第九十四話 宣言
「…………えっ」
ルリの決意の籠もった問いに潤平は答えられない。
たっぷりと数分間考えた後、出て来た言葉が、
「……す、好きか嫌いかで言ったら好きな方だと思います……」
と、何とも中途半端な返答だった。
「………………わ、私も好きです……」
えっ!? そうなの!?
ルリさん好きって言っちゃったよっ!
「……初めて潤平さんを拝見した時から好意を抱いていました……」
そうなのっ!?
あの時俺に惚れる要素なんてあったっ!?
「……で、でもルリさん俺は……」
「分かっています」
付き合う事は出来ませんと答えようとしたが、その前にルリが言葉を遮った。
「潤平さんはこれからも、この世界を満喫するために旅を続けるのでしょう? それに神様から授けられた役目もこなさないといけない。そこに私は着いていけない。危険な旅になるので、なので交際を断るつもりですよね」
「ん……」
まあ当たらずも遠からずってところなのかな……?
別にそれが理由で断るつもりじゃなかったけど、確かに言われてみればルリさんを、危険な旅に連れて行くのは難しいかもしれない。
それにルリさんはまだ十四歳なのだ。
彼女の大切な十代の時間を、潤平の都合で振り回すのは駄目なことなのだ。
「……ですから断られる事は元々想像していました」
「……じゃあ何で俺にこの話を?」
「…………それは決意を固めるためと、潤平さんに宣言をしたいと思ったからです」
「えと、決意と宣言……ですか?」
「……はい。聞いてくれますか?」
「勿論」
潤平が了承すると、ルリは潤平の方を向いて正座になる。
「わたしはいずれ潤平様の隣に立って歩いて行きたいと思っています。……それは仲間として恋人としてです。ですがそのためにはまだ私は力も魔力も何もかもが足りません。ですのでいつか潤平さんの隣に立てるようになるまで、今は控えることにします。今の学園を卒業して立派な女性になり、潤平様と並ぶ強さを手に入れた時、初めて貴方の隣に並ぶ資格を得ます」
潤んだ瞳で、そう宣言するルリは月明かりに照らされて、とても神々しく触れてはいけないかのような、そんな神聖さをはらんでいた。
それなのに手を出震わせて喋る少女の行動が、相反するかのように映り、潤平の胸をとても苦しめる。
「……何年後の事か今はまだ分かりませんが、もしその時約束を覚えていて、まだ潤平さんの気持ちが変わらなければその時は、潤平さんの隣に並んで一緒に歩いても良いですか……?」
声を震わせていて消え入りそうな声でそう囁く少女は、潤平の目にとても綺麗に映った。
潤平は声を出す前に、ルリの両手を取って握っていた。
「……はい。勿論ルリさんの気持ちが変わらなければ、俺はいつだって待っていますよ」
「…………良かった」
潤平の言葉を聞くとルリは緊張が切れたのか、潤平の手を引き寄せて泣き出してしまう。
ただ決して声を上げて泣き出すのではなく、静かに幸せを噛み締めるように泣いていた。
「……それとこの話をしたのはもう二つほど理由があります」
「? それは何ですか?」
「……えと、ちょっと恥ずかしいのですが、どこにいても潤平さんを想う気持ちが欲しかったのと、嫉妬する権利が欲しかったんです……」
モジモジと喋る目の前の少女に、潤平は完全に心を打ち抜かれてしまった。
…………どうしてこの女の子は、こうも真っ直ぐに俺の心を撃ち抜いてくるのだろうか……。
潤平が目の前の少女に心を打ちひしがれていると、ルリは手を繋いだまま潤平の胸に体を預けて来た。
丁度ルリの可愛いつむじが、潤平の目の前に来る形になる。
「…………私は決意と宣言を聞いて欲しかったのも事実ですが、半分以上は心配する理由と嫉妬の権利が欲しかったからこうして話をしているんです。…………私はずるい子です…………」
「…………それは当然の事なんじゃないですか? 好きな人を心配したり嫉妬したりするのは、女の子だったら普通の事なんじゃないですか?」
「………………潤平さん。…………ルリの頭を撫でて貰えませんか…………?」
「……? こう……ですか?」
ルリにお願いされたので、潤平は目の前にあるルリの小さくて可愛い頭を優しく撫で始める。
「……昔お母様に……こうして……撫でて貰ったのを思い出します……」
「……そうなんですか」
「…………はい」
ルリはとても気持ち良さそうな声色で呟いた。
「…………ルリさん?」
しばらくルリの頭を撫でていると、急にルリの体が全体的にこちらにしなだれかかって来た気がしたので、潤平はルリの顔を覗く。
「…………」
そこには安心しきった寝顔の少女がいて、潤平は少し父性が湧いてしまった。
……………………えっ?
………………寝たの?
…………この状況で?
まさかあの告白の状況から、いきなりこうなると思ってなかった潤平は、しばし固まって目をぱちくりさせてしまう。
……あの、まだ両手が繋がったままなんですけど……。
……どうすればいいんでしょうか……?
誰かー、助けに来て下さーい。フミさんでもスミレさんでも、ヨリさんでもいいから、誰か来て下さーい。
あっ! そうだっ! タマヨさんっ! タマヨさんも俺の部屋に来てくれるって言ってたんじゃんかっ!
タマヨさーん! 助けて下さーい!
しかし心の中でどれだけ叫んでも、誰かがこの部屋に現れる気配は一つもなかった。
それもその筈。
潤平はこの時気付いていなかったが、今屋敷にいる人達は、潤平の桜色の魔力に当てられて、心地良さと安心感を全身に浴び、深い眠りに落ちているのだから。
それは潤平の元に行こうと準備していたタマヨも、いつもはしっかり者のフミも、そして潤平の胸の中で眠っているルリですら、眠りに負けてしまったのだから。
それはこの屋敷だけではなく、アズマネの都中で起きた現象であり、潤平の魔力の灰の影響で、鎮魂祭の後の都は誰も彼も早々に眠りに落ちてしまったのだった。
「……どうするのこれ?」
結局誰の助けも来ないことを悟った潤平は、ルリが握っている手を片手だけ離して、ルリの事をお姫様抱っこで部屋に運んで布団の上に寝かせた。
そこで残った片手も離そうとしたのだが、何故かルリが眠りながら残った潤平の片手を両手で、力強く握っていて離せなくなってしまった。
何度か指をほどこうと試みたが、ルリがしっかりと両手で握っているため、どうすることも出来なかった。
無理矢理起こすのも悪いと思ったので、潤平は掛け布団をルリに掛けてあげると、手を握ったまま潤平も横になった。
今更ながら、ルリと手を握っている事を自覚して、緊張で手に汗が浮かんできてしまう。
潤平が握り返すと、柔らかな少女の手も応えるように、そっと力を込めてくる。
「……はああーーっっ」
結局潤平が眠りに就くのはそれから一時間経ってからの事であり、それまでは余計な事を考えて寝られなかったのである。
朝、潤平の魔力の灰のお陰で都中の人々が、深い睡眠を得られた事で気持ち良く目覚める事が出来たという。
その日の朝は、夫婦喧嘩やイライラした人も少なく、子供達もしっかりと起きてきたと言われている。
そしてこの屋敷でも、普段しっかり者のフミがいつもより早く目を覚まし、きびきびと朝の準備を始めていた。
それが終われば、主であるルリを起こすのが日課なので、いつも通りルリの部屋に向かった。
「…………どういうことでしょう」
そこで見たのは、ルリが自分の布団の上で潤平と手を繋ぎながら、幸せそうに眠る光景だった。
流石のフミもその光景を見て数秒固まってしまい、頭の処理が追い付いていなかった。
「あら二人とも可愛いわね」
そこに丁度起きてきたであろうタマヨが現れて、部屋の中を覗いて微笑んでいた。
「……タマヨ様、これは……?」
「うん。ルリがね、どうしても潤平君と話したいって言うから、じゃあご褒美も兼ねて夜二人きりになれば良いじゃないって私が提案したのよね。まあ私も後で合流するつもりだったのだけれど、いつの間にか寝ちゃっててね。二人も寝ちゃったようだから、何もないとは思うけど……。ちゃんと話し合いは出来たのかしら?」
「……はあ、そうなんですか」
「まあ、詳しいことは後でルリから聞きましょう」
タマヨはそう言うと部屋の中に入っていき、二人を起こさないように、潤平にも掛け布団を掛けてあげる。
そして離れる際に二人の頭を、愛おしそうに撫でていく。
「……もう少し寝かせときましょう」
そう言ってタマヨは部屋の襖を閉じてしまった。
「それよりもフミ、大広間に寝かせっぱなしのミオリとピー男爵の方をどうにかしないと……」
「……そうですね。ではそちらから先に対処しときます」
「任せるわ。私はまだちょっと眠いので寝るわね。朝食の時間には起きてくるわ」
「……畏まりました」
タマヨとフミはそのまま、部屋の前から立ち去ってしまう。
二人が訪れた事を知らないまま、潤平とルリは手を繋ぎながら幸せそうに眠っているのだった。
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