第三章6『知りたい』
八月十八日二十一時 佐藤陸
――久しぶりだな。来るのは何年ぶりだっけ。
懐かしさを感じる質素な造りの邸宅の前にいた。
紗良が死んでからは何となく逃げるように、この家に近づかないようにしていた。
だが、それも今日までだ。
そう奮い立ち、チャイムに手を合わせ、押す。
チャイムを押すと「はーい」と聞き覚えのある甲高い声と共にドアが開いた。
ドアの先にいたのは、見覚えのある女性――紗良の母親がいた。
「あら、陸くん? 懐かしいわね。何年ぶりかしら」
「そうです。お久しぶりです。紗良の葬式以来ですから六年ぶりですかね」
「あら、そんなに経ったのね。それはそうとして、こんな夜遅くにどうしたのかしら?」
「今更ですが夜分遅くにすいません。宿の当てがなく近くの知り合いで頼める場所がここしかなくて…… 。一晩だけ泊まらせて貰えないでしょうか?」
「あら、そう。なんも無いけどいいわよ」
紗良の母親――美恵子さんは快諾してくれた。
「ありがとうございます。助かります」
――僕の事を恨んでるだろうに。
美恵子さんは快諾してくれたと言うのに、僕の心中は穏やかではなかった。
「そういえば、隣の娘は誰かしら? 彼女?」
「まぁ、はい。そうです」
「――そう……」
美恵子さんは歯切れの悪い返答をした。
――そりゃそうか。
美恵子さんは僕たちを客間へと案内してくれた。
客間は和室だった。
落ち着く香りのする畳。木目のローテーブル。何が書いてあるかよく分からない掛け軸。紗良が穴を開けたふすま。
――懐かしい。昔、ここで紗良と遊んだっけ。
「布団は、押し入れにしまってあるからね。少し臭いかもしれないけど、我慢してね」
「はい、ありがとうございます」
美恵子さんとの会話を短く切り上げ、腰を下ろす。
――美恵子さんの本心が分からない。
美恵子さんからしたら、僕は、紗良が死んだ原因かもしれない人間だ。そんな奴をのうのうと家に入れるか普通。
――紗良。この家にいたら、君の事を思い出してしまうよ。
「……紗良」
「陸さん。その……紗良さんって誰の事?」
気づいたら紗良の名前を口に出していた。まずい。
「――――」
「答えれない人?」
「――違う、そういう訳じゃ……」
「――――」
美咲の冷たい眼が体にチクチクと刺さる。
そりゃそうだよな。彼氏の実家に来たと思ったら、知らない女の名前聞いて、家から追い出されて、知らない人の家に転がり込んで。彼女からしたら、怖いだろう。
遅かれ早かれ、いずれ美咲には伝えなければいけない。紗良の事を。僕の過去を。あの日の出来事を。
「美咲、紗良の事を知りたいなら覚悟を決めて欲しい。彼女の話は正直に言って重い。重たい。それでもいいなら君に伝える。僕の、僕達の過去を」
少しもったいぶって言うと、美咲はきょとんとした眼で僕を見ていた。
「――いいよ。私は知りたい。陸さんの事もっと。彼女なのに陸さんの事を知らないなんて嫌だ」
数分の無言の後、美咲は笑顔でそう言った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――僕は今も、今でも、思うんだ。
あの日、紗良を殺したのは僕なんじゃないかと。
どうも、ロッティーです。
バレンタインですね。内容とは全く関係ないですけど。
次回から過去編かな。




