序編第三章19 『交渉』
「ティアラぁ!」
「ひゃい!」
ティアと話していると突然ミファーの声と共にドアが勢いよく開かれ、ティアラはビクッと肩を震わせる。
「ミファーとリーファじゃない! やっと帰ってきたのね」
「ティアラは早く終わったの?」
「というかその花冠なに?」
ミファー、リーファの順に連続して飛んでくる質問にちょっとおどおどしながらも、ティアラは「えぇ、お昼ごろには終わってたわ」ととりあえずミファーの質問に答える。
それから頭の上にある花冠を手に取って、
「これはメルティアさんにもらったのよ」
「メルティアさんも飾り付け雇用だったの?」
言いながら、ベッドにぺたんこ座りするティアラの前までやってきて、小首を傾げるミファー。
「えぇ、しかも特別雇用者だったわ」
今日あったのあの事件のことは黙って、ティアラはただそう返した。
それにミファーは「わぁ!」と驚いて、それからティアラの隣に座って、
「ねぇねぇティアラティアラ! ミファーたちね! 今日だけ特別に日給が白金貨一枚になったんだよ! ね! リーファ!」
「マレディクトゥムは企画者に掛け合ってみるって言ってたけどね」
「あぁそっかぁ、じゃあ確定じゃないんだぁ……」
と、ちょっと残念そうにするミファーを横目にし、ティアラは「明日は二人は仕事あるの?」と質問を投げかけた。
「あるよ! ね! リーファ!」
「うん、たしか今日と同じ時間だったと思う。ティアラは?」
「あたしは明日はないわ。暇になるわね、何しようかしら」
ミファーとリーファが仕事となると、トランプなどをして暇をつぶせる相手がいない。
「あっそうだ」
ふと机の上に置いたままのフィエリアのナーフを見やって、ティアラは明日にでも届けに行こうかと考える。
「ティアラぁ!」
「わぁ!」
ミファーが飛びついてきて、ティアラは上向きに倒れる。
「何よミファー」
「帰ってきたらいっぱいあそぼぉ」
そう言ってティアラを若干上目遣いで見るミファーと目を合う。
すぐにティアラは、ミファーがティアラを一人にすることに罪悪感を感じているのだと理解した。
そっとそんなミファーの頭を撫でて、
「えぇ、トランプに付き合ってもらうわよ?」
「うん!」
嬉しそうに、ミファーが元気な返事を返した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
次の日、リーファとミファーは昨日と同じ時間に寮を出た。
ミファーを気遣ってなのか、ティアラはわざわざ寮の下まで見送りについてきてくれた。だからか、ミファーもスッキリした笑みを浮かべている。
「来たなっ!」
「マレ! おはよう!」
会場に着くと同時に、リーファとミファーを見つけたマレディクトゥムが駆け寄ってくる。その様子は珍しいものの、焦っているようには見えない。
そんなマレディクトゥムに対し、ミファーが元気な挨拶を繰り出した。
「どおしたのぉ!」
「昨日、お前たちからの提案を企画者と相談したぞっ!」
「……どうなったの?」
マレディクトゥムの口から出た内容に、リーファは瞬間的に目を細める。
「お前たちの提案通りにすることになったぞっ!」
「やったぁ!」
「それでだなっ! 今月末に魔法陣の相談で国王と話すことになっているだっ!」
「……え?」
提案が通ったと両手を上げて喜んでいたミファーが、次いで出たマレディクトゥムの発言に目を丸くする。
大事な話だと感じ取って、リーファは黙って話を聞く姿勢を取った。
「その相談にはお前たちもいた方がいいと思ってだなっ! だから特別雇用者としても雇うことになったぞっ!」
「ううぇ!?」
「ミファーうるさい」
「ごめんなさい……」
シュンとするミファーを一瞥するも、リーファは即座にマレディクトゥムの方へと視線を戻した。
かなり重要な場面だ。ミファーの様子に構っている暇などない。
「具体的な仕事内容は?」
「そうだなっ! お前たちの提案によって増えた仕事への協力だっ! 魔法陣の相談もその一つだなっ! そのうち剣の持ち込み関係のことも話し合うことになると思うぞっ!」
つまり、ミファーとリーファの出した提案によって魔法陣や剣の持ち込みなどで新たに取り決めが必要になったから、それらに協力しろというわけだ。
「それって一般雇用と両立ってこと?」
「どっちでもいいぞっ!」
リーファは唇に指を当てて考える。
探るようにマレディクトゥムの瞳を見つめるも、無表情すぎて得られるものは何もなかった。
「ミファー」
「なにぃ?」
「私が決めていい?」
「うん! リーファに任せる!」
顔の向きを変えずに会話して、リーファは再び交渉内容に思考を戻す。
せっかく特別雇用される機会が来たのだ、剣の持ち込みと魔法陣の取り決めだけで終わりたくはない。
リーファはしばらく微動だにせず考えて――、
「一般雇用をやめて、私とミファーもこの小企画を企画する立場に回る。今回みたいに提案するし、その提案で生じる仕事も請け負う。提案は最低でも五つは保証した上で、数も質も絶対に手を抜かない。一般雇用はやめるって言ったけど、その仕事も優先順位を少し下げた上で、特別雇用の仕事の一部として請け負う。そして――」
ここが一番重要だ。
したてに出たら損をするし、強気に出ると交渉が決裂する。
「――給料は日給でも時給でもない。全ての仕事が終わった時点で、白金貨三十五枚」
「一人か?」
「えぇ、一人白金貨三十五枚」
「当日にも働いてもらうことはできるのかっ!」
「そういう提案が出たら必然的に……」
「そうかっ!」
マレディクトゥムは表情を変えずにリーファを見つめた。
その瞳の奥にある考えが何なのかわからず、リーファは緊張でドクドクど心臓の鼓動が早まるのを感じ取った。
しかしその動揺は隠して、目を合わせ続ける。一、二、三、四、五、六、七、八、九、十秒と経過して――、
「一つ、条件を追加するぞっ!」
「なに……?」
「最低保証は八つだっ!」
「――――ッ」
今回のような提案を今後八つ行うのは、かなり大変だ。
だがこの交渉だと提案に手を抜くことができてしまう以上、最低保証を上げろと言われるのは当然と言えた。
「……わかった。その代わり、提案をそっちが却下したとしても数に含める」
「それだと雑に提案されると困るぞっ!」
「……なら、最低保証とかなしで、今後の提案をそっちが却下するたびに白金貨二枚分下げる。そして、採用されるたびに白金貨を二枚増やすのは? この場合、却下した提案を採用するのはダメね」
これなら、提案する側が提案を採用されるために全力を尽くすのが自然になるし、リーファとしても提案を却下されて給料を下げられたのに採用されるという事態は防げる。
「ごちゃごちゃしてるからまとめるね。提案やそれに関する仕事を最優先にしつつ、一般雇用はやめる必要がなくなったから続ける。魔法陣と剣の持ち込みの取り決めを別で白金貨十五枚で請け負う、国王と相談させるからには、さすがにそのくらいは必要。そして私たちが参加した一般雇用の仕事の日給もちゃんと払ってもらう、仮に提案関連の仕事で途中で離脱することになっても、それはそっちの指示によるものだから勤務扱いにして。さらに別で、今後私たちが出した提案を採用する場合はそのたびに白金貨二枚を上乗せしてもらう。そっちが却下したら白金貨二枚を減給、でどう?」
リーファとマレディクトゥムはお互いに目を合わせたまま沈黙する。
そして再び、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十秒と経過して――、
「わかったぞっ! 交渉成立だっ!」
そう言って手を差し出してくるマレディクトゥム。
リーファは募っていた緊張が一気の解けて、ふぅとため込んでいた息を一息で吐き出す。
それからマレディクトゥムの手を取って、握手する。
「よろしく頼むぞっ!」
「えぇ」
「わぁ!」
ミファーがパチパチと拍手するのを背景に、ここに、特別雇用の交渉が成立した。




