みそしる。
転生者『これが“味噌汁”だよ!』
異世界人『見た目は悪いが……なんだか温まる!
お袋の味と言うか……。
確かにうまい!
さすなろ!』
NIOさん「……は?(激怒)」
「よくぞ我を倒した!
だがいずれ、第2、第3の魔王が現れるだろう!
まあ、我の『毒爪』を食らった貴様には、そもそも未来が無いのだがな……ガクッ!」
旅を始めて二年。
なろ主はとうとう、魔王様を打倒したのでした!
……だけど。
ああ、だけどだけどだけど!
「なろ主、大丈夫ですか!?」
「……」
なろ主が無言でまくり上げた服の向こうには。
紫色に変色するお腹の傷が、ありました……。
「……え、え?」
「『魔王の毒爪』……食らったら、『女教皇』でも治せない、確殺の攻撃だ」
傷口から、血がじわじわと滲んでいます。
量は多くないものの、全く止まる様子を見せません。
「そ、そんな!
なろ主!!」
なろ主は力なく地面にへたりこむと、私に優しい目を向けました。
「奴隷ちゃん……最期に、君の作った味噌汁が、飲みたいなあ……」
「そ、そんな……何をいってるんですか。
て、転移魔法で王都へ戻りましょう!
きっと傷を治す方法が見つかるはず……」
なろ主は、力なく首を振ります。
もう全てを、諦めているかのように。
「ムリだ。
自分の体のことは、自分が一番よくわかる。
僕の寿命は、あと数時間だ」
「な"、な"ろ"主"~!」
私は泣きながらなろ主に抱きつきます。
まだ、こんなに温かいのに。
こうしてお話ができるのも、あと、数時間だけ、なのですか?
「……だから……死ぬ前に、味噌汁が、飲みたい」
私の頭を撫でながら、なろ主は静かに呟きました。
「わ、わがりまじだ!
まがぜでぐだざい!」
鼻水を垂れ流しながら、私は声を上げます。
必ずや、最高の味噌汁を作って見せましょう!
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なろ主に出会ったのは、今日みたいに静かな雨の降る日のことでした。
栄養失調で死にそうな私に。
長い間まともな食事を取っていなかった私に。
なろ主が食べさせてくれたものが……『みそしる』でした。
磯臭い『かつおぶし』と『こんぶ』をベースに。
まともな味のしない『とうふ』と。
海のゴミと言われる『わかめ』とか言う海草を具材にした。
ウンチみたいな色のスープ。
今の私が食べたら、きっと『二つの意味で、クソ不味い!』と言うでしょう。
でも、そのときの私にとって。
何日も食事がとれず、久しぶりに出会った、心のこもった、そのスープは。
……世界中の、どんな料理よりも、美味しい物だったのです。
なろ主が雨に濡れないように、辺りに雨避けの魔方陣を展開すると、私は大急ぎで『みそしる』を作ります。
マジックボックスから鍋と『こんぶ』を取り出して、水魔法と弱い火魔法で静かに熱を加えていきます。
沸騰直前に『こんぶ』を取り出して、沸騰したら今度は『かつおぶし』を適量加えます。
『かつおぶし』が全部沈んだら、一旦火を止めて、灰汁を取って、再沸騰させて……。
気持ちが急くのを我慢しながら丁寧に調理をこなしていく私。
だってだって。
これがなろ主の、最期に食べる料理になるのですから……!
振り替えると、なろ主はすっかり血の気の引いた顔をしていました。
脇腹からは、相変わらずじわじわと出血が続いています。
「……!!」
今すぐに走り寄って、泣き付きたい!
そんな気持ちを押さえるように、ぐっ、と唇を噛み締めて調理に戻ります。
『かつおぶし』を濾し取ったら、今度は賽の目に切った『とうふ』と、水気を切った『わかめ』を投入して、しばらく沸騰させます。
具材に火が通ったら、火を止めて、煮たたせないように注意しながら、『みそ』を溶かし込んでいきます。
「……おかあさん……今日はお味噌汁だね……」
後ろから、ぼんやりとした、だけど幸せそうな、なろ主の声が聞こえてきました。
もう、多分意識も朦朧としているのでしょう。
『みそしる』の匂いと『みそ』を溶く音で、昔、母親に『みそしる』を作ってもらった記憶を思い出しているのでしょうか。
ここにきて、私は気付きました。
食事は、記憶と結び付いている。
そこには、美味しいも不味いもなくって。
幸せか、幸せじゃないかがあるだけなんです。
この『みそしる』も。
『たまごごはん』も、『おにぎり』も、『おすし』だって。
あんなに美味しくないと思って料理を食べながら、それでも私はやっぱり幸せだったって。
同じ料理を出されたら、きっと文句を言いながら、私はまた“美味しく”食べきるだろうって。
今更になって、そんな、当たり前のことに気付きました。
私は涙が入らないように『にえばな』をお椀によそうと、大急ぎでなろ主の元へ持っていきます。
「なろ主、なろ主!
『みそしる』、出来ましたよ!
自信作です!
なろ主に美味しく食べてもらえるように、一生懸命研究したんですよ?
ほら、いい匂いでしょう?」
なろ主は、うっすらと目を開けてはいるものの。
私の声は、聞こえていないようでした。
「……失礼します!」
ご免なさい、汚いって、言われるかもしれないけど。
最後の最期に、なろ主に『みそしる』を飲んでほしい!
私は口の中に『みそしる』を含むと。
そのままなろ主の口許に、それを持っていきました。
優しい雨の音が響きます。
なろ主の喉が、こく、こく、と動くのが分かりました。
「……あ……ああ……奴隷……ちゃん?
……お味噌汁……作って……くれた……んだ……」
「……!!
は、はい、なろ主!
なろ主の大好きな『かつおぶし』と『こんぶ』で『おだし』を取った、自信作ですよ!」
「……うん……とっても……おいしい……」
「なろ主……なろ主……!」
「……」
「待って、待って、ほら、おかわりもあるんですよ?」
「……」
「まだ飲みたいですよね?」
「……」
「待って、待って、目を、目を開けてくださいいいい!」
ダメです、ダメです!
なんで、なんで?
もう、こんなに、唇が冷たい!
いやだ、いやだ、いかないで!!
「……おいしい……なあ……」
「……なろ主!!」
「……おいしいなあ……できれば……。
……これからも……ずっと……ずうっと……。
……どれいちゃんのおみそしるが……のみたかった……なあ……」
「……何ですか、そんなことくらい、お安いご用ですよ!
これからも、ずっと、ずうっと、作ってあげます!
……誓っても良いです!
だがら、だがら、ずっど、ずうっど、いっじょにいでぐだざいいいいい……!!」
これは、たぶん、辺境の村『ニホン』での、そういう誓い、なのでしょう。
なんて遠回しな言い種。
でも、良いですよ、私も誓いますよ。
だからお願いです、神さま、仏さま、いえ、もう、誰でも良いんです……!!
この人を、助けて!
私の誓いに、なろ主は少しだけ笑って。
そして、ああ。
そして、光の粒子がなろ主の周りを取り囲んで……。
###############
「おお ゆうしゃよ!
しんでしまうとは なさけない!」
何やら嘆き悲しんでいる王様の前で、なろ主と私は立ち尽くしていました。
「「…?
…??
……………??????」」
え?
え?
え?
わ、わ、訳がわかりません。
「な、な、なろ主……こ、こ、これは、い、い、一体??」
同じく首を傾げていたなろ主ですが。
しばらくして、「ああ」と手を打ちました。
「そういえば、勇者には、『死に戻り』のスキルがあったんだった。
全然死ななかったから、すっかり忘れてた」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……はあ?」
「……ゴメンね?」
私は少しの間、眉間を押さえます。
ちょっと、これは、ほら、いくらなんでも。
困惑する思考の中で。
だけど、歓喜の心を表現せずにはおられず。
なろ主に、私の喜びが伝わらないように。
……私は、絶叫したのでした。
「誓った私が、バカでした~~!!」
私の絶叫は王国を越えて。
多分、遠い遠い辺境の村にも、響き渡るのでした。
というわけで。
これは私こと、『奴隷ちゃん』と。
最高で、最低の、ご主人様、『なろ主』との。
どうでも良い日常の、ものがたり。
おしまい。
あ、もうひとつ、異世界料理、書いてます。
笑木屋の夜御飯
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