第一章8 『記憶』
静まり返ったティアラの部屋の中、左手の上に開かれた本が見える。
まるで誰かの視界を覗き見しているかのような感覚だ。
『今度こそ、今度こそ成功させないと……』
ティアラの声だ。
視線は本から正面へと移動する。すると深呼吸の音が聞こえ、視界が若干上下する。
そして次の瞬間、ティアラの正面に魔法陣のようなものが構築される。構築されて――、
『ぁ……』
次の瞬間、魔法陣は消えた。
『なんで……なんで出来ないのよおおおおおおお!!!!』
悲痛な叫び声が木霊する。
左手にあった本は正面の壁に投げつけられる。続けざまに本棚を倒し、大量の本が床に散らばる。全身鏡を放り投げ、割れた鏡の破片が額に当たって出血する。
ぐたりと、その場にへたり込んだ。
『なんで、どうして……』
額から出血した血が落ちて、床を汚す。かなりの量だ。
視界が歪む。すぐにわかった。涙だ。
『あたしは、ただ……お母様とお父様に……』
大粒の涙がポロポロと零れた。
視界が暗くなる。
音も段々小さくなって――、
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
目が覚める。
「――っ! ……ぃ、今のは……ティアラの、記憶?」
体を起こしながら、ティアは今見た夢のことを思い返す。
果たしてそれがただの夢なのか、それともティアラの記憶なのかは定かではないが、
「――――」
やはりティアラには何かあるのだろう。
夢の内容を思い返すと胸が締め付けられる。
「考えてても仕方ないか……ティアラ起こそ」
ティアとして生きることになってから、大体一ヶ月の月日が経った。
その間にあった大きな変化としては、ティアとして過ごすうちに、心が大分幼く、かつ女の子に近づいたことだ。恐らく体が女の子だから、心も体に近づいたのだろう。詳しくはわからないが、女性ホルモンの影響とかもあるのかもしれない。
その変化に最初に気が付いたのは、ティアラがお風呂に入る際に、ミャミュの裸を見ても何も感じなくなった時だった。
それも今では、相当前のことのように感じられる。
他には、ティアと名付けられた日にレリーファが失踪したという事件があったというのが大きい出来事だろう。昔も同じようなことがあったようなのだが、その時は三日で見つかったらしい。
未だにレリーファの捜索は続いているものの、見つかっていないのだという。
ティアは精神世界に入り、ティアラを起こす。
ティアとしての自意識が強いからか、精神世界での体――精神体もティアラそっくりに変化していた。
『ティアラ起きて! 朝だよ!』
『ん? ティア?』
精神世界で眠るティアラの体を揺さぶれば、目を覚ましたティアラが眠そうに目をこすりながら体を起こす。
『朝だよ!』
『あれ? 昼じゃなかったかしら?』
『ティアラが寝ぼけてる!』
『寝ぼけてないわよ』
『ちょちょちょちょ起きて起きて!』
再び横になろうとするティアラの体を慌てて支える。
それから五分くらいかかったものの、何とかティアラを起こし、体の主導権を握らせて食卓へと向かわせた。
そうして食卓の席に着くと、ティアラは目をこすり、テーブルにうつ伏せになる。
「……眠い」
「あ、ティアラちゃん」
「ん?」
声のした方を振り向くと、キッチンからミャミュが顔を出しているのがわかる。
「もう少しでできるからちょっと待ってね?」
「ぅ、うん……」
『ちょっとティアラ!?』
「ね、寝ちゃった……」
自動的に体の主導権が切り替わる。
また起こしてもすぐに寝られたら意味がない。ティアは食事ができるまで起こさないことにした。
「よいしょっと!」
椅子からおりて、ティアはミャミュのいるキッチンを覗き込む。
すると不思議そうな顔をしたミャミュと目が合った。
「ティアラちゃん?」
「ティアラ寝ちゃった……」
「ぁ、寝ちゃったんだ……」
あらら、と言わんばかりの表情を浮かべるミャミュ。
そんなミャミュの隣まで歩いて、料理の工程を見ようとするも、身長が足りなくて見えなかった。
「身長低いよこの体……」
「ティアちゃんは前の世界だとどのくらいの身長だったの?」
「百七十五!」
「へぇ、結構高かったんだね」
「でしょぉ?」
ふふんとばかりに胸を張ってティアは言う。
「それにしても、ここ一ヶ月くらいでティアちゃん性格変わったよね。この前まであんなに男の子っぽかったのに」
「……自分でも、なんでなのかはよくわかってない。ミャミュは、私のこと嫌い?」
「そんなことないよ。たしかにティアちゃんの性格の変化には驚いたけど、もう慣れちゃったよ。はい、できた。ティアちゃん、そろそろティアラちゃん起こして。私はアミリスたち呼びに行ってくるよ」
「わかった」
そう言うとミャミュは部屋を後にする。
その背中を見送ると、ティアはティアラを起こすために、再び精神世界へ潜るのだった。




