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AionioS  作者: 無日
第六章:白の果てで、手を取る

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第49話:寄せ集めの5人

───ッ……た、……け……。


 断片的な音声が、記録装置の中でかすかに震える。


 荒い呼吸が、通信越しに生々しく響く。


 息を呑む音。靴底が雪を削る音。

 何かから距離を取ろうとする、焦った足音。


《──っ、待て……来るな……来るなって、言ってるだろ……ッ》


 ザザ……ッ、という不規則なノイズが、空間を満たす。


《……応答して! こちら第七小隊! 聞こえ…──ッ…………!》


 ガンッ、と何かにぶつかる鈍い音。

 次いで、低く、濁った振動が空気を揺らす。


《アリ──長、…ッ……》


 何かが軋む音。

 風ではない。

 もっと重く、湿った音。


《──ッ、やめろ、来るな……! 距離を取れ、隊列を──》


 言葉が途中で途切れる。


 ドン、と地面を叩く衝撃。

 通信機の向こうで、何かが引き裂かれるような音がした。


 呼吸が乱れる。

 歯の奥で鳴る、抑えきれない震え。


《──やだやだ、…たくな……ッ──……お母さ……!》


 ──轟音。


 通信は激しく歪み、断続的なノイズに飲み込まれていく。


 ザザッ……ザ……──


 …………


『……これが、音声として記録できていた最後のデータだ』


 静かな声が、室内に落ちる。


『追跡信号は消失している。位置も特定できない。自然災害であれば我々で対処可能だ。だが──襲撃であった場合、北区のオーダーでは戦闘経験が不足している』


 淡い光を放つホログラムが、机上に浮かび上がる。


「そこで中央区のオーダーを貸し出せ、と?」


『……………』


 対面する男──カルロスは椅子に深く腰掛けたまま、指先で机を軽く叩いた。


『……その通りだ』


 ホログラム越しでも分かるほど視線は鋭い。


「君が俺に助けを求める日が来るとはな」


『時間がない。部下の生死がかかっている』


 感情は抑えられているが、その奥にある焦燥は隠しきれていない。


 カルロスは返答せず、ただ、視線をデスクへと落とした。


 並べられた五枚のファイル型端末。

 六角形のフレームに収められた個人データが、淡く光を放っている。


 無機質な数値と記録が並ぶ中で、彼らの戦闘傾向だけが異様に浮き上がっていた。


「……いいだろう」


 指先が一枚、プレートを弾いた。

 1人のデータが拡大され、グラフがゆらりと揺れる。


 次いで、それぞれの情報が、まるで“組み合わせ”を試すように並び替えられていく。


「丁度いい。試したい事がある」




✧✧✧




 外はまだ夜の名残を引きずっていた。

 静まり返った本部の廊下を、数人の足音だけが響いていく。


 端末に緊急招集の通知が鳴り響いたのは、夜明け前。

 深夜の呼び出しは異例であり、ゲート前で鉢合わせた4人は顔を見合せた後、状況の重さを理解した。


 パシュッ


 ドアが滑らかに開くと、冷えた空気の中に淡い青白い光が広がっていた。


「集まったか……1人、いないようだが」


 カルロス長官の重たい声が響いたと同時に、スキャンが開始され、中央に設置されたホログラフィックマップの上で、地形が徐々に形成される。


 会議室に姿を見せているのは、アミル、オーティス、ジョシュ、そしてダニエルの4人。


 特にバディでもなく、任務上の接点もない4名だ。


 アミルは単独での任務を引き受けることが多く、ダニエルもクイルとバディを組んでいる。

 その上、オペレーターのジョシュまでここに居ることには疑念が積もるばかりだった。


 パシュッ


 扉が再び開き、足音が一つ遅れて響いてくる。


「……、……」


「……遅刻だ」


 カルロス長官の一言に、ロビンは返答することなく、とぼとぼとホログラムの前に立つ。

 青白い光に目を細めながら肩をすくめた。


「さて、人数も揃ったな。……状況を説明する」


 カルロスが手元の端末をタップすると、氷原の地図が拡大され、特定の区域に赤いマーカーが点滅した。


「これは北区の駐屯地だ。11時間前を最後に、すべての通信が途絶えた。北区オーダー小隊との連絡はもちろん、信号も途絶え、捜索へ向かったドローンの映像にも反応がない」


「……それって、災害じゃない可能性があるってことですか? 犯罪Novactorの奇襲か…もしくは"裂け目"…?」


 俺ならまだしも、ロビンまで呼ばれた理由。

 誘引装置がこの件に関係があるなら──


「可能性はある。……ただ、裂け目の兆候は確認されていない。だからこそ厄介だ」


「俺は北区出身です。あの場所の厳しさは知ってる。吹雪や氷崩が頻繁に起きることなんて北区のオーダーは理解してるはずですよ。傾向があればすぐに対応できるように、必ず訓練を受けてる」


「その通り。北区長官は襲撃か誘引装置と酷似した案件だと状況判断し、俺に要請した。観測所は全て異常なし。通信網が落ちたのはこの駐屯地のみだ。異常事態と判断していい」


 場に沈黙が落ちる。


「本来であれば、これは北区の管轄だが──今回は例外だ」


 彼はゆっくりと視線を持ち上げた。

 その眼差しは、ただ命令を下す者のそれではない。選び、測り、見極める者の視線だ。


「単独ではなく、“チーム”で当たる」


 わずかに間を置く。

 その沈黙が、場の空気を引き締める。


「……まず、ダニエル」


 名を呼ばれた瞬間、空気が一段沈んだ。


「北区出身。地形理解、気候適応ともにこの中で最も高い。加えてお前の氷結は“制圧”と“足場形成”の両面で機能する。雪原ではお前が軸だ」


「……了解」


 短い返答。

 だが、その声にはわずかな誇りが混じっていた。


「次に──オーティス」

「はい」


「お前は前衛だ。判断は単純でいい。“踏み込めるかどうか”だ。お前の強みは、環境に左右されない近接制圧と、エネルギーの奪取・転用。未知の相手に対して“様子見”をせずに圧をかけられる人間が一人は必要だ」


 ロビンの視線がわずかに鋭くなる。


「崩れるな。お前が崩れた瞬間に全員に危険が及ぶ」

「……ッ、はい」


 背筋が伸びる。


「アミル」

「はいはい、いるよー」


「お前は“場”を整えろ。地盤、植生、水分──お前のNovaは環境そのものを味方につける。補給、遮蔽、退路確保……全てだ。今回の任務では、お前をリーダーに据える」


「……え、リーダーが俺? マジ?」

「“生かして帰す”ための配置だ。戦うだけが任務じゃない。お前ももう6年目だろう。いい頃合いだ──統率しろ」

「……ふぅん、了解。任されちゃったら、やるしかないじゃん?」


「ジョシュ」

「はいっ」


「現地オペレーターとして迎え。誘引装置だった場合、お前の知識が役に立つ。通信断絶が起きている以上、現場判断の比重が上がる。お前には“全員を見渡す目”を期待する」


「……任せてください!」


 そして──

 カルロスの視線が、最後に一人へと落ちた。


「ロビン」

「……」


 名前を呼ばれても、彼女はすぐには返事をしなかった。

 ほんのわずかに顎を引き、片眉を上げ、視線だけを向ける。


「お前の役割は単純だ。敵でも、地形でも、状況でもいい。崩壊しかけた局面が発生すれば、強引にでも“こちら側”に引き戻せ」


「まずい状況になったら、全員連れて逃げろってこと? 浮かせられる重量にも限界があるんだけど」


「退路確保だけではない。戦闘の面でも咄嗟の判断に長けている。制御が難しいことは承知しているが、今回はそれを承知で使う。“切り札”だ」


 空気が、僅かにざわつく。

 ダニエルの眉が、はっきりと歪んだ。


「……長官」


「なぜそいつが“切り札”なんです? ──Vorder(ヴォーダー)だろ」


 低い声。


「そんなものを中核に据える理由が、俺には理解できません。それに、なぜ俺とバディのクイルがいないんです? 成績優秀、Novaも彼のは強い。──Vorderが選ばれてクイルが落ちるなんて、納得がいきません」


「ダニエル、これは審査ではない。今回の任務はチーム戦だ。クイルのNovaは“炎”。北区には可燃物も少ない上に雪と氷に覆われた場所は湿度が高い。お前が不在の間は他のオーダーと連携して中央区での任務に当たってもらう」


「……そんなに不満なら、あのお坊っちゃんを連れてくれば? その方が任務に適してるなら、アタシはそれでいい。納得してもらうためにここにいるわけじゃない」


「口を開くな。お前らみたいな屑共は、地の底で傷でも舐めあってろよ。それに……俺はな、知ってるんだよ」


 低く、押し殺した声。


「下の連中が何をするか。仲間を売るのも、背中から刺すのも、全部“生きるため”で済ませる連中だ」


 その視線には、ただの偏見じゃない“経験”が滲んでいた。


 一瞬だけ、ロビンの瞳が揺れる。

 喉が詰まったように、口だけを開き、閉じた。


 ──けれど。


「……そう」


「じゃあ尚更、監視しとけば。アタシが“何するか”」


 その言葉は、挑発でも反論でもない。

 ただの事実の提示。


 しかし、その反応がさらにダニエルの腹の底を煮えくり返らせ、眉間がさらに深く寄る。


「……議論は終わりだ。これは適性で選んだ配置だ。感情で動くな。今回の任務は“救助”。私怨を挟む余地はない」


 視線が全員を貫く。


「生きて帰れ。それが最優先だ」


 ホログラフィックマップの上を指が滑り、それぞれの通信機へデータを転送される。


「詳細な地形データと現在の天候推移は各自の端末に送ってある。出発は1時間後だ。準備を整え、屋上ヘリポートへ向かえ」




 ───ロッカールーム


 金属扉が開くと、白い蛍光灯の光の下にロッカーが整然と並ぶ。

 アミル、ジョシュ、ダニエル、オーティス──4人はそれぞれ自分のロッカーを開け、装備の確認を始めた。


 厚手の黒いダウンコートを手に取り、袖を通す。


 手触りは重くも柔らかく、防寒性の高さがひと目で分かる。

 196期生のジャケット支給が遅れたのはこっちの発注が先だったからかもしれない。


「新しく発注されたやつか? 長官、やけに羽振りがいいな」


「黒一色か~。俺的にはもうちょい遊びほしいんだけどな。盛ってくれてもよくない?」


「仕事ですよ、アミル先輩」


 ダニエルは会話に入ってくることはなく、ただ、眉間を寄せたまま装備の確認をしていた。

 声をかけようと手を伸ばしたが、ジョシュに首を振られ、飲み込む。


「早く準備整えて屋上に行かないと、置いてかれるよ」


「……そうだな」


 ファスナーを上げる。


 荷物を詰めたリュックを肩にかけ、共にロッカールームを後にした。




✧✧✧




 屋上のドアを開けた瞬間、冷たい風が顔を打つ。


 夜の帳がゆっくりと明けはじめ、東の空には淡い黄金が滲み始めている。

 小雪が舞い、吐いた息はすぐ白く曇った。


「初雪ですよ! 今年は早いなぁ」


「ひゅ〜……ヤバ…雪降ってんじゃん。さっそく極寒モードってこと?」


 肩をすくめ、フードを被るときゅっと顔に引き寄せた。


 ヘリのローターが低くうなりを上げる。


 すでにロビンは機体に乗り込み、窓際の席に足を組み座っている。

 外にいるこちらには機体の音のせいか気づいていない。


「あ、もう乗ってるじゃん? じゃ俺、隣いこっと」


 颯爽とタラップを駆け上がっていく。

 それを目で追いながら、軽快なステップの奥に見えた表情を見逃さなかった。


 露骨に嫌そうな顔。


「……ちょっと面白いな」


「なにが?」


「いや、何でもない」


 操縦士が荷物を機内に詰め込む中、最後にジョシュと俺も、最後に渋々乗り込んできたダニエルも搭乗する。

 全員が向かいあわせの座席に着き、ドアが閉じられ、シートベルトを着けると、ゆっくりと機体が上昇し始める。


 そして──中央区本部を離れ、氷原への空の旅が始まった。




✧✧✧




 機体が一定の高度に達すると、雪の降り積もる真っ白なビル群がゆっくりと広がっていった。

 窓から覗き込むと、交差するように複雑に絡み合うスカイウェイに数台の車が走っている。


「駐屯地にたどり着くまで“3日”ってさあ……ヤバくない? しかも洞窟にも入るって何…? ダンジョン?」


「体力温存と保存食、水分の確保を優先したほうがいいな」 


「氷山の地形が複雑すぎて、上からはヘリが降ろせないらしい。だから、まずは北区オーダー機関に向かって、そこから陸路を徒歩で移動、洞窟を越えて駐屯地って流れになるよ」


 端末を操作しながら、映し出されたのはさっきカルロス長官から説明を受けたマップだ。

 赤いマーカーは最後に接続のあった駐屯地周辺を示し、青いマーカーは北区オーダー機関を示している。


「……状況も不明で通信も遮断されてたなら──最悪、生存者がいない可能性もある」


 ダニエルの薄暗い一言で、室内の空気が重くなり、音はヘリのローターと振動に限られた。


「まだ、わかんないでしょ」


 空気を破る言葉。


 窓ガラスに反射した表情は、白い世界を黙って見つめていた。


「……ふぅん、いいね。北区楽しみだなあ。実は俺行ったことないんだよね~みんなはどう?」


「そういえば、俺もジョシュも中央区以外には行ったことないな」


「俺はオペレーターだから……ずーっと薄暗い場所でモニターと睨めっこしてるせいで、また視力が落ちたよ…」


 ふむふむ、と俺たちの話を聞きながら、アミルさんの端末には北区の観光スポットがスクロールされていた。


「……北区の冬をなめない方がいい。吹雪に巻き込まれたら5分で指の感覚はなくなる。靴が合わなければそれだけで致命的になる」


 ダニエルの声に、少しだけ鋭さが混ざる。


「先輩とお前らには俺が教えてやるとして……ま、あの女の図太さなら平気だろうな」


「……あんた、ずっと突っかかってくるけど、よく飽きないね。いつまで続けるつもり?」


「Voidの連中なら吹雪の中でも耐えられると思ってな。なんだよ、なんか文句でもあんのか?」


 すると──。


「はいはい、ストップストップ~!」


 唐突に。


 自分の荷物から、ガシャッと大きなポーチを取り出した。


「どうせ長旅でヒマじゃん? パズルにトランプ、ボードゲーム〜。5人もいるしさ、時間つぶせるっしょ?」


「ボードゲームは揺れるヘリの中じゃ無理だろ…」


「その大荷物……なに入ってるのかと思ったら…。北区に行くって知らなかったのに、どこから持ってきたんですか?」


 美しい景色に印刷されたパズル、南区の伝統模様が刻印されたトランプ、そして箱の側面にルールが書かれたボードゲーム。


 個人ロッカーに置いていたんだろう。


 するりと指先が視界を横切る。

 視線を向けると、ロビンはトランプの箱に手を伸ばしていた。


「あれれ、以外だね。興味ある感じ?」


 ロビンは箱からカードを1枚抜き取って眺める。

 表情は読めないが、その仕草はどこか懐かしむような温かさが帯びていた。


 ダニエルの冷たい声が、また室内に差し込む。


「Voidにはトランプもないのかよ」


「やったことはある。数が足りなくて、残りは紙に柄と数字を書いて……ポーカーではイカサマし放題だったけど」


 その一言にアミルは満面の笑みを浮かべる。


 まるで旅芸人のように軽やかな指さばきでカードを切っていく。

 軽くカードが弾かれる音が、機体の振動に紛れて乾いたリズムを刻み、カード同士が擦れ合うたび、薄く白い縁が光を跳ね返す。


「じゃ、ルール簡単にね。チップはこれでいっか」


 ポーチから取り出されたのは、小さな金属製のパーツやら、何かの交換部品やら、用途不明の雑多な物だった。

 ガチャ、とテーブルにばら撒かれる。


「雑すぎません?」


「真面目だなぁ、オーティスは。こういうのはバイブスじゃん?」


 軽く笑いながら、カードを配る。

 一枚、また一枚。滑るように配られたカードが、それぞれの手元に収まっていく。


 アミルがちらりと視線を向ける。

 背もたれにもたれたままのダニエルは、鼻で笑い、視線を外にむける。


 彼に配られかけたカードはアミルの手に戻され、4人でのゲームが始まる。


「ただやるだけじゃつまんなくない?──1番勝った人が1人に一個お願いできるっての、どう? ほら、旅の思い出ってやつ?」


「そういうの、どうかと思うけどな…」


「え〜いいじゃん。盛り上がるっしょ?」


「……いいんじゃない。ダラダラやったって、面白くないし、勝つ理由もないでしょ」


「ほらね〜! OKだって!」


「いいのか? アミルさん、絶対に変なこと言うぞ」


「あ、ちなみに俺勝ったらさ、連絡先くれる?」


 ほらな、と言いたげに俺は肩を竦めた。


「勇気あるな…アミル先輩。まぁ、予想通りだよ。オーティス、お前は勝ったら何をお願いする?」


「そうだな……いや、いいよ。俺は別に──」


 歯切れが悪い。

 それを見てか、ロビンはぼそっと落とした。


「あんたは弱そう」


 ピク、と眉を顰めた。

 一瞬、空気が止まる。


 この間の仕返しのつもりか?


 椅子に背を預けていた体を起こす。


「俺だって、やったことあるぞ。クララと、TEMISで」


「誰だっけ」


「実家の……ばあちゃんとロボットだ」




 それからしばらく、ヘリの中には乾いたカードの音と、短い言葉だけが行き交った。


 機体は一定の振動を刻み続け、窓の外では白い世界が流れていく。


 第三者が見れば、ただの遊びにしか見えない光景。


 だが──


 オーティスは、やはり分かりやすかった。

 手札を見るたびに眉が動き、口元が引き締まり、時には露骨に肩が落ちる。


 ジョシュはカードと睨めっこしたまま固まっている。

 何度も見直し、指先で並びを整え、表情を伺いながら、慎重に、慎重に判断しているのが分かる。


 アミルは余裕ぶっていた。

 だが、その実、視線は絶えず他の手元を追い、わずかに落ち着きがない。


「ん〜……どうしよっかな」


 軽い声とは裏腹に、判断は遅い。


 ロビンだけが、表情も、呼吸も、指先の動きも変わらないでいた。

 ただ、必要な分だけチップを置き、時にはそれ以上を躊躇なく押し出す強気なベット。


「負けず嫌いには勝てない」


「俺は負けず嫌いじゃない」


「そういうとこでしょ」


 それが、場の空気を更に燃え上がらせていた。


 やがて──


「……っ…もう無理だ!!!!」


 オーティスが、限界を迎えた。

 置かれていた金属片は、すでにほとんど消えている。

 がくりと肩を落とし、そのまま後ろに倒れ込む。


「完全に乗せられた…!!」


「あはは! オーティスはこういうの苦手じゃん?」


 アミルが苦笑混じりに肩をすくめる横で、ジョシュも小さく息を吐く。


 窓際の席だけ、チップの変動が大きいが、結果的に懐入るのは彼女だった。

 強運なわけではないはずなのに、ハッタリが上手い。


 その対角で、ダニエルだけが一度も視線を寄越さなかった。




 機内はいつの間にか温まり、遊び疲れたアミルたちはうとうとと眠気に身を預け始めていた。


 その中で、ロビンは1枚のトランプを手の中の引力に浮かべていた。


「これあげる。友好の証のお花は断られちゃったし」


 アミルは眠気で細めた目をゆっくりと開けて、その場の思いつきのように、トランプの入った箱を見せた。


「……いらない」


「荷物パンパンでさ〜、これ入んないんだよね。帰りお土産も買いたいし。……もらってくんない?」


 彼は有無も言わさず箱をロビンの膝の上に起き、眠気の限界が来たのかそのまま眠ってしまった。


「…………」


 箱を開け、ふわりとカードが浮かび上がる。


 それは、たった数十枚のカードで作った世界。

 勝ち負けを繰り返した、遠い場所の記憶。


 それが、今では地の底から空に場所を変え、人を変え、記憶を上書きし始めていた。


 手の中にある新品同然のカードは、あの時心の底から欲しかったものなのに、この空虚な心の隙間を埋めてくれはしなかった。

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