10. わたしは、もじゃもじゃの頭部らしき場所のそばに
わたしは、もじゃもじゃの頭部らしき場所のそばにしゃがみこみ、目の位置を探した。
だが、黒いもじゃもじゃはさっきよりもさらにもじゃもじゃしていて、どこがどこやらよくわからない。
困ってアルマジロを振り返ると、アルマジロも困った目をしてわたしを見つめ返した。
——うん、どうも、ありがとう。
仕方なく、わたしはもじゃもじゃに声をかけた。
「もしもし、神様? 神様? 聞こえますか?」
なんだかちょっと違う気もするが、昔救命措置を教わったときは、倒れている人がいたら、まずは意識の有無を確認しろと言われた。その際、肩を叩いたり、わかる場合は名前を呼ぶなどして、呼びかけに気づきやすくするとよいのだそうだ。
今回は、手が汚れそうだし場所がわからなかったので、肩を叩くのはやめ、本人(?)が自称した名前を呼んでみた。
しかし、しばらく観察しても、反応はない。
もう一度同じ呼びかけをしてみたが、やはりもじゃもじゃは、ぴくりとも動かなかった。
意識はないようだ。
えーと、次は何をすればいいんだったっけ。
「誰か来てください! 人が倒れています!」
「うわ、何だよ、ここにいるよ。あと、これは人じゃないんじゃねえ?」
アルマジロが面食らっているが、これが救命措置の正しい手順なのだ。
いち、意識の確認。意識が確認できない場合は、
に、周囲の人を集め、119番通報と、AEDの手配を依頼する。
さん、呼吸の確認。胸や腹を観察し、呼吸が確認できない場合は、
よん、人工呼吸および心臓マッサージを施す。
ご、AEDにより、電気ショックを与える。
その後は、救急車到着まで、手順4と5を繰り返すのだ。
残念ながら、ここには救急車もAEDも存在しないと思われるので、わたしができるのはここまでである。
人工呼吸? 心臓マッサージ? 無理だ。
アルマジロが、心配そうにわたしともじゃもじゃとを見比べる。
「俺、どうしたらいい?」
そんなの、わたしにだってわかるわけがない。
しかしそのとき、アルマジロの素朴な問いに答える者がいた。
「洗いなさい。」
神のお告げが聞こえるならばきっとこんな声だろうというような、美しいバリトンボイスが厳かに響いた。
一体、誰だろう?
あわてて振り返ったわたしたちの前にいたのは、一羽の青い鳥だった。その羽は、よく晴れた日の空のように、鮮やかで美しい。
たぶんこの鳥は、一杯目のコーヒーを飲んだときに見た幻覚の中にもいたような気がする。というか、やはりあれは幻覚ではなかった、ということか。
鳥は枝から飛び立つと、身動きひとつしないもじゃもじゃの上をぐるぐると旋回した。
「きれいに、洗いなさい。」
まるで隠された宇宙の真理を告げるように、鳥は厳かに繰り返す。
「——ええっと……、」
わたしは、ちらりとアルマジロの顔を見た。アルマジロは、両手を広げて前に突き出し、ぶんぶんと首を横に振っている。
確か、もともとはアルマジロの質問だったと思うのだが、仕方がない。わたしは勇気を出して、訊いてみた。
「それは、この——生き物を、でしょうか。」
生き物かどうかは分からないが、神というのも抵抗があった。
「いかにも。」
鳥は、あっさり肯定した。
ということは、これは少なくとも生き物ではあるのか。
「ええっと。
洗うのは、決してやぶさかではないのですが。
どうやって、洗えばいいんでしょうか?」
本音をいうなら大いにやぶさかだが、そもそも本当にどうすればいいのかも分からなかった。
洗うのなら最低限水が必要だと思うのだが、あたりに水場などない。それに、このすさまじいもじゃもじゃをある程度きれいにするには、ブラシや石鹸、バケツなどの道具も欲しいが、当然それもないのだ。
それとも、洗うというのはなにかの隠語で、全く別のことを意味しているのだろうか。例えば、皮を剥ぐ、みたいな。
我ながら血なまぐさい想像に震え上がっていると、鳥はつと地面に降り立ち、まじまじとわたしを見上げた。その目は、なにかを恐れるように見開かれている。
「ま、まさか……! あなたは、勇者ではないのですか?」
いかにも。
わたしが頷くと、鳥は、おお、神よ、と大袈裟に慨嘆した。すごくきれいなバリトンボイスなので、まるで世界が滅びるかのような絶望感が出てしまって困る。
「でもさ、勇者の卵ではあるんだろ?」
しかしそこで、わたしを後ろから撃つものがいた。いうまでもない、アルマジロだ。
「いやいや違うんです、ただの勘違いで……、」
誤魔化し笑いをするわたしを、しかし鳥は目を細め、じっと見透かすように睨みつけた。
「——なるほど。確かにとても未熟だが、可能性はなくもない。よし。」
鳥は再び宙へ飛び上がった。
「わたしも手伝おう。壁を、動かしなさい。」
「えっ?」
「湖へ行って、これを洗う。だから壁を、動かしなさい。」
「だからの意味が、分からないんですが。」
鳥は呆れたようにため息をついた。
「そこからか。まあしかたがない。今は君にかけるしかない。」
鳥が、わたしとアルマジロ、もじゃもじゃの上をぐるぐると旋回した。
広げた羽がカッと光る。
あっ、と思った時には、もう遅かった。目の前の白い壁が、ものすごいスピードでわたしの顔面に向かってくる。
そしてわたしは、思い切り壁にぶち当たり——すり抜けた。
次回の投稿は、19日の予定です。
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