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ご覧いただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでもらえれば嬉しいです。

冷たい視線が突き刺さる。北部の、この厳しい気候の空気よりもずっと冷たい空気で覆い尽くされていた。思わず身を竦めそうになる。痛む身体を更に曲げて、視線をかわしたくなる。それでも、前に進まないといけない。自分の役割はこの地で、憎まれ続けることなのだから。

(どうか、この憎しみの渦がわたしに向けたものだけで留まりますように)

切実な思いを胸に、皇女は冷たい道を踏みしめていった。


* * *


「大公閣下に降嫁とは、一体どういうことですか」

大公と重臣が集まる大会議に、困惑の声が満ちた。その原因は、中央の皇室から送られてきた勅令だった。中央から離れた北部の地、マミア大公国は、先日北部の遊牧民との戦で大きな功績をあげた。これまでサナヒ帝国を脅かしてきた遊牧民の族長を討ち取り、北部に平和をもたらしたのだ。この戦の指揮を執った大公は、第一功労者として、大きな褒賞を得られることが期待されていた。大公国は1年のほとんどを雪に閉ざされ、作物が育ちにくく、貧しい国であった。軍事力はあれども、食糧が常に不足し、大公であっても質素な食事を取らざるを得なかった。このため、褒賞として領民に分け与えられる食糧と、周辺の豊かな公国との優先的貿易権を求めていた。しかし、先ほど訪れた使者は、帝国の第2皇女を降嫁させるという、一方的な勅令だけを伝え、さっさと中央へ帰ってしまった。あとに残されたのは、希望を打ち砕かれ、呆然としている大公と重臣だけであった。

「褒賞が皇女の降嫁のみとは一体」

誰の顔にも、勅令への落胆と、皇室への憤りが浮かんでいた。重苦しい空気の中、大公が口を開いた。

「私に力がないばかりにすまない。先の戦で、命を落とした兵等に申し訳ない。皆に豊かな暮らしをさせ、平和な日常を与えたい一心であったのだが」

まだ若き大公の、苦しげな言葉に、重臣達は涙を浮かべた。

「閣下のせいではございません。皇帝陛下はあまりにもわが大公国を軽んじすぎております。帝国が常に平和で豊かでいられるのは誰のお陰か、分かっておられません」

「先の戦の戦力をすべて我らに押しつけておいて、何の見返りもないとは、あまりにひどすぎます。それに加えて、第2皇女の降嫁を命令するとは」

「間諜に使うおつもりでしょう。我らの戦力が皇室の脅威になることを恐れているに違いありません」

涙ながらに、重臣達は皇室の非道を訴える。しかし、ここで何を言っても変わるものは何もなかった。大公国の食糧自給率は非常に低く、ほとんどを中央からの輸入に頼っている。もし皇帝の勅令に逆らえば、輸入を止められるだけでなく、他の公国との貿易も阻害されてしまうだろう。そうなれば、あっという間に大公国は飢餓に瀕する。これまで、皇国からの無茶な要望にも逆らえなかったのはそのためだった。長年、皇室からの非道な扱いに耐え忍び、ようやく見返りが期待できそうだったこの時に、皇女の降嫁のみという、褒賞でもなんでもない勅令が降ってきた。

「我らはいつまで我慢すれば良いのでしょう」

「何より、閣下にはすでに素晴らしい公妃さまがいらっしゃいますのに」

大公には、婚姻を結んで5年になる愛妻、リリアン公妃がいた。家臣から見ても仲睦まじい夫婦であり、すでに嫡子は誕生し、二人目も身籠もっている。大公は公妃の他に側妃を持つことが認められているが、一夫一妻制を貫ぬくほど、大公は公妃を愛していた。領民を大切に思い、どんな身分の者にも分け隔てなく接する公妃の徳の高さは、公国で広く尊敬され、厚い信奉を集めていた。皇女が降嫁となったら、皇室の血を引く皇女を公妃にせざるを得ない。公妃は、側妃に格下げとなってしまうだろう。そのようなことも、到底受け入れられるものではなかった。

「私は公妃を心から大切に思っている。政治上仕方がないとしても、このことを何と公妃に伝えたら良いのか。」

苦しげな表情で大公は公妃の住まいの方を見る。身重の公妃に、これ以上精神的な負担をかけたくはなかった。公妃の暖かい笑顔を思い浮かべながら、大公はため息をつく。

「しかし、勅令には逆らえまい。皇女を受け入れる準備をせよ。居室や側仕えの準備は、公宰相に一任する。よいか」

「承知いたしました」

大公の命を受け、公宰相のスミールが頭を下げた。どれだけ意に沿わない勅令であっても、従わねばならないほど、大公国は厳しい立場にあった。

「勅令では、2月後に皇女がこちらにいらっしゃるとのことでしたが、その時期は公妃さまの出産時期では」

端にいた、宮長官がおずおずと発言する。大公はうなずき、再び領大臣に告げた。

「そうだ。公妃は出産と療養のためしばらく宮殿を空ける。暖かい地で安全に出産をさせてやりたい。私も出産の前後は公妃の側にいるつもりだ。皇女が来る際に、私が不在でも対応して欲しい」

皇女の降嫁の際に、大公がいないことなどあってはならないことだ。それでも、愛妻の存在を無視して意に沿わぬ婚姻を押しつけられる、大公のせめてもの抵抗であることは、重臣達はみな理解していた。若き大公の切実な願いに、反対することはできなかった。

「承知いたしました。皇室への対応を含め、私におまかせください」

大公国の重鎮である公宰相、スミールは、皇室への憤りを胸にしまいながら、深々と頭を下げた。


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