第80話-英雄の面影
俺たちは【ラジレイク】の街道を進む。
マリーさんの師匠の家を目指し、
マリーさんと2人で道を歩んでいく。
商店のある場所を少し奥にずれ込み、
庭園や住宅の立つ細い路地へと向かう。
そこは、観光地として整備された場所とは違う、
下町の様な光景だった。
雑然とはしているが、嫌な気はしない。
建物の2階には、向かい合わせを利用して
洗濯物を干すためのロープが張られ、
そこに国旗のように色とりどりの
タオルや服が干されている。
この辺りまで来ると瀟洒なモザイク調の建物は無く、
代わりにベージュのレンガで統一された建物が並ぶ。
壁が淡白な分、洗濯物が映えて綺麗だ。
子供たちは木の枝を持ち、小道を元気に走り抜け、
奥さま方は井戸端会議に花を咲かす。
右を見れば、観葉植物が置かれた小窓の向こうで、
お婆さんが糸を紡ぎ、
左を見れば、風呂上がりの様なラフな格好のお爺さんが、
敬礼の様に片手を軽くかざして挨拶してくれた。
「こういうところも、なんか良いですね」
「はい。
【ラジレイク】には、王族や貴族の別荘も多いのですが、
わたくしも、こちらの方が落ち着きます」
風景について感想をつぶやくと、
マリーさんが、笑顔で返事をしてくれる。
もう既に腕は組んでいないが、俺たちは並んで歩いている。
「あっ、ここです。
エイジさん、少し待っていてください」
「あっ、え、はい。
わかりました」
マリーさんが立ち止まったのは、
先ほどから見ている建物と変わらない普通の建物だった。
アパートの様に1つの大きい建物を部屋ごとに区切ってある。
その1階、通りに面した大きめの窓のある部屋が、
例の師匠の家らしい。
「ありゃ、マリーさんの師匠だし、
洗礼なんて言うから……」
てっきり、教会の様な荘厳な建物に
住んでいるかと思っていたのだが。
「ずいぶんとまぁ、普通の部屋だな……」
年寄りの楽隠居の様な生活感がその部屋にはあった。
数分の間、俺は言われた通り、ドアの外で待機する。
マリーさんは先に入り、先に師匠との挨拶をしている様だ。
ドア越しに、良く来たとか、お久しぶりですとか、
そういうやり取りが聞こえる。
そのうち、カチャっと小さな音を立て、
入り口のドアが少し開く。
マリーさんが顔だけ出して小さく手招きをした。
「エイジさん。洗礼して頂けるようです。
ささっ、ご紹介しますから入って下さい」
どうやら、挨拶が済んだようだ。
マリーさんに促され、俺もドアの方へ移動する。
ドアを開け、玄関に入る。
部屋の中にはお香の様な匂が立ち込めていた。
そこにいたのは、初老のエルフの男性だった。
床に敷かれたカーペットの上に、胡坐をかいている。
美男美女が多いエルフには珍しく、少し粗野な顔だ。
猿の様に鼻の下が少し長く、髭は無く眉も薄い。
頭には大仰な帽子をかぶり、
いかにも、魔術師ですと言わんばかりの服装だ。
天井を眺めながら、口をへの字に曲げ、プカプカとパイプを吹かしている。
「どうも、はじめまして。
よろしくお願いします」
と、俺が挨拶をすると、おぅーと気の無い返事が聞こえ、
そのエルフが興味無さげに視線をこちらを向けた……
……か、と思ったら、
目をまん丸にして驚愕の表情を浮かべた。
……あれ? どうした?
「……ダンク?」
開口一番、そのエルフが呟いたのは、
ウチの爺さんの名前だった。
呆然と見つめる俺とエルフの爺さん。
だが、数秒後、鋭い目つきで俺をにらむと、
エルフの爺さんは、杖を手に取り呪文を唱えた。
「集え闇精、黒き雷鳴の轟くとき…以下略。
【ダーク・ボルト】」
ぐえぇ!?
突然、浴びせられる黒い稲妻。
体中を電撃が走り、ビリビリと痺れ
一瞬息ができなくなる。
なんで!? 俺、何かした?
爺さんは一撃をくらわせた後、
気が済まないのか、
なおも殴りかかってきそうな勢いで俺を恫喝した。
「おい、てめぇ!こらダンク!
どの面下げて、今頃帰ってきやがった!
ネットが!バータのバカが!アウトが!
一体、どれだけ心配したと思ってんだ!」
訳の分らぬ攻撃と、突然の恫喝。
今にも暴れだしそうなエルフの爺さんを、
マリーさんが必死に抑える。
「師匠!?
この方はノーレッジ様ではありませんよ!?
先ほど、話したエイジさんです!」
ふーふー、と息を荒げながら依然として杖を離さない爺さん。
は!? なに? なんで?
思考がまとまらない。
数秒の空白。
ダメージから若干回復すると、
エルフの爺さんの方も、マリーさんになだめられ、
少しだけ落ち着いていた。
「なに!?
こいつはどう見たってダンクだろう?
ほらみろ!あの顔!
あの鎧!おまけに天空剣まで持ってんだぞ?」
「天空剣については、エイジさんが手に入れ、
バディさんに許可を得て持っています!
わたくしは、顔や鎧のことはわかりませんが、
この方は間違いなく、エイジさんです!」
「……ガハッ、ゴホッ。
……申し遅れましたが、
俺はエイジと言います」
俺は、うまく喋れないながらも名を名乗る。
これ以上、追撃されたらたまらないからな。
「…………
…………ほんとに違うのか?
…………
……そうか、すまねぇな。
ほれ、回復してやっからこっち来な」
その言葉を聞いたマリーさんは、
俺を担ぎ、エルフの爺さんの前まで連れていく。
えっ、やだ。
俺もうこの人に近づきたくないんですけど。
「集え光精、癒しの光で……以下略
【ヒール】っと……」
警戒する俺を余所に、爺さんは呪文を唱える。
すると今度は暖かい光が俺を包み、
身体から痛みが引いて行った。
「ほれ、これでいいだろ。
まぁ、とりあえず座れや。
それとも椅子が必要か?」
「あっ、いえ。
結構です。」
俺とマリーさんも床に座る。
一応、2人とも正座だ。
エルフの爺さんは、パイプを取りなおし、
一口吸い込むと、ふぅーと紫色の煙を吐いた。
「……っち、
まぁ、その、なんだ。
お前さん、エイジだっけか?
あんたが知り合いに似てたもんでな、つい。」
「もう、驚きました。師匠。
でも、ノーレッジ様と間違うなんて、
あの方が生きてらしても、
もうご老体ですよ」
「……だな。
人間って種族は寿命が短けぇからな。
でも、若けぇ頃の奴の
生き写しみたいだったからな。
……つい」
「つい、じゃありません。
【ダークボルト】を人に向けて撃つなんて。
殺す気ですの?
エイジさんだったから良かったものの……」
マリーさんと、エルフの爺さんのやり取り。
どうやら、俺を攻撃したことを咎めているようだ。
まぁ、確かにいきなりあれは酷いと思うが、って…
ん? あれれー? いま殺す気とか聞こえましたけど?
というか、マリーさん、
エイジさんだから良かったって、ひどくね?
さらりと聞こえた不穏な発言。
俺は、横目でマリーさんを見る。
しかし、マリーさんは特に気にする様子もなく、
ぷんぷんと怒りながら説教を続ける。
「まったく、気をつけて頂かないと!」
「……っ、
っても手加減したろうが……」
「それは、エイジさんが強いから
助かったというだけの話です。
師匠!ここはしっかりと謝罪をして下さい」
あぁ、なんだ。
俺だから良かったって、そういうことか。
良かった。
俺なら死んでも良いという意味じゃなかった。
弟子に怒られ、苦虫を噛み潰したような
エルフの爺さんは、俺に向かったばつが悪そうに頭を下げた。
「わかった。悪かったよ。
大魔導師、オフサイド・レッカードの名において
正式に謝罪する」
「あっ、いえ。
理不尽なのは結構慣れてますから」
俺も一応、頭を下げる。
このエルフの爺さんは、レッカードさんと言うようだ。
「……で、用事はなんだっけか。
あぁ、洗礼だったっけな。
よし、待ってろ、すぐに準備するからよ」
そういうと、レッカードさんは立ちあがり、
奥の部屋へと消えていく。
「大丈夫ですか、エイジさん。
すみません。師匠があんなことして……」
「あっ、大丈夫です。気にしませんから。
でも、俺って、ダンクさん……
あ、いや……
ノーレッジさんに似てるんですかね?」
マリーさんと2人、座ったまま待機する。
マリーさんが謝罪してきたので、
俺は、気にしていない事を伝えつつ探りを入れた。
そうだ。俺がいきなり攻撃されたのは、
どうやら、ノーレッジこと、
うちの爺さんに間違われたせいだからな。
「そうですね。
師匠は、ネットお婆様の叔父上で、
ノーレッジ様たちが冒険なさっているときから
よくお会いになられていた様ですから。
その師匠が間違えるのなら、
よく似ているのではないでしょうか?」
「マリーさんは、顔を知らないんですか?
ノーレッジ様を探しているのに?」
「いやですわ、エイジさん。
知らないわけがないじゃありませんか。
お婆様から、おおよその人相は聞いています。
わたくしは、師匠の様に早とちりしませんよ」
マリーさんは、笑いながら質問に答えた。
そうか、マリーさんが探していたのは、
あくまでも「今現在のノーレッジ」だ。
ネットさんからの説明も、
おそらく、大まかな人相を前提に、
老人であることを踏まえているはずだ。
俺が、いくら「若い頃のノーレッジ」に似ていても、
誤解するはずはないと……
しかし、どうやら今の俺の容姿は、
若かりし頃の爺さんによく似ている様だ。
そういえば、散髪に行って髪は短めにされてるし、
眉毛も元の世界の様に整えてないから、
濃いめに生え揃ってるしな。
クロルの家で見た『思い出のペンダント』の爺さんに、
似ていると言えば、似ているかもしれない。
髪切ってから、やたら老人に挨拶されたり、
拝まれたりしたのは、爺さんと間違われてたのか。
最近の異変を含めて、一人で納得していると、
レッカードさんが戻ってきた。
手には、野球ボール大の水晶と、魔法陣の書かれたスクロール。
おお! なんか、それっぽい。
「まぁ、洗礼ってもよ。
大したことはしねぇからよ。
ほれ、エイジとやら、
もうちょっと、こっちこい。」
荷物を床に置きながら、
レッカードさんは再び床に胡坐をかいた。
ちょいちょい、っと軽く手招きをして俺を呼ぶ。
マリーさんの方を向くと、
うん、と首を縦に振られたので、正座の姿勢のまま
身体を滑らせて、レッカードさんの前に行く。
「あの、洗礼って……
具体的には、何をするんですか?」
誰も洗礼について心配していなかったが、
一応、自分の身に起こることだ。
不安なので確認する。
「あん? 具体的な方法?
なんだ、お前さん、魔法に興味があんのか?」
「えぇ、まぁ……」
あ、具体的なことまで聞くのは変なのか?
この世界じゃ、半ば形式的にやってることみたいだし。
しかし、レッカードさんは気にする様子もなく、
簡単な説明を始める。
「そうさなぁ……
簡単に言やぁ、
精霊を身体に憑依させるって感じかね」
「憑依?」
「あぁ、魔法を使う上で、魔法力が燃料だとすりゃ、
精霊を火種と考えりゃいい。
火種が無きゃ、薪があっても火はつかねぇからな。
洗礼ってのは、身体の中に、火種をこさえるようなもんだ」
……なるほど。
ライターのガスと、火打ち石の様な関係か。
俺の場合、燃料はたんまりあるが、
今まで火打石が無かったために、火はつかなかったと。
「まぁ、ごたくはいいさ。
心配すんな。
よほどのことが無きゃ失敗しねぇよ。
ほれ、さっさと済ませるぞ。
お前さん、属性は?」
「あっ、光です」
「なんだよ、属性までダンクと一緒かよ」
そう言って苦笑いすると、レッカードさんは、
スクロールの上に置かれた水晶に手をかざした。
「我、オフサイド・レッカードは、言祝ぐ。
彼の者に、光の精霊の祝福を。
彼の者に、光の洗礼を!」
そして、部屋の空気が変わる。
アインが巫女の力を使ったときの様に、
部屋の空気が張り詰める。
レッカードさんの顔は真剣だ。
俺たちには見えないが、魔導師である彼には、
何か見えているようだ。
「おっ、精霊が寄ってきたぞ。
後はこいつが、お前の中に入れば成功だ」
どうやら、経過は順調らしい。
寄ってきた精霊が、俺に取り憑くのか。
なんか緊張するな。
「よし、いいぞ、いいぞ。
もうちょっとだ……
なっ!? あっ、あれ!?
ちょっと待て!」
突然、レッカードさんが動揺する。
どうした、何かまずいことでも起きたのか!?
「……お、おい
マジかよ……
まさか、こんな……!!」
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前 エイジ・ニューフィールド(かんちがい)
職業
略
■■■■■■■■■■■■■■■■■■




