第二章1 『少女』
六月十五日十二時 西宮菜々美
「おわったぞーー! 」
「やったー! 遊ぶぞーー!」
「カラオケ! サイゼ! 」
前期中間考査も終わり、夏が近づいてきていた。
私たちは考査が終わり、浮かれていた。
「こら、うるさいですよ。西宮、道下、武田。
お前たち三人組はいつも私を困らせますね。これで何回目ですか? 」
教壇に立っている担任の山本先生が私たちを低い声で叱った。
私たちの担任はおじいちゃん先生だ。とても可愛らしく、面白い先生だ。いつもニコニコしているが怒る時は怒る。しっかりした人だ。でも今の怒り方は親しみを込めた怒り方だ。
「えへへ、ごめんね」
「ごめんね、やまちゃん先生」
「ごめーん」
私たちも親しみを込めて軽く謝罪をする。
先生は肩をすくめて、呆れたように「HR始めるぞ〜」と言う。日直が「起立、礼」とだるそうな声で言う。
HR中はろくに話を聞かずに私は物思いにふけていた。
─────────────────────
中学時代、いじめをうけていた。
靴を隠され、陰口を言われ、無視され、陰湿ないじめだった。
仲が良かった友達も最初は庇ってくれたが、自分たちもいじめられるといじめる側に回った。裏切られた。
二年近くいじめられていた。卒業するまで。
これは後から知ったのだが、いじめられていた理由は、ある男子とただ仲が良かったからだ。ただそれだけ。そんな理由でいじめられていた側が納得できるか。ふざけるな。
辛かった。親にも頼れず、先生にも頼れず。
ただ唯一、頼れる幼馴染が居た。安倍悠誠。
悠誠は、いつも私の話を聞いてくれた。私が泣きながら夜に通話をかけても、聞いてくれた。嬉しかった。
とそれから数年。
私は高校に進学していた。
進学した高校は通っていた中学から遠い場所を選んだ。悠誠に勧められたからだ。
高校では、友達が出来た。結衣と葵だ。
私は人見知りなのといじめられていたことが相まって入学当初はかなりの陰キャだった。いつも挙動不審でおどおどしていた。
そんな私と彼女たちは仲良くしてくれた。優しくしてくれた。彼女たちと居るといじめられていた時の記憶が和らいだ。
彼女たちと過ごしていく僅か二ヶ月近くの間で、私たち三人組は一年生の中でかなりの問題児扱いされている。
たった二ヶ月で私はかなり変わってしまった。それは周りもそうだ。入学当初は静かなクラスだったが、一週間が経つ頃には騒がしいクラスになっていた。化粧をしていなかった女子も今は化粧をしている。スカートも膝下だったのに膝上まで上がってる。
人は簡単に変わってしまう。このときの私は、それを良いこととして捉えていた。
それでも私という人間の根底にある思いは変わってなかった。
愛されたい。ただ、ただ。愛して欲しい。愛が欲しい。
─────────────────────
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音で我に返った。日直が「起立、礼」とさっきとは違い元気そうな声で言う。もうすぐ帰れるからだろうか?
HRが終わると同時に私たちは走って教室から出ていった。駐輪場を目指して。後ろから先生が走るなと注意する声が聞こえたが聞こえないふりをしてひたすら走った――。
*
同日十六時 西宮菜々美
三時間近くカラオケで歌った。喉が痛い。
今でも葵が歌ってる。元気だ。すごいなぁ。
私と結衣はスマホを弄りながら話してた。葵の歌声をBGMにして。
「ねね、シオンの新曲聞いた? 良くない? 」
シオンとは最近流行りのアーティストの名前だ。
なんでも、ロックアレンジのPがシーンの多くを占める中、バンドサウンドに留まらずEDM、トロピカルハウスからシティポップ、ピアノバラード、アコースティックまで幅広いジャンルの音楽を作っているらしい。
最初はボカロを作っていたらしいが最近はもっぱらセルフボーカルらしい。
まぁ、ほとんどネットで調べた情報だ。周りに合わせないとまたいじめられる。そう思って調べた。好きなふりをした。興味もないのに。
「いいよねー、でも私は前の方が好き 」
「あー、確かに。でも今回の曲は実体験を基に作られたらしいから感情の乗り方が今までとは全然違うんよ」
「そうなんだ、もう一回聞くね」
興味もないアーティストの話を周りに合わせるため作り笑いで話す。
上手く笑えているだろうか。作り笑いがバレてないだろうか。上手く話せているだろうか。話し方は変ではないだろうか。どもってないだろうか――。
昔から自分のことを話すのが苦手だった。周りに拒絶される。そんな気がするから。好きなものに好きと言えない、嫌いなものに嫌いと言えない。そんな自分が大嫌いだった。
「ねー、何の話してるの?」
葵が歌い終わり、話しかけてきた。
私は「シオンの新曲のこと」と教えると、葵も「いいよね」と共感した。
その後は歌も歌わずに三人でガヤガヤと雑談に花を咲かしていた。
ふいに、グーと、私のお腹から音が鳴る。
急にシーンとなった。恥ずかしい。
この空気に耐えきれなくなり、私は結衣と葵の顔を見た。二人も私の顔を見ていた。二人の口角が少し上がっていた。
「「ぶっ、あははははははははは」」
笑われた。二人は馬鹿みたいに笑ってた。私もつられて笑った。
「やばい、お腹痛い」
「涙でそう」
「それな」
ひとしきり笑い、私たちはカラオケ屋を後にし、サイゼをめざして走った。
サイゼではピザを食べた。美味しかった。
数時間雑談し、その後解散することになった。
外は既に太陽は沈みかけており、心地よい風が体を通り過ぎていく。もうすぐ蝉も鳴き始める季節だ。夏は嫌いだ。汗で体がベタベタするから。お母さんのことを考えてしまうから。
──────────────────────
お母さんは私が小学生のときに交通事故で亡くなった。信号で待っていた私たちにトラックが突っ込んできた。
お母さんは私の事を突き飛ばし、庇った。
今でもお母さんの最後の言葉は鮮明に覚えている。
「愛してるわ、菜々美。」
酷くか弱い声で言った。
数秒後、お母さんの意識はなくなった。
後から聞いた話だが相手は飲酒運転だったそうだ。私は相手を恨んだ。
恨んで、呪って、殺したかった。
私が中学二年の時にお父さんは再婚した。相手は子持ちだった。バツイチなのかな。
後、義姉が出来た。名前は美咲。私とは違い、可愛らしい女性だった。
当時の私にとってそんなことは些細なことだった。
再婚してからというもの、家の居心地が悪かった。お父さんとお義母さんの邪魔をしちゃいけないと休日はほとんど自室から出なかった。
ある日、お義姉ちゃんが私の部屋に来た。私が引きこもっているものだから心配で来てくれたらしい。
「大丈夫? 菜々美ちゃん、部屋から全然出てこないから心配で来ちゃった」
彼女は心配げにドアの隙間から顔を出して言った。私は「大丈夫です。心配かけてすいません」と敬語で謝った。
「敬語はやめよ! 私たち姉妹になるんだし! 仲良くしよ! 」
彼女はにこやかな笑顔で大胆に、無邪気にそう言った。
私は彼女の大胆さに驚いた。私も彼女みたいに自分の感情を出してみたい。
私は「うん、仲良くしよ」と作り笑いで言った。
それから彼女と仲良くなっていった。休日は毎日遊んだ。
私も彼女みたいになりたい。優しくて、大胆で無邪気で、そして可愛らしい彼女みたいな人間になりたい。
──────────────────────
そんなことを思い出しながら自転車のペダルを漕いだ。