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シロクロ珍道中  作者: 神無月夕
前日譚

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第0話

 

 御伽噺に語られる伝説の王国がある。


 そこは、三つの試練を超えた先、世界の最果てに存在するとされている幻の楽園だ。

 そこは、一年を通して温暖な気候をしており、四季を問わずに花々は咲き乱れると謂う。

 そこは、肥沃で豊穣な大地があらゆる実りをもたらして、枯渇することのない潤沢の水源が、多種多様な動物を飢えさせることなく繁栄させると謂う。

 そこは、神に祝福された奇跡の大地である。

 そこは、世界の守護神と呼ばれる古代竜族(エンシェントドラゴン)が統治した夢の領土である。

 そして、古代竜族と契約した一族しか住まうことが許されない理想郷だと謂う。

 その王国に住まう人々は、怪我も病もなく、何不自由ない暮らしと永遠の平和を享受して、誰もが幸せな一生を送ると謂う。

 大陸中のあらゆる人間が夢見る地上の楽園。

 世界から隔絶された最果てに存在すると語られる幻の国。

 古代竜族に愛された伝説の王国――それが『千年王国エンシェント・イージス』である。


 さて、ここまで美辞麗句をもって語られる千年王国だが、実際のところ、どこに存在して、どうやって辿り着くのか、誰も知らない忘れられた大地だった。


 歴史上、誰一人としてこの楽園に辿り着いた者はいないとされる。

 歴史上、誰一人としてその存在を確かめた者もいないと云われる。

 けれど不思議なことに、御伽噺でしか語られない千年王国の存在は、誰一人として微塵も疑っていなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 方向感覚を狂わせて、踏み込んだ者を永遠に迷わせる魔性の大森林。

 絶えず瘴気を放ち、踏み込んだ者の精神を壊す腐敗した毒の沼地。

 万年雪が降り積もり、絶壁の如き山肌をした猛吹雪の山脈。


 それら三つの試練を踏破した先に、その千年王国は存在していた。

 永遠を約束された王国、地上の楽園とまで言われた千年王国――しかし、宿命が動き出した瞬間から、千年王国は滅びの道を歩み始めた。


 宿命の瞬間は、イージス暦985年9月に遡る。


 千年王国エンシェント・イージスの五十五代目国王ヘリオスが崩御した。享年四十二歳。あまりにも若く、あまりにも突然の死だった。

 何の前触れもなく、何の予兆もなく、国王ヘリオスは朝ベッドで冷たくなっていた。

 暗殺か、毒殺か――あらゆる可能性が疑われたが、それは結果として、自然死と結論付けられた。

 過労死、いや衰弱死に近い症状だったらしい。


 歴代最高の賢王とも呼び声が高かったヘリオス王が崩御したことで、千年王国の国民は大いに嘆いた。

 誰もが悲嘆に暮れて、次代の国王を期待する。そして自然な流れで、次代の玉座を巡り、王族たちが骨肉の争いを始める。

 そんな醜い足の引っ張り合いが始まってから、王国内では見たことのない魔物が跋扈し始めた。

 王国内の温暖だった天候は不安定になり、天変地異のような地震や豪雨、氷雨が頻発し始めた。

 また、国民の中では原因不明の奇病も流行りだして、作物も家畜も伝染病で次々と死に始めた。

 王国は瞬く間に荒廃を始めて、誰もが飢えと病に苦しむ地獄と化す。


 国民の誰かが問うた。


『この国は、神の加護を失ったのではないか?』


 気付けば、誰もがそれを口にしていた。


『この国は、神に見捨てられたのだ』


 果たして、それが真実かどうかは誰も分からない。

 だがともかく、千年王国が存亡の危機に瀕していることは疑いようがなかった。

 だからこそ、建国時のような奇跡を誰もが望んだ。


 そうして王族は一つの決断をする。

 古代竜族の加護を得る為に、生贄を捧げることにしたのである。


 はてさて、ここで生贄にされる無力な少年を紹介しよう。

 この物語の主人公であり、王族の血に連なる彼の名は『ロゥ・グロワ・イージス』と云う。歳は十四、まだまだ幼い少年である。

 崩御した国王ヘリオスの直系であり、十三人いる子供の中で唯一の男児だ。

 しかし十三人の子供の中で唯一、王族の証明である〈竜使い(ドラグナー)〉の才能を持ち得なかった出来損ないでもある。

 ちなみに〈竜使い〉とは、生まれながらにして超大な魔力を持ち、人間離れした筋力、反射神経を誇り、世界の理と呼ばれる古代知識を有する者のことだ。この才能こそが、古代竜族と契約した王族の末裔という証拠でもある。

 そんな出来損ないの少年は、これでも一応、王子である。王位継承権は最下位の十三位で、継承資格の<竜使い>ではなかったとしても、間違いなく王族ではある。

 それゆえに、王族の中では扱いに困る存在だった。要職を与えることは出来ないが、極端に蔑ろにすることも出来なかった。

 けれどそんな出来損ないのロゥを、最大限活用しつつ、しかも厄介払いが出来るこの妙案は、ほとんどの王族の賛成により決定事項となった。


 それは間違いなく、非人道的な決断である。だが王国の存亡を天秤にかけてまで、この決断に否を唱える者は誰もいなかった。

 ――というよりも、この案に反対した王族はたった一人だけ。

 ロゥの親代わりであり、今まで育ててくれた異母姉だけである。

 異母姉は王族全てを敵に回してまで、猛反対をしてくれた。けれど、それらは全て徒労に終わる。

 何の権力もない異母姉では、老獪な王族相手には何も出来なかった。

 しかし異母姉はそれでも諦めずに、黙ってロゥを王国から連れ出してくれた。

 そして、王族の権力に左右されない偉大なる魔法使い――隠居した賢者にロゥを預ける。


『わたしがここに戻るまで、弟を匿ってください』


 異母姉の言葉に、隠居した賢者は快諾した。

 だがこれは、結局その場しのぎにしかならないことも理解していた。国が滅べば、何の意味もない。


『わたしは王国を救う英雄になります。外の世界を旅して、必ず奇跡を持ち帰ります』


 類稀なる<竜使い>の才能を持つ異母姉は、単身で閉ざされた王国から外界に飛び出した。

 世界の果てに辿り着けば、ロゥを生贄に捧げずとも王国を救える叡智があるはず――そんな奇跡が必ずあると信じて、未知なる冒険に旅立つ。


 ところで、ロゥが預けられた先――隠居した賢者は、善人ではなく悪逆非道の守銭奴だった。

 異母姉が冒険に旅立つが否や、彼は何の躊躇もなくロゥを王族に売り払ったのである。


 運命とは何とも残酷で、酷く気紛れである。

 かくして『ロゥ・グロワ・イージス』は、身内の王族の手により、古代竜族の生贄に捧げられた。


 この物語は――そんな出来損ないの少年が、唯一自分を愛してくれた異母姉をストーカーばりの執着でもって探し回り、愉快なお供と世界を旅する物語である。

一話だいたい5000字程度の更新を目指します。

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