第一章22 『右手を包む温もり』
ティアラが魔法の発動を目指し始めてから、大体四ヶ月の月日が流れた。
もともとティアラは努力がしっかりできるタイプだったようで、毎日のように決まった時間に魔法を練習している。
さらに、ただ魔法を試してみるだけでなく、なぜ発動しないのかを分析したり、発動方法を変えてみたりと色々と工夫を重ねている。
だからこそ、それを近くで見ているティアとしても、疑問に思うしかなかった。なにせこれだけ試行錯誤を重ねているのにも関わらず、魔法は一切成功の兆しを見せていないのだ。
「――やっぱりダメね、発動しない……」
『ティアラ……』
場所は外、寮の裏側だ。
いつも通り魔法を練習しているティアラの言葉に、ティアは心配の声が漏れる。
「大丈夫よティア……このくらい、このくらい……うぅ……」
ティアラの声が震えている。視界が涙で歪むのがわかった。
ティアから見るに、ティアラはどうやらため込んでしまうタイプなのだろう。だからたまにこうやって、泣きついてくることがある。
『ティアぁ』
精神世界に来たティアラのあたまをなでて慰めながら、ティアはどうすれば魔法が発動するのだろうと頭を悩ませる。
ティアラの努力する様子をみてみてわかったが、決してティアラは努力量や質が低かったりするわけではない。むしろ、一般的に見たら相当高い部類なんじゃないかと思うほどだ。
だからこそ、魔法が発動しないのが不可解なのだ。
『あたし、頑張ってるわよね……?』
『うん! 頑張ってる!』
だからティアとしても早く解決したいのだが、魔法などティアにはわからない。
このままじゃ、ティアラに無理を強い続けているかのようになってしまう。いや実際なっているのだ。
このまま成功しなかったら、ティアはティアラを永遠に立ち上がらせて苦しめるだけなんじゃないかと、そんな不安がこみ上げる。
『……やっぱり、独学じゃ限界なのかしら』
『ん?』
座るティアの胸に顔を埋めているティアラが、ポツリと言う。
それに小首を傾げると、ティアラはゆっくりと顔を上げ、姿勢を整えながら口を開く。
『魔法を教わった方がいいんじゃないかって意味よ』
『あぁそういうことか!』
たしかに、この四ヶ月ティアラはずっと独学で魔法の発動を目指していた。
なにせティアには、ティアラの悩みを聞いてあげたりしかできない。たまにリーファとミファーが教えてくれていたが、それは専門的な教育とは違う。
『でもティアラ、学園行ける?』
『……わからないわ。けどこのままは、怖い……』
『――――』
それもそうだと、ティアは思う。
なにせティアラは一度独学で数年単位努力している。そしてそのすべてが報われていない。
それでもと二度目の努力を始めたのに、さっそく沼にはまっているのだから、一生出られない可能性がちらつくのも無理はない。
『ティアラはどうしたいの?』
『あたしは……教わってみたい……』
『……そっか』
ティアラがそう思っているのなら、何も迷うことはない。
『ならそうしてみようよ』
『けど学園に行くことになるのよね? それは、怖いわ……』
『もうすぐ夏休みも終わるんでしょ? ちょうどいいと思うけどなぁ。まぁでも怖いなら、一先ずミファーたちに話してみようよ。あの二人ならきっとサポートしてくれるよ』
『サ、サポート?』
『あぁえっとぉ、支えてくれるって意味』
『ふ~ん』
そんなこんなで、夏休み明けから学園に通う方向へ方針が傾いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夏休み明け初日。
身支度と朝食を済ませ、ティアラ――否、ティアラたちは学園へ向かっていた。
学園に通う方針を視野に入れたあの日、ティアラは手始めにミファーとリーファに相談した。のだが、ミファーが協力するから行こう、と一人でにやる気になり、半ばティアラの意志関係なく登校が決まってしまった。
ゆえに今、ティアラはぶるぶると足を震わせながら学園へ向かっている最中だ。ちなみに、寮にある転移魔法陣を使えば学園までひとっ飛びだが、そこは人が多くて怖いので、二人に頼んで歩きで登校している。
「ねぇねぇティアラ大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃ、ないわ……」
へっぺり腰になりながら、ティアラは右手にリーファの手を、左手にミファーの手を取り、支えてもらいながらちょっとずつ前に進む。
そのたびに学園に近づいていることを自覚し、恐怖で足が竦んでしまう。
「そろそろ遅刻になっちゃうから、転移魔法陣見送るのはもう終わりね」
「んなぁ!?」
「いやだって……遅刻はまずいでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
わかってはいる。わかってはいるのだ。だがだからと言ってこの怖さが消えてくれるわけではない。
しかしこのままじゃ、こんなに協力してくれている二人を遅刻にさせてしまう。それはティアラとしても全力で避けたいところだ。
ティアラは両手で挟み込むように自分の頬をパチンと叩き、活を入れる。それから鬼気迫る様子で顔を上げ――、
「うぅ……」
やっぱりダメだ。
「別に無理して前向きになる必要はないんじゃない?」
「けど……」
「大丈夫、何かあっても私はティアラの味方だから」
「――っ! ……ありがと、リーファ」
「あぁずるいぃ! ミファーもティアラの味方なのに!」
と、吠えるミファーを横目に元気をもらい、ティアラは勇気を出す。怖くていい。怖いのを否定しなくていい、無視しないでいい。
恐怖する自分を受け入れながら、ゆっくりと立ち向かうのだ。
そんなこんなで、やがてティアラは自分の教室の前までやってきていた。
廊下を歩いている生徒はもういない。なにせ、もうすぐ授業が始まる時間だ。だからこそ教室に生徒が集まっていることがわかってしまう。
ティアラはもう少し早く来ればよかったと後悔する。そうしていれば、目立つこともなくスッと教室に入れただろう。
だが今や遅刻寸前、目立たずに入るのは至難の業どころか不可能の域に達している。
「ティアラ頑張って!」
「えぇ、でもちょっと待って、あとちょっとでいいから……」
「ティアラ、さすがにもう待てないって……」
「そうよね……」
さすがのリーファも、ティアラのわがままを承諾できるほど余裕がない。
なにせあと一二分もすれば遅刻になってしまうのだ。わかっている。
わかっているが、教室に入った自分を見る生徒たちの目や声を想像してしまって足が竦んでしまう。
「大丈夫だってティアラ、何ゆわれてもこの前みたいにリーファが怒ってくれるってぇ」
「え? どういうこと? この前みたいにって?」
「はいじゃあティアラ行くよ!」
「えぇ!? ちょっと待って……」
ズレた着眼点をリーファの言葉で修正され、ティアラは慌てふためく。が、無情にも教室のドアをリーファが開けてしまい、覚悟を決めるしかない。
「――――っ!」
先行するリーファの背中を追う。
視線を落とし、ほとんど目を閉じた状態でティアラは進む。ミファーが肩に手を置いて軽く押してくれているのがわかるが、それどころじゃない。
怖かった。怖いのだ、異常なまでに。自分の妄想であることわかっている。けど今自分が変に思われているのではないかと、笑われているのではないかと、そんな考えがあたまの中を埋め尽くす。
怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――、
「――っ!?」
強く握りしめていた右手を、後ろから包み込むようにして掴まれる。
ミファーだ。すぐにわかった。
そうだ。一人じゃないのだ。そう思えば、少しずつ恐怖が和らぐのがわかった。消えはしない。
ただその手は、まるでティアラの心を守るようにそっと支えてくれていた。




