9.報酬
晩餐の片づけはカメリアたちがしてくれると言うのでそのまま甘えることにした
断わり続けてもかえって気にしてそうだったからね
私たちはその間にロビーに積まれた荷物を彼女たち用の部屋に運ぶ
「こんな部屋もあったんだね?庭が良く見える」
「あら。ウーたちもこっちの方がよかった?」
「ううん。僕は3階の方がいい」
どうやら上からの景色が気に入ったらしい
「ここから直接庭に出れるのか」
ジョンが窓から外を眺める
「少し手を加えて子供らの走り回れる場所を作ってもいいと思うがオリビエはどう思う?」
広い庭を子供たちが走り回る姿は簡単にイメージできた
「それは素敵だわ。ジョンお願いできるかしら?もちろん必要な道具やものはこちらで手配するわ」
「…道具まで?」
ジョンとウーが顔を見合わせる
「もちろんよ。この庭を手入れするための道具なんだから…まさか今まであなたたちが出してたの?」
信じられないことだけど反応からするとそうとしか思えない
安い報酬から自分たちの生活費の他に道具代まで出していたら手元に残らないどころか赤字かもしれない
「ああ。でも簡単に買い替えることも出来ないし、ちょっとずつ修理しながら誤魔化して使ってたんだが…」
ジョンの言葉に今度は私とロキが顔を見合わせた
あまりにもひどい待遇である
個人的な所有とは言え王家が持っていた別荘でそんなことが起こっていたなんて信じられないことだ
「管理してたのは領主か?」
「ああ。2年前に今の領主になってから酷くなった。去年からは植える苗も自分たちで手配するようにと言われてどうしたもんかと思ってたところだ」
「何てこと…報酬はあくまで働いたことへの報酬よ?管理は勿論、庭づくりに必要な道具や材料は全て経費なの。だから遠慮なく申請して頂戴」
「本当にそんなことしていいのか?」
「いいも何も当然のことよ?傷んでる道具があれば全部まとめて買いなおしましょう」
「いや、流石にそれは…」
ジョンが言葉を濁す
「これまで何とか使ってきた道具だ。手はかかるが愛着もある」
その道具を全て取り換えるとなるとやり切れないという
「勿体ないのは分からなくはないけど…じゃぁとりあえず、古い分は倉庫に置いといてゆっくり考えるのはどう?」
「…置いとけるなら、まぁ…」
「じゃぁ決まり。この屋敷無駄に広いし、置いておく場所はいくらでもあるわ。効率が落ちたり怪我したりする方が困るもの」
「はは…相変わらずの考え方だな」
ロキが笑い出す
「明日みんなで町に行って必要なものを揃えましょう。いいでしょうロキ?」
「ああ、いいんじゃないか?ついでに町の事を教えてもらえそうだしな」
「それなら任せて!」
ウーが胸を叩いて言う
「まぁ心強い。頼んだわよウー」
そう言うと満足げに頷いた
「ここが僕たちのお部屋?」
飛び込んできたロベリが目を輝かせながらそう尋ねて来た
どうやら片づけが終わったようだ
少し遅れてリラを抱いたカメリアとコルザが入ってきた
「とりあえず必要そうなものは揃えたつもりなんだけど足りなければ言ってね」
「とんでもない。充分すぎますよ」
カメリアは焦ったように言う
「お兄ちゃんフカフカ!」
「本当だ!」
コルザとロベルはベッドにダイブしている
「荷物は全部ここに積んであるからゆっくり整理して頂戴ね。手が必要ならいつでも声をかけてくれればいいから」
「何から何までありがとうございます。ジョンにも感謝しかないわ」
「俺は呼びに行っただけだ。気にすんな」
ジョンは笑いながら言う
「じゃぁ俺らは部屋に戻るよ」
「ウー兄ちゃんたちの部屋も見たい!」
「おーいいぞ。一緒に来い。3階まで競争だぞ」
コルザとロベルはウーと一緒に走って出て行った
その後をジョンがゆっくり歩いていく
「あの子たちがいないならちょうどいいわね。報酬の話をしましょう。とりあえず今までと同じ7万シアをと思ってるんだけど…」
「報酬なんてとんでもないわ…住む場所も食べるものも充分すぎるくらいなのに」
カメリアは首を横に振る
「そういうわけにはいかないわよ。食べる物はあっても服や日用品もいるだろうし、他にも色々必要になるでしょう?それに子供たちが大きくなれば勉強だってしなきゃいけないし」
「そんな贅沢なことは望んでないわ。今までだってその日を過ごすことが出来れば十分だったんだから…」
「でも流石に報酬なしって言うのはちょっとね…」
どうしたものかとロキと顔を見合わせる
「あの…では3万シアでお願いできますか?今まで7万シアと言っても4万シアは家賃でしたから…」
「手元にあったのと同額ってこと?」
「ええ。それでも多いくらいなんです。そこから食費を払ってましたから」
カメリアは申し訳なさそうに言う
「…わかったわ。カメリアを困らせたいわけじゃないからそれで手を打ちましょう。でも必要になったらいつでも言ってね?ここの掃除の対価は本当なら7万シアでも安すぎるくらいなんだから」
実際通常であれば一人でする大きさの屋敷ではない
最低でも2~3人は必要なところを、カメリアは1人でこなしてる
子供達も多少手伝って入るんだろうけど、その手際と効率は素晴らしいものだ
「それと、掃除道具で必要なものは全部経費扱いだから雑巾1枚でも申請してね。これはジョン達にも言ってることだから譲らないわよ」
「…わかりました」
カメリアは苦笑しながらうなづいた
「じゃぁ片付けもあるでしょうから私たちは行くわね。おやすみリラ」
「おやしゅみー」
カメリアの腕の中で手を振っているリラを少し眺めてからロキと共に部屋を出た
「ロキ、少し話をしない?」
カメリアたちの部屋を出てすぐに私はロキに尋ねた
「ああ。別にいいけど」
頷くのを見てキッチンに向かうとカウンターでコーヒーを準備する
「サンキュ」
カップを置くとロキは早速口に運んでいる
「お前の言ったとおりだったな」
「え?」
「報酬のこと。カメリアにはビックリだ」
「流石に私もビックリだわ。少なくとも私なら家賃分手元に残るって喜ぶ」
「俺も」
2人で笑いあう
「とりあえず王には領主も監査対象に入れるよう進言しとく。こんなことがそこら中で起こったら王家の信用問題になるからな」
「そうね…辺境だからといって許される問題じゃないわ。あまりにもひどすぎる」
ただでさえ安い報酬のなかから道具や材料の代金も支払うなどありえない話だ
王家が絡んでいる以上、待遇がここまで悪いのは異常ともいえる
ひょっとしたらこの話の裏には領主の横領も絡んでるかもしれない
そうなるとかなり大きな話になってしまうけど、進言するロキは王の側近だっただけにうまくやるだろうとも思う
でも、それを抜きにしても気になるのは…
「カメリアはそれが酷いとさえ思ってない。町の中での常識なのかカメリアが特殊なのかは分からないけど…」
「少なくとも自分の価値を安く見すぎだな。元からそうだったのか、環境がそうさせたのか…自信のなさの表れもあるのかもしれないが」
「望めないじゃなく望まないだったもんね…この広さでこの状態を一人で維持するなんて相当だよ?」
「普通なら最低でもベテランが3人は必要だな」
交代しながらだとそれくらいが妥当だとロキは言う
私もそう思ってるから異論はない
「使ってない部屋は毎日する必要がないと言っても放置するわけにはいかない」
「コルザとロベリも手伝ってるだろうし…2人はお駄賃、用意しようかな」
「お駄賃?」
「報酬にすると仰々しいけど、したことに対する報酬は必要でしょう?」
「そうだな」
「でも子供にまとまったお金を払うのは違う気がするし…だからお小遣い程度のお金かお菓子かしら?」
「なるほど…」
ロキは頷いている
「カメリアのお手伝いって形の時はとりあえず置いとくとして、私が直接お願いする時とかは別かな。少しずつ自分が動くことがどういうことか覚えてくれたらいいなって思う」
何かお手伝いをするたびにわずかな小銭を貰って喜んでいた子供の頃を思い出す
自分にも役に立つ何かを出来るということがとても嬉しかった
「じゃぁ俺もそうするかな」
そう言ったロキに笑みがこぼれる
「何だよ?」
「ん~ロキも下の兄弟がいたのかなーって」
「…」
軽く言った言葉だった
でもロキは一瞬困惑したような目をして黙ってしまった
「ロキ?私何悪いこと言っちゃった?」
沈黙に耐え切れず思わず尋ねてしまう
人には誰でも触れられたくないことがある
私はひょっとしたらそこに触れてしまったのかもしれない
「いや…少し昔話を聞いてくれるか?」
そう言ったロキに頷いて返す
「俺を産んだ母親は俺が5歳の時に他界したんだ。落ち込んだ親父はしばらく引きこもった」
「奥さんを愛されてたのね?」
「ああ。そんな親父をずっと気にかけてくれたのが幼馴染だった義理の母だ」
幼馴染…
どこか不穏な響きに聞こえた
「彼女はずっと親父を慕ってた。だから…母親を亡くした親父にずっと寄り添ってたんだ」
そう言いながらもどこか表情は暗い
「彼女のことは母親も知ってたけど親父が母親一筋で彼女の気持ちに気付きもしてなかったから、波風立てたくない母親は何も言わなかった」
それをそばで見ていた幼いロキはどんな気持ちだったんだろうか…?
「最初は母親が亡くなって付け込んできてって腹が立ってしゃべることもしなかった。でもそれでもずっと親父だけじゃなく俺も気にかけ続けた彼女を恨み続けることは出来なかった」
「それだけ真っすぐ付き合ってくれたってこと?」
「ああ。母親が亡くなって7年後親父が後妻に取って、そのすぐ後に年の離れた双子の弟が生まれた」
「…ロキ5年前に一人になったって…」
「ああ。まだ5歳だった双子も両親と一緒に事故であっけなく逝った」
たった5年でこの世を去るなどどれだけ無念だっただろう?
「双子は俺のことを本当の兄のように慕ってくれた。義理の母も本当の息子のように接してくれた」
そう言ったロキの目から優しさが溢れていた
大切な家族だったのだとわかる
「…カメリアたちを呼ばない方がよかった?」
「いや。むしろ嬉しいかな。弟たちにしてやれなかったことをしてやれる」
「そっか…」
辛くなるのでなければよかったと思う
それでもロキはしばらくカップの中のコーヒーをじっと見ていた
「何にしても、お前といると退屈しなくて済みそうだ」
今までと違う声音でロキは言う
「ジョンにしてもカメリアにしても…おそらく欲して探しても簡単に見つけ出せる人材じゃない。それをお前は簡単に手に入れた。しかも2人ともこの先何があっても自分から去ることはないだろう。極端な話報酬が払えなくなってもだ」
「それは流石に…ないんじゃない?」
報酬がなければ生活はできないのだから
「去らないさ。賭けてもいい」
そう言い切られて逆に困惑する
「ま、これからも楽しみにしてるよ。コーヒー旨かった。明日も動くことになりそうだからしっかり休んどけ」
「わかった。ロキもゆっくり休んでね」
「おう」
ロキは先に上に上がっていった
私はしばらく今日の事を思い返してから自室に戻った