第一章6 『精神世界と存在の露呈』
「はぁ、疲れたぁ……」
どさぁとベッドにうつ伏せに倒れ、ひずるは思わず呟きを零す。
お風呂から上がったあと、しばらくして夕食だったのだが、その時間が大変だった。
ティアラの両親へレリーファから事件の説明があったわけだから、当然直接色々と聞かれたり言われたりする。
自分の正体を隠しながら、ティアラの両親の質問に答えたりしないといけなかったからとても大変だったのだ。
『――にしても、あんたの腹に木の枝を刺したのは誰なのかしらね?』
「なんで誰かがやった前提なんだよ。そもそもティアラはどうしてあんなところにいたんだ?」
『散歩してたのよ。そしたら突然、あたしは気を失ったの』
「それは多分、俺がティアラに宿ったからだよな。……偶然、倒れたところに木の枝があったとか?」
『あんな大怪我になるほど太い木の枝が直立してるわけないでしょ』
「いやまぁ、そりゃそうか……。なら本当に誰かが?」
『わからないわ。……あたし、あまり人と関わらないから、恨まれるようなことはないと思うんだけど』
そのティアラの発言を最後に沈黙が訪れる。が、少ししてひずるがそれを破った。
「とりあえず明日同じ場所に行ってみねぇか? ティアラと入れ替わる方法も見つけたいしな。ここじゃ落ち着いて探せねぇし……」
『……そうね。どちらにしろ屋敷にはいられないもの』
「ん? なんでだ?」
『――迷惑が、かかっちゃうから……』
「――――」
ティアラのその悲しそうな声音に、ひずるは言葉が詰まる。
何を言えばいいのか、わからない。何か声をかけるべきだとはわかる。わかっているのに――、
『まぁ、一先ず明日よ。もう寝なさい』
「……了解」
ティアラが次の言葉を言うのが早く、ひずるはティアラの抱える問題に触れるチャンスを失う。
なし崩し的にティアラの発言に同意するしかなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「たしかこのあたり、だったはず……あ! あそこだ!」
次の日、ひずるは例の事件があった場所を訪れていた。
『あんたが方向音痴なせいで三十分もかかったわ』
「いや仕方ないだろあんま覚えてなかったんだから! てか方向音痴言うな! 覚えてなかっただけだからな!」
『はいはいわかったわよ。うるさいわねぇ……』
「…………」
少々理不尽を感じながらも、ひずるはようやく見つけた目的地――そのひらけた場所へ足を踏み出し、森から抜ける。
「ここが、昨日俺がレリーファ様に助けられたところだ。そういや木の枝が腹に刺さってた時、小っちゃい女の子がいたはずだ」
『ならその子じゃないの?』
「木の枝刺した犯人って? ……いや、とてもそんな風には見えなかったけどなぁ」
少女の姿を思い返しながら、ひずるはティアラの言う可能性を否定する。
『まぁその件は一旦おいておいて、あんた早くあたしに体を返しなさいよ』
「あぁそうだな。そのためにここまで来たんだった。……って言っても俺やり方なんかわかんねぇぞ?」
『そんなのあたしも知らないわよ。どうにかするしかないわ』
「どうにかって……。まぁやってみるけどよ」
とりあえず目をつぶり、ひずるはティアラのいる精神世界に干渉しようと試みる。
精神世界……精神世界……精神世界……
『精神世界精神世界うるさいわね』
「なぁッ! ちょっえっティアラ!?」
『わっ、悪かったわよ。ちょっと試してみただけよ』
「いや試してみたって……今、俺の心読んだのか?」
『ぇ、えぇ、そうよ。視界の共有が出来るんだから、他のことも出来るんじゃないかって思って……やったわ』
「――――」
驚きで言葉に詰まる。
そんなひずるのことは知らず、ティアラはひずるが怒ったのではないかとちょっとばかし不安な表情になる。
「それってどんな感覚なんだ?」
『え? か、感覚? う~ん、あんたの存在を強く意識するのに近いかしら』
俺の存在を意識……
「う~ん、今の俺とティアラは、一つの体に二つの魂が入り込んでいるって考えるのがわかりやすいのかもしれねぇな」
魂なんて不確かなものだが、そう考える他にない。
「仮説を立てるとすれば、一つの体に入っている魂同士だから、強く意識することで相手側の魂に干渉できる……とか? 自分でも何言ってんのかわかんねぇ! ……あ! とりあえず俺の心覗くの禁止な!」
『わか、わかったわ』
そのティアラの返事に安堵を得る。
目を瞑り、それからひずるは再度精神世界への侵入を試みる。しかし今度はティアラへ干渉するような感覚で――、
『――ん、あぁ……え?』
目を開けると、真っ白い世界が視界に飛び込んでくる。
眼下、そこにぺたんこ座りのティアラを見つけて、ひずるは精神世界への侵入に成功したのだと理解した。
『にしても、精神体は俺なんだな。ま、そりゃそうか……』
精神世界にいる自分の体が、ティアラではなくひずるの体であることを、自分の手のひらを見て確認する。
『ん? 何の話……』
『ティアラ、視界の共有を解け。どうやら精神世界に入れたみてぇだ』
『わかったわ。――ん? あ……』
地面に座るティアラがこちらを向き、目があったまま数秒見つめ合う。見つめ合って――、
『ホントにあたしより年上なのね』
『年下だと思ってたのかお前!』
『冗談よ冗談。でも良かったわ、これであたしの体が取り戻せるわ。……ぁ、でもどうやって体動かせば』
『視界の共有みたいに体の感覚とか色々共有すればいいじゃねぇか? 今は誰も体の主導権を持ってないわけだから、ティアラが主導権を握れるんじゃね?』
『そうね。やってみるわ!』
その発言の数秒後、精神世界からティアラが消えて――、
「できたわ」
久しぶりに体の感覚を感じる。
吹くそよ風を心地よく思いながら、ティアラは自分の手のひらを閉じたり開いたりを繰り返す。
『存外簡単にできるもんなのな。そうだ!』
「ん? 何……ってちょっと何これ!?」
ティアラの体が勝手に動く。
それに抗おうとティアラも動くが、上手く動けない。
『やっぱりこっちからでもやろうと思えば体を動かせるんだな』
「あんた、体勝手に、動かすんじゃ、ないわよ……ってちょっとこの体勢は危ない、ってわぁ!」
『あ……』
ティアラが前に倒れ、盛大に顔面を地面にぶつける。幸いにも草があったおかげで大きな怪我をすることはなかったが、
「痛ったぁ。このバカ! 何するのよ!」
『ご、ごめん……』
「貸し十個よ」
『多いだろそれぇ!』
と、そんなやり取りを交わしながら、ティアラとひずるは時間を過ごす。
夕方になった頃、ティアラは屋敷の玄関前まで戻ってきていた。
「ひずる聞いて、ミャミュとかお母様とか、とにかく人のいるところでは話しかけるんじゃないわよ。バレたらまずいんだから……」
「ひずるって誰のこと? ティアラちゃん?」
「え?」『え?』
ティアラの背後、かけられた声にティアラとひずるは同時に驚く。
咄嗟に振り向いたティアラの視界には、何かを確信したような目をしたミャミュの姿が、鮮明に映り込むのだった。




