第一話 異世界をプレゼント
「潤平、おめさに異世界をプレゼントだ」
眼の前にいる祖父母から、衝撃の言葉を告げられる。
あまりにも、突然の事すぎて潤平の頭は理解が出来ず、潤平は全身が固まってしまう。
玄関を開けた筈だった。なのに目の前には真っ白な空間が広がっている。
そして一ヶ月前に事故で死んだはずの祖父母が立っていた。
潤平の喉がひゅっと鳴る。
「……じいちゃん?」
震える声で呼ぶ。
祖父はいつものように笑った。
「じゃじゃじゃ、久しぶりだなはん」
その声を聞いた瞬間、胸の奥で押し込めていたものが一気に溢れそうになった。
本当に目の前にいる。
夢じゃない。
葬式で見送ったはずなのに。
「ばあちゃんも……?」
「んだ」
短い返事。
それだけなのに涙が滲んだ。
「何で……」
聞きたいことは山ほどある。
何でここにいるのか。
何で死んだ人間が立っているのか。
何で自分がここにいるのか。
だが口から出たのは。
「会いたかった……」
その一言だけだった。
潤平の言葉に祖父母はニッコリと笑うと、口を開いた。
「あんのなはん、対向車がグワって来てよこりゃやべぇって俺ら思ったら、真~っ白い部屋にいてな俺らどでんした、そしたら神様がよ生き返らせるゆうがらよ、じゃじゃじゃたまげたなぁゆうてありがとがしたゆうて、だどもおらたち残したんおめはんのことがじゃじゃじゃ気になっでしかたなくでよ、じゃ代わりに潤平が行けんのかゆうてら行けるけんど。それなら俺らより潤平さいいって。潤平ならわらしから漫画見てよささるから。おらたちおしょすじゃそんならいわれて、おめはんならできっからあべ!」
…………そうだった。
十年以上一緒に住んでいるのに、祖父母が喋る言葉は物凄く訛っていて、何を言っているのか分からん時があり、だいたいパッションで会話してるんだった。
出ていた涙も引っ込んだ。
とりあえず、じいちゃんばあちゃんと会話が出来るんだったら、いつも通りゆっくり話を聞いてみるか。
「そこからはわしが説明するとしようかのう。」
頭上からしわがれた声が降ってきた。
見上げると白装束の老人が宙に浮いていた。
胸には大きく『神様』。
「いや分かりやすっ!」
「分からんより良いじゃろ」
思わず潤平は突っ込む。
老人は満足そうに何度も頷いた。
「単刀直入に言うぞ。お主、異世界に行かんか?」
「は?」
「この二人がお主を推薦した」
「推薦って高校入試じゃないんですけど!?」
「じゃじゃじゃ、んだなはん」
「うむうむとても元気があるのう。これなら儂の世界に呼んでも大丈夫じゃあろ、楽しみじゃあのう」
「じゃじゃ、たまげたなぁ」
「うむうむ」
何か勝手に三人で盛り上がってるし、すごい褒められてるのは嬉し恥ずかしいんだけど、置いてけぼりにするのだけはやめて下さいよ。
説明とやらをして下さいよ……。
「おおすまんすまん放置してしまったわい、おほんっ、では説明するとしようかのう、まずはこの部屋は異世界、お主は地球から呼び寄せて、祖父母の二人はわしの力で一時的にここに呼んでいる、ここまでは理解できるな?」
「……まあ、はい」
「うむ、それで何故お主達をここに呼び寄せたかとゆうと、ある使命を儂の世界で果たして欲しいから二人を呼んだんだがのう、二人が嫌がってのう、自分らではなくお主の方が異世界で生きていくのが向いていると言い始めたんじゃ。子供のころから憧れていたらしく、自分達よりも話が飲み込みやすく、きっと役目も果たしてくれるに違いない」
「……はい」
「だから、プレゼントすることにしたんじゃ」
「はい?」
「異世界に行き、自由気ままに生きる権利をお主にプレゼントじゃよ」
「はいぃぃぃぃぃ!? 異世界をプレゼント!?自由気ままに生きる権利!? どうゆうこと!?」
「いや、自由気ままにとはいいすぎたかのう、役目は果たしてもらうのでそれなりに制限はあるからのう、まあそれ以外だったら好きに過ごせるので、気ままにはいきていけるがのう」
「ちょちょ、ちょっと待ってください! プレゼントって何ですか!?」
「ん?」
どうにも話が噛み合ってないというか……。
神様はキョトンとした顔をしており、初めて聞いた話に潤平も開いた口が塞がらずしばらく二人は見つめ合っていた。
先に言葉を発したのはかみさまだった。
「何でも何もお主が異世界に行くことは、小さい頃からの夢じゃったと二人が言っておったぞ」
「ええ? そんな事言って……」
――いやある、思い出した——
記憶の片隅に、異世界アニメに憧れて二人にお願いした事がある。
小さい頃、遊ぶ友達もいなくて一人で遊ぶことも飽きた俺は、テレビで流れた異世界アニメに夢中になって行ってみたいと我儘を言っていた。
困った二人は、漫画を買ってきたが祖父母にはアニメと漫画の区別がついてなかったらしく、これじゃないともの凄く騒いだ記憶がある。
全身から汗がどっと吹き出し、空いた口が塞がらない。
…………やべえ、そんな事もあったわそう言えば。
その後しばらく異世界物の物語にハマっていたけど、ある日学校の友だちに、そんな物あるわけないじゃんって言われてから、急速に冷めていったんだっけ……。
今の今まで忘れてたわ……。
「うむうむ、思い出したのならば問題なかろうて、では正式にあちらの世界に移る手続きを始めるとしようかのう」
異世界か……。
その言葉が頭の中で転がった瞬間、勝手に映像が広がっていく。
どこまでも続く海。ただし潤平が知っている鉛色の漁港じゃない。透き通った青で、魚の群れが光みたいに泳いでいる海。
じいちゃんなら一目で何の魚か言い当てるだろう。でも俺には名前も分からない。知ららないものだらけの海だ。
遠くに山がある。
あの山、きのこ生えてそうだな。
ばあちゃんが山菜採りに連れて行ってくれた時のことを思い出した。
何が食べられて何が食べられないか、葉っぱの形と裏側の色で見分けるやつ。当時は退屈で仕方なかったけど、異世界だったら普通に役立つんじゃないか。
魔獣が出る森でも、ばあちゃんの知識があれば食いっぱぐれない気がする。
なんか、それだけで少し安心した。
……なんか食べ物の事を考えていたら、腹が減ってきたな。
頭の中にご飯の妄想が流れる。
魔法も、剣も、出てこない。ただ飯の匂いだけがした。異国の香辛料と、焼いた肉と、あとなぜかばあちゃんの味噌汁に似た何か。
……俺、異世界に行ったら真っ先に飯屋を探すかもな。
「おーい、戻ってこんか~」
「はっ!」
「うむ、それではお主は異世界に行く気がある、とゆうことで相違ないか?」
「大丈夫です! 異世界行きます!」
「よろしい、では確認も取れたので二人は手筈通りにするとしよう。潤平よ祖父母に最後に別れの言葉はあるかのう?」
「えっ」
そういえば。
「じいちゃんとばあちゃんはどうなるんですか? 俺が代わりに来た事で消えちゃったり、元の世界に帰れなくなったりしちゃうんですか?」
「その辺は大丈夫じゃよ。二人には元の地球のルールに則ってちゃんと生まれ変わるからのう。しかしのう二人には生まれ変わっても、出会う運命を用意しておったが、恥ずかしいからと拒否されてのう、それに神の祝福も断わられてのう。もったいないのう、持ってれば楽に人生を過ごせるんじゃが、困ったもんじゃ」
「じゃじゃじゃ、んなおしょすじゃ」
「んだ、それに生きけってもまた一緒なんて嫌だえん、違う生き方させてけろ」
「そういう事でのう、まあそこら辺は大丈夫じゃて、わしがちゃーんと上手くやっておくからのうなんせ神様じゃからのう」
「そうですか、それならよかったです」
潤平は、クルリと祖父母に向かって改めて向き直るが言葉が出てこない。
「…………っ」
伝えたいことは山ほどあった。それなのに全部喉の奥で固まって、代わりに涙と嗚咽だけが漏れた。
「だいじょうぶだあよ潤平、おめはんの言いたいことわかっからよ、わらしの頃から世話してからっよ、伝わっからよ、なんも心配することねえから、おめはんもよ風邪ひかんようによ何事も健康が一番だからよ、わらしの時みたいに布団けっぱぐて寝ねえようによするんだぞ、ほればあさんからもなんかいってやれ。」
「……わりいことしねえようによ。真面目に生きれよ、おれらまたお前を一人にしちまうけどよ寂しくなったらよ、友達だくさん作ってよ綺麗な嫁さんもらって子供たくさん作って幸せになれよ、ばあさんとじいさんもいつまでも見守ってからよ、生まれ変わってもずっとおめはんを見守ってから、幸せに生きれよ」
じいちゃんの手を握る。
ごつごつして、日焼けして荒れていた。何度も頭を撫でてくれた手だった。
温もりが、指の隙間から零れていく。
もう止められない。
精一杯笑え、そして二人を笑顔で送り出すんだ。
「今まで、ありがとうございました……っ」
潤平の言葉を聞いた二人は、一瞬だけ悲しそうな顔をしたがすぐに笑顔に戻り幸せそうな顔を見せ、光の粒となって儚く消えた。
じいちゃんの手の温もりがまだ残っていた。
消えたのにまだそこにある気がする。
潤平はその手をゆっくり胸に当てて前を向いた。
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