一五五五 厳島の戦い (〇〇六)
~~~周防 大内氏館~~~
「晴賢! 晴賢はどこだ!」
「なんだ騒々しい。俺は忙しいんだ」
「厳島に出兵するとはまことか」
「フン、そのことか。
案ずるな、俺の勝ちだ」
「毛利元就は厳島に我々をおびき寄せている。
狭い厳島では大軍を展開できず、
小勢の毛利軍でも五分に戦えるからな」
「わかりきったことを言うな」
「ならばなぜみすみす罠にはまりに行くのだ!
毛利元就を稀代の謀略家と呼んでいたのはお前ではないか」
「毛利が謀略家だからこそだ。
毛利の策は俺を厳島におびき寄せれば完成だ。
それより先は無い。
先が無いとわかったから戦うのだ」
「なぜそんなことを言い切れる?」
「もう何年も我慢に我慢を重ね、
毛利の策を観察してきた。間違いなく先は無い。
後は五分の戦いを制するだけだ」
「………………」
「お前には留守を頼む。
大内の坊主が馬鹿な真似をしないよう見張っていろ」
「晴賢、お前が死ねば大内家は終わりだ。
死ぬなよ」
「フン、誰に言っている」
~~~伊予 能島城~~~
「お前が俺の縁戚だから話を聞いてやるのだ。
毛利の話を聞くのはこれっきりだ」
「わかっている。
元就様の手紙もこれだけだ」
「んん? ずいぶん薄いな。
毛利の手紙は地獄のようにくどくどと
長くてクソだるいと聞いていたぞ」
「村上殿にはこれだけで通じると言われていた」
「俺を舐めているわけではないだろうな?
……ほう、これは」
「なんと書いてあるんだ? 俺も読んでいない」
「一日だけ船を貸して欲しい」
「は?
そ、それだけか?」
「それだけだ。……味な真似をしおって。
わしら村上水軍はそこらの海賊とは違う。
週に一度は一族で集まり連歌会を催す、粋な海の男だ」
「そ、そうなのか」
「縁戚のお前でも知らんだろう。
毛利のヤツめ、どこで聞き及んだのやら。
情報収集力もあるぞと言いたいのか?」
「……それで返事は?」
「粋には粋で応える。それが海の男の心意気だ。
望み通りに一日だけ、貸してやろう」
~~~安芸 厳島 毛利軍~~~
「見よ隆元。あれが音に聞く村上水軍か。
この荒海をものともせずに渡っておるぞ」
「一日だけとはいえあんなにも……。
これは百や二百ではききませんぞ!」
「三日三晩、寝ずに草稿を練った甲斐があったぞ。
わしの手紙のどこに心打たれたのかのう。
56ページか、それとも89ページか?
いやいや112ページこそ最も時間を掛けたところだ」
「………………」
「…………隆元、削ったな?」
「はて、なんのことでしょうか」
「お前の顔を見ればわかる。
村上に渡したわしの手紙を削ったな」
「削ってなどおりません。切りました」
「切ったのか」
「ええ、1ページ目だけ残して後はばっさりと。
……さすが父上です!
1ページ目から村上の心をわしづかみにするとは!」
「まあ良い。結果が同じならば言うことはない。
それよりも家中はまとまったか?
お前に任せてあったはずだが」
「そんなことは村上水軍を仲間にするのと比べれば、
実にたやすいことです。こうするのですよ。
――ものども続け! 今こそ陶晴賢の首を上げる時だ!」
「おおおっ! 若殿を見殺しにするな!
我らも続くぞ!!」
「兄貴に負けてられっか! 行けえええっ!!」
「ううむ……。
隆元のあの度胸は誰に似たのやら。
やはり妻の血かのう」
「父上、早くも陶軍は崩れ立っています。
我々も行きましょう」
「うむ」
~~~安芸 厳島 陶軍~~~
「くそっ! なぜだ!?
なぜ俺の軍が一方的に押し込まれている!?」
(兵は村上水軍に退路を断たれおびえている。
兵力では五分でもこれでは戦えない)
「村上水軍など後でいくらでも蹴散らせる!
陸の上にいる毛利軍だけ見ればいいではないか!」
(それをあらかじめ兵に言い含めたのか?
自明のことだから説明する必要が無いとでも?)
「毛利元就の首さえ上げれば勝ちだ!
その首が目の前にあるのだぞ!
なぜこれが好機だとわからない!?」
(一人で戦えるとでも思ったのか?
優秀なお前が一人いれば全ては事足りると?)
「黙れ黙れ黙れ!
俺に殺された愚劣な亡者どもが利いた風な口を!」
「隆房…………」
「お前は! お前も! お前も裏切ったな!
この俺を! お前たちさえ裏切らなければ!!」
「裏切ったのは僕らじゃない。君だよ」
「黙れえええっ!!」
「はあっ!」
「ぐわあああっ!!!」
「兄上……」
「戦国の世でも、弟が友人を手に掛けるのは見過ごせない」
「すみません」
「それに、弟は兄の顔を立てるべきだよ。
手柄を譲ってくれてありがとう」
「……礼を言うのは僕の方です」