いとて、本来なら可能だ。」
「でしたら何故?」
魔王といったあたりでブレイドの顔が複雑なものに変わったが、俺はそれをあえて無視して話を続ける。
「問題は、それを行使した時の威力だ。おい、マグ。」
「むっ?」
「お前は無詠唱で『火矢』(ファイアアロー)を出した時、何本まで出して、どれぐらいの威力を出せる?」
「ふむ…無詠唱ならば、20本同時に出現、そのうち3、4本も当たればウルフリーダーぐらいならば片が付く。」
ほう、さすがに魔術学院を次席で卒業するだけはある、か。俺はその流れでブレイドにも同じことを聞いた。
「10本が同時に出現、全部命中してどうにかウルフリーダーが倒せます。」
とのことだった。
この『火矢』(ファイアアロー)という魔術は、使用者の魔力総量に、魔力の運用効率を確認するのにうってつけの魔術で、魔力総量が多いと術を行使した時の矢の本数が増え、魔力の運用効率がいいと、矢の一発あたりの威力が上がる仕組みになっている。
今回の二人で例えると、ブレイドの魔力総量を10とした場合、マグは20の魔力総量を持ち、魔力の運用は圧倒的にマグの方が格上ということになる。とはいえ、ブレイドもそこいらの三流魔術師に比べればかなり優秀な魔術使いではある。
今回は単にマグがすごいだけだ。
しかし、世の中には当然上というものがある。
「実際に見せたほうが早いだろうな、俺の無詠唱『火矢』(ファイアアロー)を見せよう、河原の方に行くぞ。」
召喚陣は後から描き直せばいいので、念の為に上からマントと荷物を敷いて一度放置する。興味があったのか、勇者までついてきたかと思うと河原につく頃には全員そろってしまっていた。
「馬や荷物は?」
「念を入れ、少し離れたところにつないできた。そう簡単には取れんはずだ。」
これは第二王子の言葉だった。まあ、それなら大丈夫だろう、多分。
「では皆、少し…いや、とりあえず30mぐらい離れておけ、それと『風壁』(ウィンドウォール)か『風頂』(ストームドーム)でもしておけ。」
「どれだけ用心深いんですか…。」
ブレイドが少しぼやいたようだが、マグは無言で『風頂』を張った。ありがたい。
「よし、ではいくぞ…『火矢』(ファイアアロー)」
瞬間、俺を中心に無数の青白い炎の矢が生まれた。範囲の直径として10mぐらいだろうか?それらは一発一発だけでも恐ろしい破壊力を秘めているように見え、これはこの辺りに放つとまずいと判断した俺は、『火矢』をすべて上空に向けてはなった。
ずどごぉおん!!
…相当上の方で、一気に爆発させたが、このあたりまで衝撃が届いたな。これは地面に向かって放たず正解だったかもしれん。
衝撃波は『風頂』のおかげでだいぶふさがれたようだったが、それでも勇者パーティの面々は皆ひっくり返って呆然としていた。いや、勇者だけはわりとと小動もしていないが…。
「俺の言いたかったことが、これで分かってもらえたと思うが?」
「う、うむ…つまり、威力が高すぎる故に、実戦では全く使えないと、そういうことだな?そういうことだ、探索系は要らん情報が勝手に入り、防御系は自動迎撃が勝手に入ってしまう。極力魔力を抑えてもこれだ。」
「これ以上魔力を抑えることは出来ないのですか?」
「出来なくはないが…、俺の場合、魔力と身体能力がほぼ直結している。今以上に魔力を抑えるとなると、今度は弊害の方が多い。現状がいっぱいいっぱいだな。」
ちなみにこの魔力=身体能力というのは俺とクラリスだけで、他の俺たちが創った生物はそこまで密接な関係にはなっていない。理由は特にないが、あまり魔力と密接過ぎてもいろいろ不便だというのが俺とクラリスの意見だ。
周りの荒れ方を少し整備し、俺を含めた一行は野営地に戻った。
何やかんやで、現時点だとカイが大分ヘタレな気がしてきた。