17.歌姫のお披露目(side:王宮)
歌姫のお披露目の日はあっという間にやってきた
「ねえ、やっぱりこのドレスじゃないとダメなの?」
少し前に侍女に捨てることを止められたドレスを見て、イモーテルはため息をつく
「お披露目だからな。歌姫の歌声があればドレス等問題にならないだろ?」
「あら…」
煽てにはめっぽう弱いイモーテルである
「お披露目で歌姫にはまず歌を披露してもらう」
「ええ。そのために練習してきたんだもの」
「そうだな。歌い終えたら盃の交換がある」
「盃?」
歌にそんなものが関係あっただろうかとイモーテルは首を傾げた
「お披露目の儀式の一つだと思ってくれればいい。特別な水を注いだ盃を交換して一気に飲み干すだけの簡単なものだ」
「そう。それなら私でも大丈夫ね」
難しいのは無理だけど、とイモーテルは笑う
内容などには特に興味を持たないことにオナグルはホッとした表情を見せた
「儀式が済めば歌姫はこの国の歌姫となる。明日からは毎朝バルコニーで歌を歌ってもらうことになるぞ」
「まぁ、毎日歌えるの?」
「そういうことだ。毎朝歌を届ける。それが歌姫の役割だ」
「そんな素敵な役割なら大歓迎。楽しみだわ」
イモーテルは満面の笑みである
何の疑いも持たないままお披露目の儀式が開始された
イモーテルの歌声を聞いた者は心地よさげに笑みを浮かべ、歌い終えた直後の拍手はすさまじいものだった
「何かすごいのね」
元の世界でも浴びた事の無い喝采に頬が紅潮している
「歌姫は俺の母が亡くなってから10年不在だったからな。この国で歌姫の歌は幸運を呼び込むと言われている。その歌が再び聞けるとなればみな精力的に働いてくれるだろう」
「そういう意味があったのね。覚えるのは大変だったけど、とても歌いがいがあるわ」
イモーテルは嬉しそうに笑う
血の契約の準備はイモーテルが歌っている間に完了している
そして皆の前で盃を交わし互いに一気に飲み干した
『ドクンッ』
「え…?」
一瞬覚えた違和感にイモーテルは顔を顰めた
でも次の瞬間その違和感は消えていた
「どうかしたのか?」
「ううん。何でもない」
心配そうに尋ねるオナグルに笑って返すイモーテル
その様子を見てオナグルがニヤリと笑ったのには気付きもしない
王宮の周りに集まった者達に手を振り2人で中に入った
「オナグル、とっても気分がいいわ」
「そうか?」
「ええ。あんな沢山の人に注目されるなんて久しぶりだもの」
「それは良かった」
オナグルの腕にしな垂れかかり歩いていたイモーテルは首を傾げる
「ねぇ、いつもと道が違うんじゃない?」
「よくわかったな。今日から歌姫には離宮で暮らしてもらう」
「離宮?」
「歌姫の為の館だ」
「私の為の…なんて素敵な響き…」
「あの左手の建物だ」
そこには塔のような建物が立っていた
「毎日あの最上階にあるバルコニーで歌を歌ってもらう」
「素晴らしいわオナグル!」
イモーテルにはそこは特設ステージに見えていた
オナグルに促されるまま離宮に足を踏み入れる
決して豪華ではないが、それでも高級な調度品が見て取れる
「ここに俺と同じように触れて」
「こう?」
扉の魔道具に言われるまま手を触れる
淡い光が灯り、すぐに消えていく
「これで住人登録は完了だ。この館は登録されたものしか入れない。今登録されているのは俺と歌姫、側付きのヴィオノ・オビエ、俺の護衛であるビンスの4人だけだ」
そう言って高齢の女性と表情の動かない、目の濁った護衛を紹介する
「歌姫、俺は今から正妃の受け入れ準備で忙しくなる。夜には一度顔を出すからそれまではヴィオノに館の案内でもしてもらうといい」
「え?ちょっと待って」
「なんだ?」
「正妃って…?」
「俺の妻の事だが?」
「私…は?」
「歌姫は歌姫だろう?」
「私の歌姫って…」
誰よりも優遇されると思い込んでいたイモーテルは泣きそうになっていた
当然のようにオナグルの横に立つ権利があると信じて疑わなかったのに、妻は別にいると言われて混乱していたともいえる
「ああ。君は私の歌姫だ。だから泣く必要なんてないだろう?それに俺が正妃を持つことについては、自分に何かがあるわけじゃないならどうでもいいと、好きにしてと言ったと聞いたが?」
その言葉にはイモーテル自身にも心当たりがあった
でもそんな話だと理解はしていなかったのだ
難しい言葉が沢山出てきたため聞くのも煩わしくなり中断させたのだ
「あれは…そういう話だったの?」
「なんだ、理解してなかったのか?」
「だって難しい言葉がいっぱいで意味が分からなかったし…」
「たとえそうでも王族に対して自らの言葉を取り消すことは叶わない。でも安心するといい」
「安心?」
「歌姫が歌を歌う限り俺は歌姫を愛で続ける。それに…」
オナグルはイモーテルの目を真っすぐ見る
その手は耳に飾られたイヤリングに触れる
「歌姫が俺に逆らうことはないだろう?」
それは血の契約のカギとなる言葉
オナグルへの忠誠と絶対服従、その契約内容は契約に用いる血に込められている
その血をイモーテルは既に飲んでいる
あとは発動条件となるカギとなる言葉を、相手の目を見て告げれば契約は完了する
「…ええ。オナグルの言うとおりにするわ」
「いい子だ。なら、俺が正妃に対応している間、ここでおとなしくしていられるな?」
「勿論よ」
さっきまでと打って変わり従順になったイモーテルにオナグルはニヤリと笑う
「歌姫の役目は毎朝歌うこと。そして俺が求めた時にその声で鳴くことだ。考えていいのは歌と俺の事。他は不要だ」
有り得ないほど傲慢な言葉だ
通常であればイモーテルが受け入れるはずのない言葉
それをあえてオナグルは口にした
「オナグルの言う通りにするわ」
「なら正妃の事も受け入れるな?俺には正妃を迎え、愛し、敬い、子をなして秩序を保つ義務がある」
「…そうね。私には難しいことは出来ないもの…」
イモーテルは悲しげな眼をオナグルに向ける
「ではもう行く。ヴィオノ、後は頼むぞ」
「賜りました」
ヴィオノが深く頭を下げるのを見てオナグルは離宮を出て行った