001 孤児院の闇と、突き落とされた少年の絶望。魔法が全ての世界で『魔抜け』と呼ばれたゴミの末路。
この世界において、魔法とは酸素と同じだ。
吸わなければ息ができないように、魔法がなければ、人間として生きる資格すら与えられない。
騎士の剣技も、傭兵の武力も、商人の才覚も、すべては「魔法の適性」という名の残酷なラベルでランク付けされる。適性のない者は、肉体強化すら叶わず、重い荷物を運ぶことすら許されない。
当然、冒険者としての切符は剥奪され、商いを行えば鑑定魔法の使えない無能として食い物にされるのがオチだ。
「……また、一人か」
俺、ショータは、スラムの路地裏で産声を上げた。
俺の母親は、魔法貴族の血を夢見て俺を産んだ。だが、出てきたのは「魔法の適性が一切ない」欠陥品。母は俺に名前も付けず、ゴミのように孤児院へと投げ捨てた。
孤児院に入り、ようやく「ショータ」という名前をもらった。
だが、そこは魔法適性による格差社会の縮図だった。
「おい、魔抜け。また給食をこぼしたのか? ったく、汚ねえな」
背後から突き飛ばされ、床に転がる。
俺を罵るのは、この院で一番の魔法適性を持つゴウタだ。彼の指先からは、常に火花が散っている。
「違う……わざとじゃない」
「言い訳はいいんだよ。お前みたいな出来損ないは、空気吸ってるだけで周りが迷惑するんだ」
笑い声が教室に響く。
孤児院の先生たちは、子供同士のじゃれ合いとして微笑ましく見守っている。
……違う。これは、じゃれ合いじゃない。蹂躙だ。
魔法適性のある連中は、院の支援で小遣いを稼ぎ、屋台の美味い飯を食べ、自分用の武器まで買い揃えている。
一方で俺は、彼らの魔法の実験台にされ、ボロボロになった服を着て、殴られ続ける日々だ。
だが、そんな地獄のような毎日に、たった一つだけ「光」があった。
「ショータくん、痛かったね。……もう大丈夫だから」
女神のような微笑み。回復魔法の使い手、ミク。
彼女が傷口に手を当てる。温かい光が肌を包み込み、痛みが引いていく。
この瞬間だけが、俺が生きていると実感できる唯一の時間だった。
「……ありがとな、ミク」
「ううん、ショータくんは悪くないもん」
その光景が、苛めっ子たちの逆鱗に触れた。
彼らにとって、俺が怪我をすることこそが娯楽であり、ミクが俺を助けることは、その娯楽を邪魔する行為なのだ。
「いい加減にしろよ、ショータ。ミクの貴重な魔力をお前なんかに使わせやがって」
ある日の午後、森の奥深く。
俺はゴウタたちに呼び出された。
嫌な予感がした。いつもの「遊び」とは、何かが違う。
「……ここ、随分と崖に近いな」
「そうだな。で、お前はここで消えるんだよ、魔抜け」
背中を、強烈な力で押される。
無防備な体が宙に浮く。
落ちていく視界の中で、ガルトの歪んだ笑い顔が見えた。
「――死ねよ、ゴミ」
風が耳元で鳴る。
冷たい恐怖が全身を駆け巡った。
(ああ、俺の人生は、結局これか。誰にも名前を呼ばれず、誰の記憶にも残らず、ここで終わるのか……)
恨み。絶望。そして、燃え上がるような強烈な「拒絶」。
死にたくない、まだ何もしていない。このまま終わらせてたまるか!
その時だった。
俺の頭の底で、何かが「カチリ」と音を立てて弾けた。




