表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リリィ 思いつくままに書きとめたささやかな覚書と一切の崩壊。無力な愛、ひとつの不幸、ただ愛を愛とだけ欲したある価値の概念  作者: 夜行(やこう)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

423/526

423 肉料理:レーヴェ・フロムダール(17)

「トリアスお兄様は、今日もお馬に乗ってお出掛けになるの?」

「そうだよ。今は理術の腕をあげるのが楽しくてたまらないからね」

「お羨ましいな…」

「いや、いや、修学を遠ざける口実でしかない」

「理術だって立派な修学ですよ」

「良い成績を残してから言ってほしいものだな」

「まあお兄様、お父様みたいね」

「ぷっ。そうだぞ、それにディーの真似をしていたら体がいくつあっても足りないだろ」

「私の体はひとつだが?」

「人には向き不向きというものがあるって言ってるんですよ」

「お前が何に向いているというんだ」

「うわー、気が変わった。今日は兄様といっしょに出かけるか」

「嬉しい! 川奧の森へ? 対岸? チルターン丘陵も行ってみたいの!」

「チルターン? それは少し遠いな…」

「だめだ、行かせられない」

「スベルディアお兄様もごいっしょではだめ? みんなでお出掛けしてみたいの」

「だめだ。少なくともお父様の許可がなくては。わかるだろう、範囲外だよ」

「そうだけども……」

「………リリィ、なら舟はどうだ? 釣りはもう飽きた?」

「いいえ! あ……お兄様? トリアスお兄様とお舟に乗っても構わない…?」

「……」

「お父様が良いって買ってくれたんだから、どうしておにーさまの許可が更にいるんですかねぇ」

「しーっなの!」

「はいはい、しー、ね。わかりましたよ」

「……気をつけるんだよ。トリアスもリリィから目を離すなよ。バートリ、絶対に傷をつけるな」

「仰せのままに」と壁際に控えていたバートリが視線を正面に向けたまま答えた。

「いつものように守るよ。良かったなリリィ」

「ありがとうお兄様っ」


ロライン家にいた日々を振り返ると、誰も"濫觴の民"の話をしなかった。私がその民の唯一の女であることだけでなく、そもそも教会の教えを熱心に説く者はいなかったのだ。父が大主教の職にあるというのに、教会の取り組みや儀式のことは本や先生の口から聞くだけだった。父や兄は村の中央に建てられた質素剛健な教会で錫杖を振るう事もあったはずだ。けれど教会の規則は邸の中には持ち帰られることはなかった。私の使命は私のまま生きることにあるのだと父は行動で示してくれていた。今ならばわかる、邸を離れた今ならば……


私の心を引っかいていた気掛かりはもう一つある。身の周りには角や耳、尾や鱗などの種族的特徴を持った人ばかりいて、何の特徴もないのは私だけだ。ひどく奇妙なことに思い、当然問いかける。「貴方様は特別なお方ですから」みんな口を揃えて同じことを言った。


料理をしてみたいという私の要望を汲んで、地下の厨房に案内される途中、使用人の生活する階層を興味津々に見渡していると目立つ場所に飾られた額縁が目に入った。絵画ではない。硝子の中には羊皮紙が封じられている。綴られている文章がお父様の筆跡であることはすぐに気がついた。全文読めはせずとも数行で内容を察する。飾られていたのは私に関する指示要綱だった。それも私に渡されたものとは異なる内容の。


・我が娘の身の安全、純然たる教育のため邸宅に住居を得ている者は、宣誓の儀への参加を必須とする

・娘のために宣誓したところで、娘の願望や打ち明け話に心を寄せ過ぎてはならない。娘の事は心に信じていれば十分である

・―――

・我が娘を領主あるいは近親者の許可なく敷地外に出してはならない。庭の一部など例外は存在する。範囲は以下の――

・その者の深浅に関わらず、邸宅の来訪者と娘の接見一切を禁じる

・娘の存在を他者に吹聴してはならない。村人、村役人、教職者、他領在籍者、来訪者が対象となる。邸宅勤務者は除外する

・娘に多くの質問を浴びせてはならない

・――娘の肉体および精神を侵害せしめようとする行為、または誘拐行為、その他暴力行為などの主犯および幇助者や迎接者は慈悲の期間を一切設けず有罪とする

・―――――――またこれらの規律を乱した者は自供を得たあと厳罰に処する


細やかな意匠の施された額縁の中に、私自身が磔になっているような気分だった。

それから魘されるようになった。文言はまるで自分の娘を誰の目にも触れさせず幽閉しようとしているように思えたのだ。醜いものを隠すように――私自身、濫觴の民の絶大な力や希少性を知らず、自分だけ仲間はずれにされるには自分に理由があるのだと責任を感じ始めた。


「貴方様は特別なお方ですから」侍女たちのあのおっとりした物言いの中に嘘があると思っていない。みんなやさしく、良い人ばかり。けれど、けれども、どれだけ言葉を重ねられても、"特別"の意味がわからない。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ