424 肉料理:レーヴェ・フロムダール(18)
外遊びをしていると通用口に馬車が横付けされる音を聴いた。花を愛でていた手を止めて、ふと気が変わって賑やかな方へ出向いた。通用口は厨房や食糧倉庫に面した裏玄関として使用されているため使用したことは一度もない。扉の前は階段となっており、地下から普段着の従僕たちが従事中には見せぬ軽快な足取りでかけあがってくるのが見えた。いつもは後ろに撫でつけている髪は風に逆立って息遣いも軽い。続いて出てきた女性陣と並ぶとまるで知らない男女のようだ。
「お嬢様」
「なぁに?……どうしてそんな顔をしているの?」
バートリは何も答えない。それでも何故か途方に暮れた顔をしているようにみえた。何から告げていいのか迷いながら、言い出せず共に傷ついているような顔なのだ。
後ろ髪を引かれながら生垣迷路の端から顔を出していると、従者の一人と目が合った。彼は女中頭の肩をさっと叩き、そこから「お嬢様!」という悲鳴にも似た声が伝播する。
彼らは誰に言われるでもなく二列に並んだ。豪雨のような足音のあと、あっという間に物々しい沈黙が漂う。かかとを揃えて足先を開き、胸を張る姿勢は彼らが仕事中に見せるものと同じだ。通用口はまだ昨日の雨でぬかるんでいて、端に立たなければならなかった小姓は水溜りの上に立っていた。顎をつきだし、かたい顔で空を見つめている。
「ごめんなさい、……あの……」
あってはならない遭遇だったとようやく気づく。こんな事をさせたかった訳ではなかった。ただどこへ向かうのか知りたくて、雑談をしたかっただけなのだ。
侍女や侍従長などの比較的行動を共にしてきた者であれば、簡略礼で済ませて雑談に興じることができていた。けれど階級の混ざった使用人たちが一堂に会していれば、そこに顔を出せば末娘としてではなく一族の者として扱われる。私が許可を与えるかどうかの話ではなく、覆しようのない主従の話なのだ。
格式ばった態度を取らねばと私は言葉を選んだ。お腹の前で重ねた手を落ち着きなく擦り合わせて、なんといえばいいか考える。
すると、肩を小突かれた背の高い彼が前に出てきて「村で用事を片付けて参ります、お嬢様」と言って直ぐに後ろに下がった。「用事」「本当のことなんて言えるか」と囁き合っているのが聞こえた。私はたくさん瞬きをしながら「気をつけて行ってきてね」と返した。お兄様だったらどう答えるだろう。「そうか」と一言で終わりかも知れない。自分の配慮不足に穴があったら入りたい気分だった。顔から火が出るとはこのことだろう。目の周りが熱い。
からからと金属がぶつかる音が階段下から聴こえて、鍵束を腰帯に携行する家政婦長が通用口を駆けあがってきた。
「貴方たち、お祭りだからって羽目を外さず充分慎むんですよ」と足元だけを見ながら言ったので、使用人たちはそれぞれ「あ」という顔をして私を窺った。私は笑顔のままでいた。彼らの用事が祭事であることは既に察している。
家政婦長は私の存在に気づいて一瞬言葉を詰まらせると、背後に立つバートリをすっと睨んだ。
「まあお嬢様、お見送りにいらしてくださったのですか? さぁこちらへ、馬車の泥が跳ねますよ。バートリさん、足元がこんな状況ですから抱きかかえてくださいね」
「お嬢様、失礼いたします」
「ほら、みんなは荷台に乗りなさい。男女均等に分かれて、馬を労わりなさい。身軽な子は振り落とされないように内側に座るんですよ、いいですね。あぁ、フォデレーさん、息子さんも送迎頼んでしまって申し訳ありません。とても助かります」
「なに構わないさ。領主様には足を向けて眠れねえんだからな。ところで、そのなり。あんたは来ないのかい」
「やることが山のようにありますからね。留守番していますよ」
「残念だな。俺はあんたを迎えにきたってのに」
「あらまぁ……あなたたち何を見てるんです。早くしなさい」
明るい雰囲気が戻る中、私はバートリの首に抱きつき盛大に顔を歪めていた。幼い身では感情の制御ができず、ちょっとしたことで決壊してしまう。自己嫌悪でなみなみと瞳は濡れている。取り繕うには一旦感情を吐きださねばならなかった。なるべく笑顔で送り出したい。その気持ちを念じながら、何度も細く息を吐いた。
「あの……お嬢様、ご気分が優れませんか?」
「泣いていらっしゃらないですよね…?」
「おい! 言葉遣いに気をつけないか!」
「だ、だって心配で……」
「バートリさん、お嬢様は……」
「お嬢様、私たち行くのやめますから……ごいっしょに遊びます。何でもしますから」
やさしさが苦しくて、自分が情けなくて涙が出てきてしまった。ぎゅっと襟を握りしめる私を隠したまま「行ってください」とバートリは平坦な声色で言う。「いいから行きなさい」と家政婦長の言葉も重なった。




