第二話 天を穿つ巨人の一撃 ~ネフィリムインパクト~
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「さて、そろそろ本格的に終末魔導書の頁を探すことにするかのぉ。」
秀隆が異世界にやってきてから約一か月。秀隆はだいぶこの世界に馴染んでいた。
「最初はどうなるかと思ったが、意外とどうにかなるもんじゃのぉ。」
秀隆は突然異世界の、人里離れた山中に放り出されたのである。
何の準備もなく、ほとんど着の身着のままで靴さえも履いていなかったのだ。
その時に履いていたのが厚手の靴下でなければ、山を降りる間に足がボロボロになっていただろう。
「最初に手に入れた頁が地獄の業火だったのも幸運だったのぉ。」
終末魔導書には、魔法の発動を補佐する機能がある。
それは、終末魔導書を初めて手にした者でも書かれている呪文を読むだけで魔法の発動を可能にするが、秀隆ほどの熟練者になれば無詠唱で魔法を発動することもできるのだ。
無詠唱では魔法の効果は落ちるが、元々が威力過剰の魔法である。多少効果を落とした方が使いやすかった。
そして、地獄の業火は単体攻撃にも使える比較的おとなしい魔法である。
つまり、自衛用の攻撃手段としては無詠唱の地獄の業火が一番使い勝手が良かったのである。
やっとの思いで山を降りた秀隆が人里を探していると、魔物に襲われている商人を偶然見つけて助けるというお約束に遭遇した時も、無詠唱の地獄の業火が大活躍していた。
詠唱付きの地獄の業火やその他の呪文でも魔物を一掃することはできただろうが、長々と呪文を唱えていたら商人を助けるのに間に合わなかったかもしれないし、最悪魔物ごと商人まで一掃してしまいかねなかった。
首尾よく商人を助けた秀隆は、商人に近くの街まで案内してもらい、道中の世間話でこの世界の情報を得、ついでに礼金をもらうこともできた。
商人と共にツィーテと呼ばれる街に着いた秀隆は、冒険者になることにした。
働かないことには食っていけないし、何をするにも先立つものが要る。
しかし、何処にあるかもわからない終末魔導書の頁を探さなければならないのだから、どこかに腰を据えて定職に就くこともできない。
そこで、自由業である冒険者を選んだ。と言うか、他に選択肢はなかった。
普通ならば、とっくに冒険者を引退しているような年齢の秀隆だが、長年研鑽を積んだ老練な魔術師が冒険者に転向することはたまにあるらしい。
助けた商人が秀隆のことを凄腕の魔術師だと吹聴したこともあり、問題なく冒険者になることができた。
実際に、無詠唱の地獄の業火だけでたいがいの魔物を倒してしまう秀隆は、着実に依頼を成功させて冒険者としての実績を積んでいった。
収入も得て少しずつ装備も整えていった。黒を基調としたローブを身に着け杖を手にした秀隆は、老練な魔術師のように見えた。
そして十分な資金が貯まり、本来の目的である終末魔導書の頁探しに着手できるだけの余裕を得たのである。
少々でき過ぎなほど順調だった。
秀隆は、しかし、それをただの幸運とは思っていなかった。
「終末魔導書の自己修復機能、じゃろうな。」
終末魔導書には自己修復機能がある。たとえ破損したとしても自動的に元に戻る。
ばらばらの頁に分解されても、いずれは元の一冊の魔導書に戻ろうとする。
頁同士が集まっても魔導書にはならないが、背表紙を持った秀隆が頁を回収すれば元の魔導書に戻るのだ。
秀隆が頁を回収するように、終末魔導書の自動修復機能が何らかの作用を及ぼしている可能性はあった。
時空を超えて自分自身を召喚するような荒業をやって見せた終末魔導書である。因果律に干渉して都合の良い状況を作り出すくらいのことをしても不思議はない。
「ならば、この情報にも期待できそうじゃの。」
秀隆は、既に終末魔導書の頁らしき情報を一つ、掴んでいた。
学術都市ニリア。
かつて何名かの著名な学者が居を構え学問の探究を行ったことで有名になったこの都市は、学者に教えを乞う者や自らも学問を志す者たちが集まり、学問の聖地として発展してきた。
そうした経緯から、この学術都市には過去の偉人に纏わる名所がいくつも存在する。
その一つにライエン邸が存在する。
今から百年ほど昔に亡くなったヨハン・ライエンは、貴族の生まれでありながらその身分を捨てて商人となり、商売で大成功して巨万の富を築くと早々に引退して学問に没頭するという異色の経歴を持つ学者である。
なお、貴族を辞めた時点でヨハンは実家の家名を名乗ることが許されず、『ライエン』は商売を始めた際の屋号である。
実家の貴族家とは早々に決別し、生涯独身だったライエン卿は、一つの遺言を残していた。
『屋敷に仕掛けた全ての謎を解き明かし、最奥部まで到達した者に全財産を譲る。』
それから百年間、数多の者が挑戦したが、未だに最奥部まで到達した者はいなかった。
今では『ライエンのからくり屋敷』『ライエンダンジョン』等と呼ばれて観光名所と化していた。
ライエン卿の遺言は今でもまだ有効で、月に数人程度は挑戦者が現れるそうだ。
そんなライエン邸に関して、最近新たな噂が流れていた。
曰く、「ライエン邸の最奥部には、とてつもない力を秘めた魔導書の一部が置かれている。」
「この『力ある魔導書の一部』という部分がそれっぽいのぉ。」
この世界にも何らかの力を秘めた魔導書のような話はあるし、そもそも噂話がどれほど正しいのかもわからない。
だが、ライエン卿は魔導書やアーティファクトのコレクターとしても知られており、可能性は十分にあった。
「百年前の遺品とはいえ、異世界召喚の失敗でばらまかれたのならその程度の時間差は誤差じゃろう。確かめねばなるまい。」
そんなわけで、秀隆は学術都市ニリアのライエン邸にやってきていた。
「ようこそ、ライエンの館へ。私はライエン財団のコンラッドと申します。謎解きに挑戦する場合は、銀貨十枚お支払いください。」
「……名所になっていると聞いてはいたが、それで商売をしておったのか。世知辛いのぉ。」
ライエン邸の門の前には後付けと思われる受付が作られており、門には勝手に入らないように鎖がかけられていた。
入場料の銀貨十枚は、日本円換算で一万円程度であり、気楽に払えるほど安いものではない。
「いえいえ、そういうわけでもないのですよ。」
しかし、コンラッド氏は苦笑いで否定した。
「最初の頃は無料で挑戦を受け付けていたのですが、冷やかしで挑戦する人が大勢来て館が荒らされてしまったそうなのです。」
有名になるとマナーの悪い人が大勢訪れて周囲に迷惑をかける。観光地あるあるだった。
「また、無断で館に侵入して『奥まで行ったから遺産をよこせ』という人まで現れたので、館の前に人を配置するようになったのです。銀貨十枚は冷やかし防止と私共現地スタッフの人件費に充てられています。」
「なるほど。それはそれで世知辛いですなぁ。」
「ええ、全くです。」
今度はコンラッド氏も否定しなかった。
本気で挑戦するつもりだった秀隆は、銀貨十枚を支払うことにした。
冒険者として頑張って働いたので、そのくらいの余裕はあった。
「はい、確かに。それではお名前をお願いします。」
「秀隆じゃ。」
「ヒデタカ様ですね。」
コンラッド氏は受け取った銀貨をしまうと、帳簿に秀隆の名前を記入した。
「それでは……」
「そこの御老人、ちょっと待った!」
その時、コンラッド氏の言葉を遮って、突然声がかけられた。
声のした方を見ると、十代半ばに見える少女がいた。
幼さの残る顔立ちだが、身に纏う白いローブは魔術師用の衣装だった。
「この屋敷には危険な魔導書が存在する可能性がある! 安全のため、世界救世教会が接収させてもらう!」
少女は高圧的な態度で意味不明なことを言い出した。
秀隆は直感した。こいつは話の通じないタイプだ、と。
なので、秀隆はコンラッド氏に話しかけた。
「あんなことを言っておるが、どうなんじゃ?」
「私共は、故ヨハン・ライエン氏の遺言を執行するのみです。法的根拠もない不当な要求に応じる理由はありません。」
コンラッド氏は一切動じることなくきっぱりと言い切った。
「なっ、世界救世教会に逆らうのか!?」
「逆らうも何も、単なる魔術結社が部外者に命じるような権限はありませんし、私共にしても従う義理はありません。組織の力で脅すというのならば、衛兵に通報するだけです。」
少女の言う『世界救世教会』とは、国などの権力を持った公的な組織ではなかったようである。
公的な権力はなくても、組織の力で圧力をかけられたら一個人には脅威であろう。
しかし、コンラッド氏は単なる一個人ではない。ライエン財団のスタッフとして対応しているのである。
ライエン卿の遺言を執行するために設立されたライエン財団の背後には、ライエン商会が存在する。
ヨハン・ライエンが設立したライエン商会は、当人が引退した後も商いを続け、今では多くの国に支店を持つ大商会に成長していた。
年商が小国の国家予算を上回ると言われる大商会が、縁もゆかりもない魔術結社の圧力に屈して創始者の遺言も守れないようでは商会の信用が損なわれかねない。
だからコンラッド氏は、丁寧なもの言いながらも理不尽な要求は毅然とした態度ではねのけていた。
その様子を見た秀隆は思った。
(ずいぶんと手馴れておるなぁ。この世界にもモンスタークレーマーは多いのじゃろうか?)
秀隆がのんきなことを考えている間にも、コンラッド氏はさらに畳みかけた。
「館の中の物が欲しければ謎解きに挑戦すればよいのです。成功すれば遺言に従ってお譲りします。それが分かっていたから、アンジェリカ様も先日挑戦したのでしょう?」
「うっ……」
どうやら少女――アンジェリカは既にライエン邸の謎解きに挑戦済みだったようである。
その結果は……こんなところで無茶振りしている時点で言わずもがな、である。
「も、もちろん最初からそのつもりだ。御老人が謎解きに挑むというのならば、私も同行させてもらうぞ。」
アンジェリカは懐から銀貨十枚を取り出した。
再挑戦するために来たというのは本当らしい。
ところが、来てみたら先客がいたので、目的の物を奪われてなるものかと焦って無茶なことを言い出したようだ。
その無茶が通らないと、秀隆の挑戦が終わるのを待つのではなく、さも当然のように自分も一緒に挑戦させろと言い出した。
それだけ必死なのだとみるべきか、単に図々しい性格なのか。
「同時に挑戦した場合、先に正解した方が謎を解いたことになります。また全ての謎を一人で解かなければ成功とは認められません。それでもよろしいですか?」
ここから先は秀樹とアンジェリカの問題と一歩引いたコンラッド氏が、注意事項を説明した。
二人同時に挑んでも、相手に妨害される可能性があるだけで成功率は上がらない。
拒否すれば、先に申し込んだ秀隆が先に一人で挑戦することができるだろう。
秀隆は少し考えて答えた。
「ワシは別に構わんぞ。」
百年もの間誰も成功していないのである。一度の挑戦でいきなり成功するとは秀隆も思っていない。
今回はただの様子見で、終末魔導書の有無が確認できればラッキー、くらいの軽い気持ちだった。
それに、もしもアンジェリカが終末魔導書の頁を手に入れたとしても、所在が判明しているのならばやりようはある。
知らない間にどこかの誰かが持ち去った後だった、などというよりもよほどましだった。
「それでま、まいりましょうか。」
コンラッド氏に連れられて、秀隆とアンジェリカはライエン邸へと赴いた。
向かう先はライエン邸正面の鎖で封鎖された大きな正門……ではなく、左側に少し行った先にある小さな扉だった。
扉の前でコンラッド氏は一度立ち止まり、秀隆達の方に向いた。
「ルールを説明します。中に入ると小部屋になっていて、解くべき謎が一つ提示されます。そこで制限時間以内に正解すれば次の部屋への扉が開き、間違えればそれで終わりです。」
「なるほど、正面の大きな扉は住居としての出入り口で、謎解き用の入り口は別に作ったのじゃな。」
ライエン邸はライエン卿の自宅である。
その自宅に謎を仕掛けたのは、当然ライエン卿の生前のことである。
自宅に入る度に謎を解かなければならない家なんて不便すぎる。
だから、居住用の区画と謎を仕掛けた部分は完全に分離していた。
なお、過去に無断で館に侵入した人物というのは、正門の鍵を壊して住居部分に入り込み、謎に遭遇しないまま館の内部を歩き回っていただけである。
「ふむ、これがその『謎』じゃな。」
部屋に入ると、反対側に次の部屋に続くと思われる扉があり、その隣の壁に設置された板に文字と図形が描かれていた。
『下記の二つの正方形の面積の合計と、同じ面積を持つ一つの正方形を描け。』
文章の下には、大小二つの正方形が描かれている。
この設問を見て、アンジェリカが硬直した。
「前に来た時と問題が違うではないか!」
「ええ、部屋に入る度に謎の内容が変わります。そういう魔道具が使用されているのです。」
絶叫するアンジェリカと淡々と解説するコンラッド氏。
そんな二人を放置して、秀隆は設問の描かれた板を調べていた。
「ふむ、タブレットみたいなものじゃのぉ。」
ただ描いてあるだけのように見えて、板に触れることで操作ができるようになっていた。
文章の部分は変わらないが、描かれた図形を動かしたり追加で線を引いたりすることができた。
また、板の端の方でカウントダウンをつづける数値があるが、これが制限時間を表すものだろう。
一通り操作方法を確認した秀隆は、おもむろに問題を解き始めた。
「これは三平方の定理じゃな。二つの正方形のそれぞれの一辺が直角になるように角を接して、直角三角形の二辺とする。斜辺を引いてこれを一辺とする正方形を描けば完成じゃ。」
――ピンポン、ピンポン、ピンポン!
正解を示すチャイムとともに、次の部屋へと続く扉が開いた。
「え? あ!」
「おや、もう謎を解かれたのですね。」
秀隆があっさりと問題を解いたことに驚く二人。
特に前回解けなかった問題の解答を用意していて、最初の解答で秀隆を脱落させようと目論んでいたアンジェリカは愕然とした。
「正解できなかったアンジェリカ様はここまでです。後ろのドアから退出してお帰りください。ヒデタカ様の許可があればこのまま同行しても構いませんが、その場合でも設問に答える権利はありませんのでご了承ください。」
「くっ、……せめて最後まで見届けさせてもらおう。」
「邪魔をせぬのならば、ワシは別に構わないぞ。」
秀隆はアンジェリカを連れて次の部屋へと進んだ。
『オルトロスとケルベロスからなる魔物の群れを発見した。観測の結果、合計で足は64本、頭部は42個存在することが確認された。オルトロスとケルベロスはそれぞれ何体いるか答えよ。』
問題文の下には、双頭のオルトロスと三つ首のケルベロスのイラストが描かれていた。
今回は絵をいじることはできず、回答欄に数値を記入するようになっていた。
「これは鶴亀算じゃな。どちらも足は四本だから、64÷4で合計16体。全てがオルトロスならば頭は32個になるから不足は10個。オルトロス一体をケルベロスに置き換えると頭の数は一個増えるから、不足する頭の数がそのままケルベロスの数になる。よって、ケルベロス10体にオルトロス6体じゃ。」
――ピンポン、ピンポン、ピンポン!
最初の正解がまぐれではなかったとでも言うかのように、これもあっさりと解いて見せた。
その後も秀隆は出題される問題を解いてどんどんと屋敷の奥に進んでいった。
『正三角形Aの外接円を内接円とする正三角形Bがある。正三角形Bの面積は正三角形Aの何倍か?』
「内側の三角形を円の中で回してひっくり返せば、同じ大きさの正三角形が周囲に三つできるから、答えは4倍じゃ。」
『1から100までの全ての整数の合計を求めよ。』
「これだけ制限時間が短いのぉ。足し算を100回行わせないためかの。等差級数の和じゃから、(1+100)×100÷2で答えは5050じゃ。」
次々と正解する秀隆に、尊敬のまなざしを向けるコンラッド氏と、宇宙人でも見るような視線を向けるアンジェリカ。
……この世界に宇宙人という概念が存在するのかは不明だが。
学生時代の秀隆は成績優秀な優等生、ではなかった。
ただ、一部の分野に関してだけは学校の授業を無視して独学で熱心に勉強することがあった。
理由は単純。
全ては終末魔導書を完成させるためである。
そうやって独学で行われた勉強の中には数学も含まれていた。
終末魔導書のそれぞれの魔法の頁に記載された魔法陣は、それっぽい幾何学模様をただ並べただけのものではない。
魔法陣を構成する幾何学図形は、きっちりと計算したうえで描かれているのである。
角度とか面積とか長さの比率とかにも意味を持たせ、数学の理論を駆使して作られたものだった。
その労力をもっと別のことに使っていたら今とは違った未来もあっただろうに、とだれもが思うような無駄な努力が、今予想外の形で役に立っていた。
もっとも、秀隆はそのことを誇る気にはなれなかった。
「高校生、下手をすると中学生レベルの数学じゃぞ、これ。」
この世界では数学はあまり進んでいないらしい。
秀隆が中学生レベルと言う問題でも、時間制限付きでランダムに出題されると、この世界の人には手に負えないようだった。
それでも、中学生レベルの問題を解いただけで褒めたたえられるのは、秀隆としてはいたたまれなかった。
「ここが最後かのぉ。」
いくつもの問題を解き、いくつもの部屋を通り抜けた先にたどり着いたその部屋には、次の部屋に続く扉はなかった。
その部屋の中央にはテーブルが置かれていて、そこに問題が書かれた板が設置されていた。
そしてもう一つ。
同じくテーブルに設置されていた半透明の板の下には、一枚の紙切れが透けて見えていた。
何が書いてあるのかまでは読めないが、おそらくそれが噂の魔導書の一部なのだろう。
最後の問題を解けば、全ての謎を解き明かした証としてその紙片が手に入る。状況的にそう考えられた。
「さて、最後の問題は何じゃろうな。」
『次の式を満たす自然数X、Y、Zの組が存在する自然数nの最大値を求めよ。 X +Y =Z 』
「フェルマーの最終定理じゃと!?」
フェルマーの最終定理。
それは三百年以上、数多の数学者を悩ませてきた数学界の難問。
真面目に証明しようとすれば、数学者でもない秀隆の手に負えるものではない。
「証明するにはこの机は狭すぎる。じゃが、この設問の正解ならば知っておる。答えは2じゃ。」
――ピンポン、ピンポン、ピンポン!
正解だった。
どうやってそれが正解だと知ったのかは分からないが、ヨハン・ライエンはそれを正解としていた。
これで秀隆は全ての謎を解き明かしたことになる。
「おめでとうございます、ヒデタカ様。ヨハン・ライエンの遺言に従い、故人の遺産を全て貴方に譲渡いたします。」
そして、予想通りテーブルの上の半透明の板がスライドして、その下から紙片が出てきた。
「間違いない。終末魔導書の頁の一枚じゃ。」
一目見て確信する。秀隆が見間違えることはない。
秀隆はその紙片に手を伸ば――
「こ、これは!」
――そうとしたところで、横から伸びた手にかっさらわれた。
犯人は、アンジェリカである。
「お嬢ちゃん……」
秀隆の向ける白い目にも気付かず、アンジェリカは食い入るようにその紙切れを見続けた。
「間違いない、これは世界救世教会が特に危険と定める禁忌魔導書、外法聖典の一編。世に出してはいけないものだ。何としてでも持ち帰り、世界救世教会で管理しなければならない!」
アンジェリカは紙片を持ったまま後退る。
「まだ言いおるか。お嬢ちゃん、それはただの泥棒じゃよ。」
秀隆は、心底呆れたといった顔で、アンジェリカを窘めようとした。
「後でいくらでも謝罪しよう、賠償にも応じよう。だが、このような危険物を見つけた以上、放置することなど私にはできない!」
だが、アンジェリカは覚悟を決めてしまっていた。
確信犯――たとえそれが違法であっても、自分の行いが正しいと信じて疑っていないようだ。
何か怪しげな宗教にでもはまっているのだろうか、と秀隆は訝しんだ。
「無駄です。この館の財物を狙う賊対策に警備は厳重です。加えて衛兵の詰め所も近くにあります。絶対に逃げきれませんよ。」
コンラッド氏も警告する。こんな突発的で無計画な犯行は成功しない。アンジェリカは目的を達することなく捕まるだろうと。
だが、アンジェリカは何故か自信満々で余裕の態度だった。
「普通ならば無理だろう。だが、私は外法聖典で使用されているアル=ブラムス魔法文字を習得している!」
外法聖典、アル=ブラムス魔法文字と秀隆が知らない単語が続いたが、状況から何のことを言っているのかは見当が付く。
そして、アンジェリカが何をしようとしているのかに思い当たって、秀隆は慌てた。
「嬢ちゃん、ここでその魔法を使うつもりか!? よすんじゃ、大変なことになるぞ!!」
しかし、アンジェリカは取り合わず、むしろ秀隆が慌てたことで自信を深めて、紙片を見ながら呪文を唱えだした。
「タルタロスに囚われしティターンズよ、その力を貸し与えたまえ……」
読み上げる声はたどたどしいが、手にした紙が終末魔導書の頁である以上、呪文さえ正しく唱えれば魔法は発動してしまう。
「まずいのじゃ、ここにいては巻き込まれてしまう! 急いで外に出るのじゃ!」
秀隆は、コンラッド氏を急かして大慌てで走り出した。
「こちらから外に出られます!」
途中、コンラッド氏の案内で外に出る近道を通った。
問題を解きながら通った道程は曲がりくねって行ったり来たりでかなり長い。
来た道をそのまま戻るのは大変なので、内側からしか開かない扉を通ってショートカットできるように作られていたらしい。
どうにかライエン邸の正面まで戻ってきた。
「ハアハア、今更ですが、逃げるよりもあの場で取り押さえた方が早かったのではないですか?」
「ゼーゼー、いや、終末魔導書の頁を持っているなら、呪文を唱え始めた時点で半端な攻撃は防御されてしまうのじゃよ。」
本当に今更な疑問を口にするコンラッド氏に、秀隆はそれができない理由を説明する。
終末魔導書の設定の一つに、呪文の詠唱中は魔力による簡易的な防御を行うというものがある。
長い詠唱を途中で妨害されないための措置である。
絶対的な防御ではないので、殺す気で強力な魔法をぶつければ破れるだろうが、狭い室内でそんな強力な魔法を使えばどのみち大惨事である。
「ずいぶんとお詳しいのですね。ヒデタカ様はあの魔導書の魔術がどのようなものなのかご存じなのですか?」
「ゼーハー、あの頁は巨人の一撃の魔法じゃ。身体能力を数百倍に引き上げる……」
「数百倍、ですか……」
魔法のとんでもない効果にコンラッド氏は絶句する。
「ハーハー、じゃが、問題は身体強化の効果ではなくて……」
――ミシミシミシ
話の途中で、館の方から何やらきしむような音が響いてきた。
慌てて音の方を向く二人。
「何ですか、これは?」
「どうやら、魔法が発動してしまったようじゃな。」
――メリメリメリ
さらに音が大きくなる。
尋常ではないことが起こっていると、緊張するコンラッド氏。
――バキバキバキ
そして、ついに、館の屋根を突き破って何かが現れた!
「……数百倍の身体能力を十全に振るうために、巨大化するのじゃよ、あの魔法は。」
それは、巨大化したアンジェリカだった。
魔法の効果で体が頑丈になっているらしく、屋根を突き破っても傷一つない。
それを確認した秀隆は、後ろを向いた。
コンラッド氏も秀隆に続いた。
『ハハハハハ、力がみなぎる! 今ならなんだってできそうだ。』
いきなり大きな力を得たアンジェリカは、ハイになっているようだ。
これから泥棒として逃げ隠れしなければならないことを忘れたかのように大声で叫ぶ。
館が破壊された音と、アンジェリカの大声でやじ馬が集まってきているが、まるで気にしていない。
まあ、この巨体でこそこそすることは不可能なのだが。
『おお、そんなところにいたのか、御老人……って、どっちを向いているのだ!?』
目敏く秀隆を見つけたアンジェリカだったが、その秀隆が自分に背を向けていることを訝しむ。
秀隆は背を向けたまま答えた。
「お嬢ちゃん、落ち着いて聞くのじゃ。確かに巨人の一撃の魔法は数百倍の身体能力とそれ見合った巨大な身体を与えるのじゃが……着ている服までは巨大化せぬのじゃ。」
『へ?』
今のアンジェリカの身長は、元の十倍ほど。各所のサイズも同じくらいの倍率で拡大している。
このサイズの肉体を包むことのできる衣服は、おそらく存在しない。
館の天井を突き破って無傷だった強靭な肉体である。サイズの合わなくなった衣服など、何の抵抗もなく引き千切れただろう。
つまり、今のアンジェリカは全裸である。
『きゃあああぁぁあぁ!』
ようやく自分の状況に気が付いたアンジェリカは、意外と可愛らしい悲鳴を大音響で響かせてその場にうずくまった。
『ど、どうすればよいのだ!?』
「その魔法は三分で効果が切れるのじゃ。それまでおとなしく待っておれ。」
三分後、秀隆の言ったとおり、巨大アンジェリカの姿は消えた。
「おお、いたいた。瓦礫が散乱しておるからのぉ、下手に動かなかったのは正解じゃよ。」
アンジェリカは同じ部屋――秀隆が謎解きを行った最奥の部屋――に、全く同じ体勢でうずくまっていた。
魔法が解けて体のサイズが戻っても、破けた服は元には戻らない。
動くに動けなかったのだ。
「さて、ここにワシの予備の服がある。男物で悪いのじゃが全て未使用じゃ。お代は、そうじゃな、お嬢ちゃんの持っている紙切れでよいぞ。今なら靴も付けるが、どうじゃな?」
「くっ、……」
アンジェリカは、それでもしばらく躊躇していたが、ものすごく渋々と言った様子で紙片を握った手を差し出した。
☆☆☆
終末魔導書
No. 078
巨人の一撃
呪文:
奈落に囚われし古き神々よ、その力を貸し与えたまえ。
その偉大な力をもってあらゆる敵を退けん。
我は魂を継ぐ者。我は意思の後継者。我は力の器なり。
全てを容れて、光の戦士とならん。
この身に宿れ、巨人の一撃!
効果:
最強の身体強化魔法。
数百倍に及ぶ身体能力の強化と、十倍近い巨大化の効果がある。
効果時間は三分と短いが、並大抵の攻撃では傷一つ付かない頑強さと巨体から繰り出される圧倒的なパワーはほぼ無敵である。
注意すべきは、魔法の効果は装備には及ばないこと。
素手で戦う必要があるほか、身に着けていた装備は破損する恐れがある。
※イメージ的には、ウルトラマンです。
最初は、洞窟など密閉環境で巨大化して圧死する話を考えていたのですが、「突き破って出てきた方が面白いかな」と思って修正。
さらに、「体は頑丈になっても服までは無事では済まないだろう」と言う発想からアンジェリカが誕生しました。
野郎の裸に興味はありません。




