パパラ、撃ち抜かれてしまいました……♡
パパラが意識を取り戻すと、見たことのない天井が広がっていた。
壮麗な幾何学模様からして、砂漠の国のお偉いさんの居住区ではあると思うのだが、
ぼんやり瞬きを何度か繰り返した後、我に返って飛び起きようとした彼女は、全身を走った衝撃に身悶える。
「あ――い、たたたたたたたたたっ!?」
思わず絶叫してしまったが、これはあれだ。いわゆる筋肉痛だ。特に腹筋の辺りが念入りに悲鳴を上げている。
すると彼女の物音に反応したらしい誰かが部屋をのぞき込んで、ぱっと口元に手を当てる。
「まあ、ジブリール様がお目覚めに――誰か、王を! 王を呼んでいらして!」
布団に逆戻りした彼女が芋虫になったまま神妙にしていると、まもなく慌ただしい物音がして、誰かが側に腰を下ろした気配がする。
「……その様子では、調子がいいのか悪いのかわからぬな」
「チョーシーク様!」
聞こえてきた声にがばっと起き上がったパパラは、直後またもピキーンと響く痛みに悶絶し、謎の舞を踊ってしまう。
相変わらず全身ジャラジャラさせている王がふふっと笑いを漏らすと、連なる装身具がしゃらしゃら軽やかな音を立てた。
「ふむ。どうもそれなりではあるようだ」
「あああの、あの、ええと、これは……?」
「まずは礼を言わねばなるまい」
状況がわからないままのパパラが恐る恐るやんわりと説明を求めてみれば、なんといきなり王が両手をつき、頭を垂れるではないか!
「チョーシーク様!?」
「私と我が国はそなたに救われた。感謝する」
三度、飛び上がって後悔する羽目になった彼女だが、ようやく少しは思い出してきた。
自分はそう、いつも通りにシークを追いかけ回していたら、なぜか珍しくプレゼントなんて貰って浮かれて、かと思えば彼が死ななければならないなんて言われて、断固阻止するために一緒にバキューンして……。
……なんだか思い出したら結構恥ずかしくなってきた気がする。
ついでに今、寝起きだったことを思い出した。
化粧前なのに!? と慌てて布団を頭からひっかぶりつつも、なんとか王に頭を上げさせることには成功する。
「つ、つまり……作戦はうまくいった、と?」
「うむ。魔油嵐は起きたが、犠牲者は出ず、施設や術式の致命的損傷も防がれた。かつてないほどの快挙だ。さすがはジブリール、天啓もたらす御使い殿の御業よ」
「や、やめていただけません……? そのネーミング、実は結構恥ずかしいと思っていますの……!」
悪霊呼ばわりなら笑っていられるのだが、天使と持ち上げられるとどうにも居心地が悪い。
遺跡で色々頭に血が上ってたときはスルーできたが、この場ではいたたまれまさが圧倒的勝利を収める。
もぞもぞうごめく布団の塊を面白そうに見つめたまま、シークは何気なくぽん、と芋虫の頭に手を置いて言った。
「さて、これほどの恩恵をもたらしたそなたには何か褒美を授けねばなるまいな。というわけで、私と結婚しようではないか」
「……はい?」
布団の中でパパラは目を点にする。
ただでさえこちらはぶっ倒れた後目を覚ましたばかり、色々不明な部分も多く戸惑っている事も多いのに、なんか今絶対に聞こえないはずのフレーズが耳に入ってきた気がした。
すると彼女の鈍い返答に、シークは肩眉を上げて愉快そうに笑みを深める。
「不満か? ならば仕方ない。褒美は別にまた用意するから、とりあえず式を挙げよう」
「あの、あの……チョーシーク様、お待ちになって!」
「何か問題でも? 詳しいことは初夜の後でも遅くあるまい」
「いやどう考えても手遅れですわよね!? というか問題しかないではありませんか!」
「ふむ。今まで散々泣かされ続けてきたが、こちらの立場になるとなかなかどうして愉悦が止まらないな。そなたの悲鳴は実に良い」
「あなたそんな性格でしたっけ!? 少しは真面目にお話をしてくださいませんこと!?」
「承知した。まあ私は最初から終始真面目ではあるが?」
あぐらをかいて頬杖を突く、余裕に満ちあふれた顔のなんと憎らしいことか。
でもそういえば思い出せば三年前も、外交官相手にこんな感じだったのを見ていた気がする。
さてパパラはチョーシークに食ってかかった際にすっかり布団もはね除けてしまっているのだが、相手の爆弾発言の威力が高すぎて全くそれどころではない。
しかもすっと顎に手を添えられたりなんてしてしまえば、もうなんか色々と吹き飛んだ。記憶とか感情とか考えなければいけないこととか、全部。だから途端に大人しくなってプルプル震えながら男を見上げる事になる。
「私のことをあんなに好き好き言っていたではないか。何なら寝室に潜り込んだことだってあったな。それなのに妃になるのは嫌なのか?」
「あれはそのう……基本ダメ元でしたし……もし万が一何かの間違いでワンチャンスあったら、子種を頂いて、思い出を大事に育てていこうかなー、と……」
「なんだと。この私を父親にしておいて、孕み逃げするつもりだったのか。けしからん女子だ。まあ常識知らずなのは今に始まった事ではないが」
「で、でも……わたくし、こんな女ですから……まともに相手をされる日が来るとは思っていなかったというか……」
「黙っていれば絶世の美女なのだからもう少し自信を持て」
「くっ……確かにわたくし自分の美貌については自負していますが、なんだか悔しい言われ方!」
「私が以前、惚れた理由はなんだと尋ねて、外見の特徴ばかり挙げられた気持ちが少しはわかったか?」
「――ハッ! でも逆に、だ、黙っていればということは、黙っていられぬわたくしに価値などないのでは……?」
「喋っていると愉快。黙っていると美人。完璧だな。非の打ち所がない」
なぜだろう、何を言っても勝てない。
いや、冷静になれば今までパパラに辛辣な突っ込みとスルーを使い分けていた王だ、しかもコミュニケーション能力の高さは他の場所でも散々目にしている。
これが本来の実力と言うことなのだろう。今までまともな勝負をしていなかったのだ。卑怯なと憤ればいいのか、自業自得を嘆けばいいのか。微妙に振り上げた拳の下ろし所を失って、パパラには虚しさだけが残される。
ぱちりと金色の目と視線がかち合い、思わず真顔になった。するとシークも笑みを薄め、以前の据わった目と真顔を復活させる。
……至近距離から向けられる美形の無表情とはすさまじい威力だ。思わず押し負けたパパラはそっと目を伏せ、震え声を絞り出す。
「……本気ですか?」
「冗談にならぬことは戯れで言わぬ」
「でも……あの……いえ、我が王が相手でしたら、一時の戯れでも構わない……いえ、やっぱりそうだったら悲しいですし……」
「案ずるな。そなたのような滅茶苦茶な女子は世界中どこを探してもおらぬ。だから浮気のしようがない。ああ、跡継ぎの心配か? そなたは頑強だからな、まずは五人ぐらい頑張ってみようではないか」
「そんな軽いノリで重労働を求めないで下さる!? しかもあなたその滅茶苦茶な女に求婚しているご自覚はおありになって!?」
「よいではないか。退屈しない。今までいつ死ぬかわからぬ身ゆえ、何事にも執着せずと決めていたのだが、そなたと一緒にいれば案外長生きできそうだからな。生きることが楽しいという気持ちが初めて実感できている」
男は目を輝かせ、無邪気に言った。今まで見たことのない姿だ。
そうされると惚れた女の弱み、「まあシークの変貌の理屈はすとんと腑に落ちるし、本人がそう言っているならいいんじゃないかな……?」と悪いパパラがちょんちょん心をつつき出す。
「そうだ。結婚したらまず採掘場の術式と世継ぎ問題に手をつけようと思っていたのだが、そなたの生きづらさも夫として改善せねばなるまい。ついでだからもう少し頑張って世界を征服して皆が自由に生きられる世界を作るというのはどうだ? そなたと私ならできるのではないかという気がする」
「えええ……!?」
「行けるところまで行ってみようではないか。なあ?」
そっと女の手を握る王の顔のなんと悪いこと。
しかし「あら悪人面もとても素敵……」などとギュンッギュンにときめいてしまう、身体は心より正直という奴である。
最初は困惑の方が強かったパパラだが、事ここに至ってあらゆる意味で抵抗は無駄な気がしてきた。
そう、大体、シークだって言っている通り、最初に迷惑極まりない勢いで迫ったのはこちらからだし、彼の意外な面を見て狼狽える部分はあっても「やだ……そんなところも素敵……!」としか思えないから別に気持ちには何も変化がないし、強いて言うならこんなに幸せなことが起きてしまって後が怖い。
が、それもまた随分と情けないことを言っている気がしてきた。
「もとより自分の撒いた種……いつまでも怖じ気づいていては女が廃るというものですね」
「そうとも。そなたの好いた男ができると言っているのだ。信じてみよ」
女は大きく目を開けてから、花がほころぶような可憐な笑みを咲かせた。
「仰せのままに、我が王」
チョーシークの顔が自然な流れでパパラに近づいた。
彼女はそれを、今度こそ余計な建前で包むことなく、目を閉じてしっかりと受け入れた。
こうしてパパラは意中の相手を見事射貫き、そして自らもしっかり、骨の髄まで幸せに撃ち抜かれたのであった。