4:ウェイト・ア・モーメントその1
2016/04/13 6:26 難航しました<(_ _)>
足元に開いたトランクケースのフットペダルを踏む。内部のジェネレーターから飛び上がったECを掴む。そして投げる構えのまま、質問を投げかける。
「鋤灼君、さっきから誰と話してるの? 音声チャット?」
「いえ、ボタン押しっぱなしにしてたら、コウベが付いて来ちゃって」
後ろ髪のさっぱりしてる驗の、初期ボディーは、カメラのシャッターを押すポーズを両方の手でしている。
「あら、大丈夫!? 調子悪いんじゃ―――」
顔を驗の横の辺りに向けたまま、ECを、力一杯、”待ち状態”へ投げつける。
虚を突かれ、不意に力が入ったのか、かなりの速度で飛んでいく。
”待ち状態”の、ちょっと上の方、北経で言えば50度の、極寒の地域にめり込んだ。
バチバチと放たれる、凄まじい放電を見もせずに、驗達の方へ歩み寄る笹木講師。
「よーい……」
と軽く手足をブラブラさせた後、
「どん!」
と自分で言ってスタートし、猛然とダッシュ。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
と嬌声を発しながら、3メートルも無い距離を、全速力ですっ飛んで来られれば誰だって避ける。
「―――っぶなっ!」
驗は、咄嗟に足先をググっとリズミカルに動かし、横っ飛びにジャンプした。
当然、驗にリンクしているだけのコウベも、追従するので、笹木講師から遠ざかる。
驗は、データグローブもコントローラーも持たないまま、VRボタンを押すことで、通常疑似VR状態へ移行した。そのため、上半身はヘッドセットを操作した姿勢をモーションキャプチャされたまま、下半身は通常疑似VRのポピュラーな操作系の一つ、身体フリック入力による”自動移動”が適応されるという面白状態で、フロアに立ち、歩き、ジャンプしている。
「鋤灼君、なぁにぃーその、ちっさい天使ちゃんわぁー?」
なんか声に凄みというか、映画のクライマックスで、姿を現した真犯人みたいな猫なで声。もはや笹木環恩特別講師(美人声)とは呼べない。垂れてもいない涎をデフェフェと拭っている。
「シルシ、アレは、何なのかしら?」ガチガチガチ!
なんか、シンパシーでも感じてるのか、はたまた普通に警戒してるのか、コウベの目がつり上がり、ギザ歯を噛んでいる。
「そういや、教壇にネコミミフィギュア飾ってたな。 こういうの好きなのかな?」
と気もそぞろな、驗では到底太刀打ちできるわけもなく。
ズサァァァ! ガッシ!
一瞬の隙を突き近づいた笹木環恩特別講師は、身動きできないNPC米沢首(全長20センチ)を、両手でガッチリと掴んで、目を爛々と輝かせている。
「えーへーへーへー。怖く無いでちゅからねぇぇぇぇぇ」
妙齢の女性の、ガチのマニア属性を目の当たりにし、怯んだ驗が一歩後ずさる。
するり。少し引きつった顔のコウベが、苦もなく掌を通り抜けた。
ほっと息を付く驗。今、コウベとリンクしているのは、あくまで驗なので、いくら”手順さえ会ってれば後は機械が全部やってくれる”といっても、単純な合成像でしかないモノを、掴むことは出来なかったようだ。
ジリリリリリリ! ジリリリリリリ!
教室の座席にある、ダイアルスイッチがゼロを指した。
「はっ!? 私はなにを!?」
我に返ったのか、ビクリとする笹木講師。正気に戻ったらしく、時刻を確認したりしている。
「あっ! 10分過ぎてるじゃない! 鋤灼君。今日はここまでにしましょう!」
キラキラと輝く瞳には、左右それぞれに『自動』『屋台』と書いてある。
バリバリ!
「はい。コウベは救出、出来ましたし、ソレはいいんですが……アレは放っといていいんですか?」
バリバリバリバリ!
「え!?」
顔を上げた、笹木講師の眼前に、放電の度合いを激烈に増した、”待ち状態”が、どっしりとした存在感を放ち、浮いている。
バリバリバリバリバリバリバリバリ!
「ぎゃっ! 何なの? 鋤灼君、何かしたー?」
「俺は何もしてませんよ。さっき先生が凄まじい勢いで、ECをブン投げてクリーンヒットさせたんじゃないですか」
”待ち状態”の、ちょっと上の方、北経で言えば50度の、極寒の地域に、ECが、めり込んでいる。
「えーやだ怖ーい。覚えてなーい」
親指以外の指先を全部口につっこんで、取り乱している。
さっきまでの、格好良い姿は微塵も残っていなかった。
「ど、どうすんですか? なんか怒ってる? っぽいですよ!?」
驗も、ずっと、両手カメラポーズのままなので、ますます緊張感はない。
丸い球体自体が、ブワン、ブワン、ブワン、と脈動しながら、少しずつ大きくなっている
「もー、とっととダイブアウトしとけば良かったわ」
笹木講師は、崩れるように倒れ込む。
「VR空間管理者の仕事で、アレを何とかしないと、いけなかった訳じゃ、無いんすか?」
「いえ、別にやらなくて良かったんだけど、あんなでっかい”待ち状態”見たこと無かったから、反射的にEC投げちゃったのよねー」
「……あのまま、放っとくわけにはいかないんすか?」
「あんな風に、突き刺さったりしてなかったら、平気だったんだけど。ECはデバッグ装備だから管理者権限が付いてて、先生のECだってバレちゃうのよね」
「……なんか、面倒ですね」
「せめて、あの中身が稀少なモノとか、自己進化AI搭載型NPCとか、高価なものじゃ無ければ、普通にレポートだけですむんだけど~」
「自己進化AI搭載型NPCなんて、凄いNPCいるんすか?」
「何言ってるの? コウベちゃんも、鋤灼君から聞いた話だと、その一種よ」
「コウベが高価!? ばかな!?」
驚愕の表情で、再び首(と両手)だけをそっちへ向ける。
悩む二人を余所に、コウベが
「ワルコフー! ハッ! ドンドコドコドコ!」
と空中を叩き、陽気な太鼓の音を出し、変な演舞を、踊りながら呼びかけをしている。
「ちょっと待て、変な踊り踊ってないで、いい加減教えろ。ワルコフって何だ!? NPCか!?」
「ワルコフは神じゃん! 何言ってんの!?」
バカなの!? シルシはバカなの!? と言わんばかりの嘲りの表情をし、何度も拳を天に向かって突き上げる。ハッ! ドンドコドコドコ!
「このやろ」
シルシは腹をぷるぷるぷるっと大きく凄いスピードで回転させる。
ポジショニングの基点は腹部にあるようだ。
「やーめーろー」ギャッギャッハハ!
シルシの腹の、右斜め後ろの床から1メートルの高さに、ポジショニングされたコウベの主観視覚は、トルネード系のエグいジェットコースターのような有様だと、推測できる。
「仲良いわねー」
「シルシ、いいぞ、もっとやれ! 面白い!」
「くっ、3D酔いにでもさせてやろうかと思ったのに」
キーボードを叩くような音が、”待ち状態”から聞こえてきた。