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こりすま日記  作者: らいどん


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裏玉姫

 いつ始まっていつ終わったことなのか、確かめるつもりもないのだけれど、世界が戸川純だと思えた時代があった。いや、続きを追うことを怠っていただけで、じつは終わってなんかなかったと、最近しきりに思う。


 大阪にも竹の子族のようなムーヴメントがあったのかどうかは知らないが、そういうものは盛りを過ぎてしまっていたが、なんとなく若者の集まる地域というイメージが形成されつつあった時期なのか、いずれにせよずいぶん昔の話。ミナミの日本橋の歩行者天国になった通り――大阪はそのとき以来訪れていないので、昔と今の比較をよく知らないのだが、今はオタロードと呼ばれている場所だったのかもしれない――で、休日のそぞろ歩きをしていたときのことだった。どこからか聞こえてきた、聞き覚えのある音塊に惹かれてそちらへ足を向けると、その音はしだいにほぐれて、たしかに戸川純の歌う『パンク孵化(むし)の女』だと思えてきた。『パンク孵化の女』なんてその頃は(いや、現在はもっとか)、人前で聞くのがはばかられるような曲に思えていたので、そういう秘密の性癖のようなものが白日の下にさらされているのに気づいた時点でぎょっとしたのだが、人混みの隙間から次第に正体を顕したその音源は、女子高生かと思われる年頃の女の子の足もとに置かれたラジカセなのだった。


 当の女の子は戸川純を真似たメイクで(コスプレということばはまだなかった)、ラジカセから流れる『パンク孵化の女』の歌に併せて、憑かれたように歌詞を絶叫していた。彼女なりに声を振り絞ってはいるのだが、近くで演奏しているアンプリファイアされたバンドの演奏や人通りの喧噪にまぎれて、周囲の人を驚かせることもない。もっとも、彼女にはそのとき他者が見えておらず、そんなことは我関せずだったのかもしれないけれど。

 ひとしきり叫んだ後も目を見開いて空を見上げているから、思わずその場に釘付けになった。しばし沈黙ののち、彼女は不意に五体投地のようにアスファルトに身を投げだした。感極まって泣き崩れて、そのまま号泣し続けていた。

 戸川純自身はトランス状態を冷静に演じていたのだが、演じているものに呑みこまれそうなもろさも持っていて(そうでなければ、のちに自殺など企てなかっただろう)、彼女のファンのなかにはそのもろさの片鱗を都合よく病的に解釈して、不安定な自分の心と重ねた少女も少なからずいたのだろう。


 なんだかとんでもないものを見てしまったなと思いながら、そのまま脳内に電車でGOを鳴らしながら神戸元町へ移動したのだけれど、そこでの散歩中に見かけたインドクラブ神戸の門柱に掛かった「インド人会館」という表札の右上に、「となりの」と汚い字の落書きがあるのを見かけて、このときばかりはさすがに、世界は秘密裏に戸川純に浸食されたのだと考えるほかなかった。


 きっかけはっきりしないのだが、宝島やFool's mate誌を読んでいれば自然と戸川純の存在は知れたはずで、ゲルニカのアルバムを期待に満ち満ちながら予約した覚えがある。ちょうど非常階段とかTACOとかを、当時住んでいた地方都市のレコード店でせっせと買い求めていた頃だった。上野耕路が作曲した疑似懐古趣味の音楽は、ロシアン・アヴァンギャルドを模していたのか、あるいはアンドレ・ジョリヴェの民俗音楽採取のように、古い歌謡曲のセンスを異質なものとして扱ったものだったのか(上野耕路は伊福部昭系列の作曲家だと思っているので、フランス音楽の喩えはそれほど当て推量でもない)。大瀧詠一が笠置シヅ子を再評価しつつ『イエロー・サブマリン音頭』を発表したり、高橋幸宏がテクノ演歌を作ったり、古くさいものが一周して最先端という一時的な機運に合致して、ゲルニカは驚くほど新鮮な音楽に思えた。


 もちろん、ブラウン管に映る戸川純も熱心に追いかけていたから、初のライブツアーだった(と思う)玉姫伝ライブを見逃せるはずもなく、会場ではかなり舞台近くの席で囓りつくようにして見たのだけれど、そのときの記憶は、その後に繰り返し見たライブビデオやPV集とごっちゃになっている。何だったか、戸川純がウクレレを弾きながら歌った曲があって、演奏後に、本当は弾けないんだけど、これ、押さえなくてもコードが鳴るようにチューニングしてるんです、と言ってはにかんでいたトークはよく覚えていて、私にはこんなふうに、大事なことをすっかり忘れているのに、些末なことだけを記憶していることがよくあるのだ。たとえば夜のヒットスタジオで戸川純が新曲『玉姫様』を披露したあとで、MCの井上順が、これはアンネちゃんを歌った曲ですね、なんてノンデリなことを言ったので、困惑して俯いてしまった戸川純独特の、泣き出しそうな上目づかいだとか。

 当時のパフォーマンスの記録としては、カセットテープのみで発売された『裏玉姫』が自分には最高に思えて、音の記憶はこのテープの音に上書きされてしまった部分が大きい。


 あれほどよく聞いていた戸川純の曲を、いまはそれほど聞き返すこともないのは、昔を懐かしむという感情にどこか抵抗感がある自分の心の働きのせいで、時々きっかけを得ては、想い出さなければならないことの多さに混乱する。最近のきっかけはおもにYoutubeで、いったん視聴すると次から次へとおすすめの関連動画が出てくる仕組みのせいである。想い出させられても想い出しっぱなしで、想い出したことの前後関係はおぼつかないのだけれど、戸川純という歌手・女優にかんしてはなんとなく、ひとかたまりの記憶として保たれていて、折にふれてどこかしらがほぐれるような状態がしっくりする、という気がしている。今もちゃんと存在していることに、なぜか、ちょっと怯えているのかもしれない。


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