第一章2 『木の枝』
「――そうだ。俺はあのあと、気を失ったんだ」
「あ、あの……ティアラ、大丈夫?」
「ぇ、あぁうん大丈夫……」
少女の言葉に返事を返しながら振り向くと、その少女は赤面していた。
そうだ! 俺この子の前で大声で下ネタ言ってんじゃねぇか!
「ってかちょっと待って。ティアラ、ってのは?」
「ティアラはあなたでしょ? 本当に大丈夫?」
「――は? えっと、ごめんちょっと考えさせて……」
本気で心配の眼差しを送られ、ひずるは混乱する。
俺が、ティアラ? いやそんなわけねぇよ、俺はずっとひずるだ。……もしかして、この体のこと、なのか?
この体がティアラという少女のものだとしたら、辻褄は合う。
「いやそもそも、ここはどこなんだ……?」
ひずるはあたりを見回す。
見えるのは、気を失う時に見ていた光景と同じ。草木に満ちる森の中の景色に等しい。
だがおかしい部分がある。それは――、
「雪……」
ひずるの知る限り、季節は夏だったはずだ。
けど今こうして目の前に雪がある。
それに――、
「なに?」
見つめれば、小首を傾げた少女が声を出して疑問を知らせる。
しかしそれには構わず、ひずるはその容姿に注目した。
ふんわりとしたウェーブがかかる金色の長い髪が揺れ、淡く光る綺麗な金色の瞳がこちらを見ていた。
とてもひずるの知る日本に合っているとは思えない。
少女の身長は百四十センチくらい。体格は普通で、顔立ちは幼い。年齢的には九歳がいいところだろう。
冬仕様のドレスは金色をメインに装飾されている。
「つまり、だ……」
ここは海外のどこか? 海外なら今の時期に雪降ってて、ドレスを着る国もあるかもしれないしな。……でもこの子日本語喋ってるよな
「何がどうなってんだ?」
疑問が募る。が、少なくとも何個かはわかった。
ここは日本じゃないどこかで、俺はティアラって子の体を使ってる? ……意味がわかんねぇ
とりあえず仮説を立てよう。
死ぬ間際、ひずるの意識体――魂だけが海外へ転移し、その転移した魂がティアラという少女の体に宿ったとかはどうだろう。
それなら雪が降ってるのも体が女の子になってることも、ティアラと呼ばれる理由にも説明がつくことになる。
「ティアラ、あんなことに遭ったから混乱してるの? 傷はわたしが治したからもう大丈夫だよ?」
ん? 治した?
こんな森の中、どうやって治したというのだ。
だが実際傷は治っている。
いっそあれが夢だったのではないかと思ったが、服に穴が開いているし血もついている。何かが腹に刺さっていたのはたしかだ。
「治したって、どうやって?」
「――? 魔法を使ってだよ」
「――――え?」
魔法? 魔法って言ったかこの子? 嘘じゃ……ないみたいだな
嘘偽りが介入しているとは思えないほど純真な少女の顔。それを見れば、嘘を吐かれたという考えは吹き飛ぶ。
第一、この状況でこんなぶっ飛んだことを言うわけがない。言うとしたら――、
「異世界……なのか?」
「え?」
そう、言うとしたらここが魔法が実在する異世界だった場合のみだ。
いやちょっと待て、頭が追い付かねぇ。ここが異世界? なら俺は異世界転移したってことか? ……いや女体化する異世界転移ってなんだよ。そんなのどのラノベでも見たことねぇよ!
「ティアラ?」
「あっはい!!」
ヤバイどうする? そうだ! 俺はティアラって子の体を使ってるわけだから、ティアラって子のふりをすりゃいいのか!
ひずるはそんな考えが脳裏に浮上するが――、
いや俺この子の前でちんこって叫んでんじゃねぇか!
挽回の余地がないとは、まさにこのことだとひずるは思う。
でもかと言って、正直に状況説明したところで頭がおかしいとしか思われないだろうしな……
少女を見れば、小首を傾げている。その頭の上には被り物のティアラらしきものがある。
まさか、王族……とか言わないよな
ひずるは迷う。正直に説明するか、ティアラのふりをするべきか。
けど相手が王族なら敬語で対応できる。ティアラの口調とか知らないから、それは意外と運が良いんだよな。……仕方ねぇか
ティアラのふりをすると、ひずるは決める。
「ねぇ、本当に大丈夫? さっきから黙ってばっかりだけど」
「えっと……。ちょっ、ちょっと混乱してたんです」
「やっぱりそうだったんだ。……あっでもさっき、ちん……って言ったのは?」
少女は顔を赤らめながら、恥ずかしそうに問う。
「それはぁ! えっとッ! 男の子になった夢を見てたからつい!」
いやどんな言い訳だよ!
と、ひずるは内心自分にツッコミを入れる。
「あっ、そうだったの?」
えっ……信じてくれた? てか、敬語でも大丈夫そうだな。王族ってのはあながち間違ってないのかもしれないな……
「でもよかった。木の棒がお腹に刺さって倒れてたから、慌てて魔法で治療したんだけど、もう大丈夫みたいだね」
「……木の棒が、刺さってたんですか?」
「うん、そうだよ? ねぇ、もしかしてだけど、どうしてそうなったかわからないの?」
ぁ、やベ……
木の棒が刺さってたとして、そんな重大事故本人が知らないなんて明らかに不自然だ。
だがここで否定するとさらに疑念を抱かれる可能性がある。だからひずるは『はい』と言いながらコクンと頷きを返した。
「……そうなんだ。まぁいいや、一先ず無事でよかった。ティアラのお屋敷まで送ろっか? たしかあっちの方向だよね?」
「ぉ、お願いします……」
「わかった!」
そう言って少女は立ち上がる。
正直、王族らしき少女にこんなことを頼むのは、問題になるようにも思えたし気はのらない。だがひずるはティアラの屋敷の場所を知らない。
ゆえに頼るしかなかった。
少女に続きひずるも立ち上がると、少女は先行して歩き出す。
ひずるは慣れないドレスに違和感を感じながらも、その少女の背中を追う。
――追いながら、内心で疑問を零した。
にしてもなんで、木の枝が腹に刺さってたんだろうな……
その疑問に、ひずるは首を傾げずにはいられなかった。




