第78話-洗礼
えーマジ魔法ドウテイ!?
キモーイ
魔法ドウテイが許されるのはレベル3までだよねー
キャハハハハ
……とか、ならないよ?
7月2日 火の日 AM8:45
朝、俺は身支度を整え、朝食を食べに食堂へ向かう。
途中、廊下でマリーさんと出会った。
「あっ……おはようございます。
エイジさん。
昨晩は、その……」
「あっ、いいです。いいです。
マリーさん(淑女)がそういう言い方すると
誤解されますから」
顔を赤らめ、モジモジしながら挨拶するマリーさん。
死んだ魚の目で、冷静に突っ込む俺。
魔法使ったことないってだけの話なのに、
変な方向に持っていかないでほしい。
誤解の無いよう言っておくが、
魔法が使えないというのは、俺がおかしいだけで、
別に嘲笑(性的な意味で)されるようなことではない。
それにもかかわらず、淑女が変な感じにしたので、
話をまじめな方向に戻すことにする。
……そうだな、まずは魔法について確認しよう。
俺たちが初めてマリーさんと出会った時、
俺は、こんなことを言ったはずだ。
「魔法はその属性の精霊の力を借りて使うものらしい。
そして、個々の生物には主たる属性もある」
そう、この異世界では、
魔法というのはいわゆる「魔法使い」しか
使えないわけではない。
属性ごとの精霊から力を借りれば、
誰でも使えるものらしいのだ。
現に魔法使いっぽい職業を持っていないクロルも
【ダイビング】という魔法を使っていたし、
【召喚士】であるマリーさんも
【アナライズ】を使うことができる。
じゃあ、ネットさんの様な【大魔導師】って何よ?
と、思うかもしれないが、
全属性の魔法を使えて【魔導師】
それが上級になると【大魔導師】となるそうだ。
昨晩、あのまま魔法の話題になったので、
食事の後で、皆でいろいろと確認した。
スキルと魔法は【鑑定水晶】を使用すればわかる。
マリーさんが【鑑定水晶】を用意してくれ、
全員の魔法を調べてくれた。
調べてみると、
今まで直接使用する場面も無かったが、
アインは【ファイア】という火属性の
初級呪文などを覚えていた。
試しに見せてもらったが、
手からこぶし大の炎を出すだけの呪文だ。
野球をするように振りかぶって投げれば、
かろうじて攻撃に使用できそうだが、
余り威力は無さそうだ。
「アルプの山で遭難したとき、
焚き火をするのに使ったじゃろ?」
とか言われても、俺は気絶していたのだから知らない。
どうやら、戦闘ではなく日常使用がメインの様だ。
あの時の火も、これで起こしたらしい。
まぁ、考えてみればライターなんて無いからな……
だが、いくら調べても
やはり俺とライクちゃんは、
魔法を全く覚えていなかった。
マリーさん曰く、
「自分の主たる属性によって
得手不得手はありますが……
全く魔法が使えないということは、無いと思います。
ライクさんはともかく、
エイジさんほどの高レベルで、魔法を使ったことが無い、
魔法使えないとすれば、精霊から力を借りる準備……
例えば『洗礼』を受けていないことが原因では
ないでしょうか……」
とのこと。
単純にレベルが低い場合を除き、
魔法はレベルに応じて自動的に覚えるらしい。
『洗礼』とは、精霊の力を借りる前準備みたいなもので、
【魔導師】や【大魔導師】にやってもらうそうだ。
この世界では、だいたい生まれたときに済ませるらしい。
前にスキルを調べてもらった時、
「俺も結構スキルを持っていた」とか浮かれず、
魔法もちゃんと調べていたら、
『洗礼』を受けていない事が、もっと早くわかったはずだ。
でも、まぁ……
「大きくなってからでも、
受けられないわけではありませんから
明日にでも、受けに行ってはどうでしょうか?」
と、マリーさんも言っていたので
特に問題があるわけではないが……
「それで、今日は俺の『洗礼』を
受けに行くんですよね」
「えぇ【グランキャニオン】のはずれに、
【ラジレイク】という湖畔の町があります。
そこに、わたくしのお師匠様がいらっしゃいますので、
『洗礼』をして頂きましょう」
「マリーさんの師匠で【魔導師】なんですか?」
「えぇ、師匠は【召喚士】でもあり
【大魔導師】でもありますから」
……ということで、朝食を終えた後、
俺たちは【ラジレイク】の町に向かうことにした。
そして……
7月2日 火の日 PM12:05
「わぁー! ほら見てっ! 大きい湖!
良いところだねー!
ここっ!」
「うーん、空気がすんでおるのぉー!
お! ライクみるのじゃー!
かわいい建物がいっぱいじゃぞ!」
「わぁ! ほんとだっ!」
移転術で【ラジレイク】に着くと、
町の様子をみてライクちゃんとアインが騒ぎ出す。
閑静な避暑地といった【ラジレイク】は、
確かに女の子の好きそうな場所だった。
湖を中心に、ちょうどドーナツ状に
市街と森林が広がっている。
青々とした湖の先に見える
青・赤・黄色のさまざまな色の屋根と
モザイク調のレンガ造りが生み出す美しい街並み。
その後ろには深い緑の森林。
さらに遠くに霞んで見える【グランキャニオン】の
勇壮な景色。
PCの壁紙写真にでもなりそうな美しい光景が、
目の前いっぱいに広がっている。
「確かにこれはすごいな。
そうだな『洗礼』が終わったら
皆で買い物でもしようか?」
「えっ!? ほんと!?」
「おぉぉ! たまには良いことを
言うではないか!」
俺も少し観光したかったので、
話を振ってみると、2人は目を
キラキラさせながら俺の方を振り返った。
都合が悪い時は、大規模討伐戦まで
余裕がないとか言うくせに……
あっ、でも俺が魔法使えないとドラゴン倒せないし、
仕方ないってことなのか。
「あの、それでしたら……
お二人は、先に観光なされていては
いかがでしょう。
師匠の所には、わたくしだけでも
案内できますし……」
「おぉ! よいのかマリー!?
どうするライクよ?」
「うーん……そうだねっ!
『洗礼』だけならすぐ済むし……
あとで合流しよっかっ!」
と、マリーさんが勧めてくれたので、
ライクちゃんとアインは観光の誘惑に負け、
別行動をすることになった。
余裕を見て、とりあえず2時間後に
町の入口に集合することにする。
「じゃあ! 2時間後!」
俺たちは2手に分かれて解散し、
俺とマリーさんは、楽しそうに商店街の方へと向かう
ライクちゃんとアインを見送る。
「さっ、じゃあ俺たちも行きましょうか」
「はい!」
俺たちも、マリーさんの師匠の家へと向かい
歩みを進めることにした。
実際に街中を歩いてみると【ラジレイク】は
アイテムなどを売る商業よりも、
観光関連の産業が栄えているように見えた。
見かける店もレストランやカフェの様な
飲食関連の店が多く、
店先に並んでいるアイテムと言えば、
『思い出のペンダント』や『耐水の指輪』
といった装飾品が多い。
どうやら、ここにも『思い出のペンダント』が
売っているようだ。
家族や恋人が購入する記念品というのは、
間違い無いらしい。
しかし……
「なんか……
カップルが多く無いですか……?」
こういう風光明美な場所と言うのは、
こちらの世界でも、デートスポットになるらしい。
さきほどから、イチャイチャムードの
甘ったるしい会話が耳に入ってくる。
冷静な俺ならいざしらず、短気な人間なら
リア充爆発しろ! と叫んでしまうところだろう。
まったく、リア充は酸素とでも化合して熱膨張すればいい。
「そ、そういえば、
わたくしたちも
ふ、二人っきりですね……」
と、ふいにマリーさんが緊張したような声を出す。
あ、しまった。
別に変な意味で言ったんじゃないんだけど……
俺が発言を後悔していると、
ふいに、むにゅっという感触が腕を覆った。
「たっ、例えば……
こうしていると、わたくしたちも
こ、恋人の様にみられるのでしょうか?」
「うわっ、マリーさん!?」
マリーさんが腕を組み、俺に寄り添ってくる。
「……ご、ご迷惑でしょうか?」
「……い、いえ」
なんで急に? と思っていると
マリーさんが先に口を開く。
「あの……
昨晩はすみません……
お気を悪くされたのではないかと……
なんというか、とてもお強いエイジさんが、
魔法を使えないというのが意外でしたので……」
マリーさんが小声で伏し目がちになりながら、
昨日のことを謝ってきた。
たぶん魔法ドウテイのことだろう。
そのレベルで使ったことないの?
みたいな感じで話してしまったことを後悔しているようだ。
こんなに密着して謝るのは、ずるいなぁと思いながら、
振り払うのも気が引けるので、
腕を組んだまま歩くことにする。
「ははっ、大丈夫ですよ。
全然、気にしてませんから」
俺は、気にしてない風を装い、
なるべく明るく振舞って答えた。
うん。まぁだって、リアルに純潔だし。
……マリーさんだって、
悪意があったわけではないだろうからな。
「そう言って頂けると救われます。
……でも!
安心してください!
マリーさんは組んでいる腕にぎゅっと力を込める。
そして、決意を秘めた目で、こう叫んだ。
「エイジさんのはじめて(魔法)は
わたくしが!
わたくしが!(成功)させてあげますから!」
こぶしを握りしめ、ふんすと息を荒げるマリーさん。
さすがは淑女。
カップルばかりの場所で、とんでもないことを叫ばれた。
まさに公開処刑。
……こうして道行くカップルたちに
ドン引きの白い目で見られながら、
俺たちはマリーさんの師匠の家に向かっていった。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前 エイジ・ニューフィールド(かんちがい)
職業
略
■■■■■■■■■■■■■■■■■■




