7.別荘
別荘に着いたのはそれから小一時間経った頃だった
「これが別荘?」
馬から降ろされ目の前の建物を見上げる
別荘とは言うものの3階建ての立派な屋敷のようだった
あきらかに私の別荘のイメージからはかけ離れてるし…
「…確かに部屋はいっぱいありそうだな」
ロキの言葉に乾いた笑いがこぼれる
「とりあえず中に入るか?」
「そうだね。ここにいても驚く以外は何もできないし」
馬を柵の中に放し私たちは建物の中に入った
「すご…」
エントランスは3階まで吹き抜けになっている
「とりあえず一通り見てみたいんだけどいい?」
「ああ」
ロキが頷いてくれたので権利書についていた間取り図を手に2人で建物の中を探索した
3階まで一通り見終えたときにはかなりの時間が過ぎていた
「1階がホール2つに大小の食堂、ダイニングキッチン、2つのサロン、3つの応接室ね」
周りながら面間取り図に部屋の名前を書き込んできた
どこから見ても立派な屋敷って感じだわ
ちなみに今私たちがいるのはサロンの1つである
窓の外には広大な庭が広がっていた
流石に外を見て回るのは後日にした
「2階はマスタースイートが2つにスイートが6つ、3階には客間だろう部屋が28」
「スイートだけで私が住んでた家、丸ごと入りそうなんだけど…」
「それは言いすぎだろ。でも大概の広さだな」
ゴールドの称号を持っていたロキですら驚くのだからかなりのものなのだろう
流石は王の私物という事かしら
「本当に。でもせっかくだからマスタースイートを使ってみようかな。もちろんロキもね」
「…ありがたく使わせてもらうよ」
勿論3階で充分だというロキの言葉は却下した
「部屋は全部掃除されてたし、庭も手入れされてる。働いてた人達どうなったのかな?」
「さぁ…っと、あれじゃね?」
庭の片隅にある小屋のような建物から、荷物を運び出そうとしている男性2人を指して言う
確かに作業着を着てかなり日焼けもしている
「ちょっと行ってみよ」
私はそう言うなり外に飛び出した
ロキはその後を追いかけてくる
「すみませーん」
荷物を地面に置き、小屋の周りを掃除し始めた2人に声をかける
「あぁ…あんたが新しい住人か?」
「ええ。オリビエ・グラヨールと申します。彼はクロキュス・トゥルネソル。あなた方は…」
「ジョン・キャプセラだ。こっちは倅のウー・キャプセラ10歳だ。庭師として雇われとったが今日で打ち切られた。心配せんでもここを掃除したらすぐに出て行く」
どこか諦めたような言い方だった
「あの」
「?」
「このままここで働いていただくことは可能ですか?」
私の問いに2人は驚いたような目を向けてくる
「サロンから見ても外に出て眺めても…どちらでも楽しめる素晴らしいお庭だもの。私にはこの状態を維持するなんてとても出来ないし…」
だからこそ、何としてもジョンをここに引き留めたいと思う
「報酬はどうなる」
ジョンは少し考えてからそう言った
「今までの報酬をお聞きしても?」
「…この小屋に住まわせてもらう代わりに月10万シア」
かなり不満そうな表情だ
これだけの仕事をする職人の報酬としては実際かなり安いと思う
「それはお一人当たり、ですよね?」
「いいや」
ジョンは首を横に振った
2人で10万シア
住む場所があるとはいえ、これはどう見ても倉庫の役割を果たすのが精一杯の小屋である
「他の物件が同様になってないか確認するように連絡しとくよ」
ロキはため息交じりに言った
「ジョンは月10万シア、ウーは月5万シアで働いていただくことは可能ですか?」
「10万…2人で15万…」
ジョンが呟いている
提示した金額が低いことは私も承知してるけど、代わりにもう一つの条件も提示することにした
「住む場所は屋敷に用意させていただきます。もちろん食事も。報酬に関しては働きを見て増やすことも検討します」
「「え?」」
2人は顔を見合わせる
「住む場所ってこの小屋じゃなく?」
「食事までか?」
これまで小屋の片隅が与えられた住居だったことを考えればこれは大きいはず
でも家はほったらかしにしても傷むだけだしね
「この屋敷、馬鹿みたいに部屋があるのに私達2人だけしか住人がいないんです」
私は苦笑しながらそう言った
「できればこのあたりの事も教えていただきたいし…何より有事の際にこの庭を守れるのはお二人だけですから」
そう言うとジョンの目から涙が零れ落ちる
「親父泣くなって…」
ウーがジョンの背をさする
「俺にとってこの庭は子供のようなものだ…ここにいれるだけじゃなく仕事を認めてもらえるなんて思ってもみなかった…」
住居込みとは言え2人で10万、それが彼らの価値としてつけられた値段だったのだ
私としては有り得ない
ジョンの腕はかなり高い
今提示した10万シアなど破格だとわかっているものの、これまでの報酬を考えればこれ以上の金額設定は逆に不信に繋がるだろう
そう考えてひとまずこれまで通りの報酬にウーの分を上乗せして提示したまでの事
2人がここにいてくれるのであれば報酬を上乗せしていくのは簡単なことだ
「俺らの部屋って…」
「どこがいいかしら?ほとんど空いてるんだけど」
「一番狭い部屋を2人で使わせてもらえたらそれで充分だ」
「え?」
「今までこの小屋に2人でおった。それが突然1人になると逆に不便だからな」
なるほど。そういう考え方もあるのか
「俺はできれば3階がいい。足腰鍛えるのもあるけど高いところからの方が庭全体を見渡せるから」
ウーが少しワクワクしたように言う
「なら3階で好きな部屋選べばいいんじゃないか?ベッドが1つしか入ってないから別の部屋のを運べばいい」
「そうね。じゃぁロキ、ウーと一緒に行ってくれる?」
「了解」
ロキは頷きウーを促して先に入っていった
「そうだジョン」
私にはまだ引き留めておきたい人がいる
「何だ?」
「この屋敷を掃除してくれてた方の連絡先をご存知?」
そう尋ねるとジョンは少し険しい顔をした
「…そいつも呼び戻すのか?」
「できればお願いしたいと思ってます。ダメでしょうか?」
「いや。喜ぶだろう。俺の幼馴染が1人で請け負ってた」
「まぁ…」
「ただ…」
「ただ?」
言いよどむジョンを促す
「下の娘がまだ3歳だ。他に5歳と7歳の息子がいる」
「じゃぁ5人家族?」
「いや。旦那が魔物に襲われて2年前に死んだ。ここの掃除は子供たちを連れてきてもいいと言われていたから続けられたんだが…」
ジョンが私を見る目は、お前はそれを許せるのかと問うているようだった
実際たまに訪れる持ち主なら子供たちを連れてきていても支障はないだろう
それが定住するとなると許されなくなることが多い
ジョンの心配はもっともだと思う
「その方たちはどこで生活を?」
「町はずれの長屋だ。ここの報酬の7万シアで母子4人暮らそうと思ったら環境が悪かろうが長屋に住むしかないからな。それでも家賃だけで4万シア持って行かれる」
ため息交じりの言葉に驚くばかりだった
この広い屋敷を1人であのレベルで維持してるのに報酬が7万シア
ジョンといい本当に考えられない低賃金で雇われていたようだ
あの王に対する怒りが私の中に沸き上がったのは言うまでもない
「…その母子もここで暮らしてもらうことは可能かしら?」
「は?」
ジョンは信じられないという目を向けて来る
「子どもが3人もいるんだぞ?」
「ええ。だからこそここに住んでもらえば、その方も安心して働いてもらえるでしょう?ダメかしら?」
「いや、むしろ喜ぶとは思うが…」
「本当?できればジョンから話をしてもらいたいんだけどお願いしてもいいかしら?」
「それは構わないが…お前さん本気か?本来の住人より従業員の家族の方が多くなるぞ?」
「もちろんです。大勢での食事、楽しみだわ」
「…」
呆れたように見られてるような気がするけど気のせいよね?
そう思いながらジョンと話を詰めていく
「…じゃぁこの後本当に呼んできてもいいんだな?」
一通り決めたあと、ジョンは念を押すように尋ねてきた
「もちろんです。荷物も運べそうなら一緒に」
「わかった。じゃぁ俺もこの荷物を部屋に運んだらウーと一緒に行ってくる」
「4人に会えるのが楽しみだわ」
そう言いながら私もジョンの荷物運びを手伝いながら屋敷の中に入る
「親父!主に荷物運びさせるとかないだろ…」
「俺は断った」
ジョンは不貞腐れたように言う
「ふふ…じゃぁ続きはウーがお願いね」
「了解」
ウーに荷物を渡すと2人は何か話しながら階段を上がっていった
「結局ウーはどの部屋を選んだの?」
側に来たロキに尋ねる
「庭側の真ん中だな。庭と反対側の階段横の部屋からベッドを運び出した」
「了解。このあとジョンにここを掃除してくれてた母子を呼んできてもらうつもりなの。母一人子供3人。一番下は3歳だって」
「そいつらもここに住むのか?」
「そうしてもらえたらいいなとは思ってる。だめだった?」
「俺は別に構わない。城に比べりゃどこでも居心地がいいはずだしな」
その言葉に城の様子を思い出す
うん。私もあそこに住むくらいなら野宿の方がいいかもしれない
「よかった。ただね。ジョンの反応見る限り、ここに来てくれても2階のスイートなんて選びそうにないのよね」
「まぁ普通は手を出さないだろうな」
うん。そうだろうとは思ったけどね…
「だよね。かといって3人の子供と3階でってちょっと…」
危ない上に大変だろう
しかも一番下は3歳だもの
スイートを改装するってのも有かもしれないけど時間がかかるし…
「応接室一つ潰してもいいんじゃないか?どうせ使わねぇだろ?」
ロキが閃いたように言う
「それいいかも。スイートのセミダブルのベッド2つ繋げれば4人並んで寝れるよね?」
「…十分なんじゃねぇの?とりあえず下ろしてくる」
ロキはすぐに階段を上がっていった
私は応接室の1つ、庭がよく見える部屋に入り、不要そうな家具をインベントリを利用して移動したり片付けたりしていく
「今の魔力はそのマジックバッグじゃないよな?」
その声に振り向くとロキが立っていた
「あ、うん。元の世界でインベントリ使ってたのがそのまま使えるみたいなんだよね」
特に隠すことでもないと思い素直に認める
「…広間でマジックバッグ見て驚かないから珍しいとは思ったけどそう言うことか」
妙に納得したような顔で言われてしまった
普通はマジックバッグで驚くものなのかと自分の認識のずれを自覚する
今後はあまり大っぴらに使わない方がいいのかもしれない
その辺りのずれは出来るだけ早くすり合わせたいかも
「この部屋なら直接庭に出れるな」
窓からの見晴らしはとてもいい
子供達が庭で遊ぶのも表から回るより楽でいいはず
そう思って選んだのに気付いてくれたようだ
「わかった?」
「まぁな。それにこの部屋だけバスルームがついてたんだっけ?」
ロキは思い出すように言う
「その通りだよ。やっぱり部屋にある方がいいだろうしね」
「そうだな。ベッドはこの辺でいいか?」
「とりあえずそれでいいと思う。ありがと」
「あと3階のベッド運び出した部屋からコレ持ってきた」
そう言って取り出したのは簡易クローゼットと化粧台だった
女性だしあった方が当然いい
なんて出来る男でしょう
その気遣いに驚くと共に感心する
簡単に部屋を整え終わった頃、ジョン達が母子を迎えに出て行った