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12.役目を終える時

「カートライト騎士団長様!」


唇が触れ合う直前に聞こえたその声に、私は咄嗟に目を開けた。同じく目を開けたアルは天を仰ぐ。


「あーも〜なんで邪魔するかなー」


声のした方に向くと一人の騎士が私達の前に跪いていた。


「お初にお目にかかります。私サンスムドーンの騎士団長ネイサン・ローダムと申します」


「あぁ、クローディアに会いたがってたっていう…」


アルの視線が私に向けられると、ローダムと名乗った男が私に向け改めて深々と頭を下げた。

新聞で読んだ情報では、この男は元は国に仕えていた騎士。反乱軍を密かに纏めあげ謀反を起こした張本人だと。


「貴方は………」


「私はウルフェンデン様の元で長く騎士を務めておりました。それなのに…敵を見抜く事ができず…申し訳ございません」


「私の両親の事をご存知ですか…?」


一度は合わせた目を伏せて男は苦しげに顔を歪めた。


「ジーンと名乗っていたあの男…それから魔女の手によって………………殺されました…………」


その言葉が重く響く。


「本当………ですか………?」


「あの日私は城内でウルフェンデン様とお会いしました。お二人が処刑されるという情報を持っていると知り、それは嘘だから直ぐに逃げる様に言ったのですが…ウルフェンデン様は此処まで来たのだからお二人を逃がすと。私を含め四人がそれに協力しようとしました。ですが………お二人の元にはあの男と魔女が居て…………既に命を奪われた後でした………本当に申し訳ございません。私はお二人を護る為に国に留まったのに………!! なんとお詫びしていいか……」


涙声に震える男に掛ける言葉が見つからなかった。

気にしないでなんて言えない。

もっと早く反乱を起こしてくれたら、なんて他力本願な事を何度も思っていたけど、それを口に出す程馬鹿じゃない。

腐った国に仕えていた兵士が腐っていると今でも思っている。でもこの人が己の正義を持って戦っていた事を嘘だとは思えない。両親の死に苦しんだかもしれない事も。複雑な心境に掛けるべき言葉が見つからなかった。


「………やっぱり…父と母はもういないんだね…………」


「本当に……申し訳ございません………」


男は深く頭を下げ、震える声でまた謝罪の言葉を述べた。

二人の死はウルフから聞いただけで実際に見ていない。だからもしかしたら生きているんじゃないかと、もしかしたらあれは私を逃がす為の嘘で、本当は両親もどうにか逃げ出してどこかで生き延びていてくれてるのではないかと今日までその可能性を信じていた。

そうであって欲しいと希望を持っていた。

だけど初対面のこの男が私に嘘をつく利点なんて無い。両親が死んだのは事実なのだろう。


「クローディア……これ………」


重々しい空気の中、静かにアルが差し出した手には私がずっと探していた懐中時計があった。


「ありがとう」


それを受け取って強く握り締めた。

やっと返ってきた。


「俺がこれからずっと一緒に居るから…」


「え?」


アルの言葉に驚いて、その顔を凝視してしまった。


「陛下の命令。これからずっと一緒に居られるよ」


「陛下の? でも…なんで?」


「護衛だよ。クローディアが伝説の魔導書を持ってるから」


「………でもアルは騎士団長なのに?!」


「それだけクローディアは凄い存在だってことだよ」


「そっか………でももう役目は終わるよ」


「え?」


「私はこれからサンスムドーンに行く。それで全て終わりにする」

感情を押し殺して淡々と告げると未だに頭を下げている男に声を掛けた。

「ローダムさん、一緒に来てもらえますか?」


「勿論です!!」


弾かれる様に顔を上げたローダムは涙と鼻水をそのままに何度も頷いた。


「ちょ、ちょい待ち! 俺も行く!」


「アル………伝説の魔導書は攻撃魔法じゃない。きっとこの国には必要の無い物だよ」


「……そうなんだ。それでも俺はクローディアと一緒に行きたい。駄目かな?」


伝説の魔導書の本質を知れば、陛下はアルを私の護衛になんてしないだろう。でもアルの気持ちが嬉しかったので素直に頷いた。


「ありがとう。一緒に行こう」



そのまま三人でサンスムドーンへ。

移動途中で日付は変わり朝焼けに包まれた故郷は懐かしさよりも心の痛む場所に変わっていた。


思い出は辛いものばかり。


ローダムに案内され、辿り着いたのは両親とウルフのお墓があるという丘。恐らくローダムが作ってくれたのだろう。確かに此処に三人とも眠っていると教えてくれた。

ローダムは気を遣って目の届く離れた場所で待っていると言い、私はアルと二人で墓前に来た。


私は墓の前に座り、懐中時計を開けて文字盤に埋め込まれていた種を取り出した。

父の研究により作られた種。それをこの懐中時計に隠し、ウルフがずっと守っていた。


後ろで見守っていたアルが息を飲むのが聞こえた。

ここに来るまでに事情を話していたから、この種の意味が分かるはずだ。


私は種をそこに埋めて、伝説の魔導書に書かれていた呪文を唱え始めた。


すると直ぐに小さな雲が生まれた。


「これ…………この可愛いのはもしかして…」


アルが興味深そうに小さな雲を見つめている。


「そう。これが伝説の魔導書の正体だよ。この種を護る為、育てる為だけに存在する雲。役目を終えたら消えて無くなる…」


「クローディア………」


何かを察したアルは様子を伺う様にそっと私の名前を呼んだ。


「私も……そう思ってた。役目を終えたら消えて無くなりたいって。そう思っていたからこそ、辛い事もどうにか耐えてこられた…」


「クローディア!! そんなの駄目だよ!! 俺じゃ三人の代わりにはなれないかもしれないけど、辛い時は胸を貸すし、一緒に泣くし、精一杯励ます!! あと、飯も作る!!…あと…あと…部屋も毎日掃除する!! トイレ掃除も!! だからそんな事言わないで!!」


「アル………ふふっ……」


「え……笑ってる?」


「ごめん…おかしくて……さっきの話し続きがあるの。聞いて………」


「そか………ごめん早とちりした…」


アルは気まずそに鼻先を指で擦る。その照れた様な仕草も可愛くてまた笑いそうになるのを堪えて口を開いた。


「私アーラダイストでアル達と会って、毎日楽しかった。ジーンは最初から嫌いだったけど」


肩を竦めてアルを見ると「そうなの?!」と言いたそうな程に驚いた表情をしていた。やっぱり気付いてなかったんだ。ジーンとは波風立たない様に、扱い易い奴だと思わせる為に逆らわず言う事を聞いてきた。

ウルフに似てたせいで邪険にできなかったというのも大いにあるけど。


「アルがいたから……まだ生きてみたいって思えたんだよ」


「本当に?」


「うん。ありがとうアル」


アルが何か言おうと口を開いた瞬間、私が生み出した小さな雲が雨を降らせて乾いた土が潤いを見せる。アルはまたまじまじとその光景を眺めて思わず洩れた様に言葉を発した。


「凄い……」


私は同意の意味を込めて頷いた。


「父と母は偉大な人だった……………………………」


そのまま思い出話しをしようとしたのに、頬を伝う涙がそれを遮った。

両親の事を思い出すのは自然といつも捕らえられた最後の時。

『クローディア、この国を救って』

二人共私に同じ事を言った。

乾いた大地と人の心も乾き切ったこの国を、私は救う必要なんて感じていなかった。二人が囚われてからその想いは益々募り、家族で違う土地に移り住めばいいと何度も思った。


そんな気持ちを抱いたまま…両親もウルフもこの国に殺された。


それなのに私は半ば義務として失くなった種を探していた。ウルフとの約束の為に。そして両親が生きているかもしれないという希望を胸に。

だけど両親はやはり殺されていた。

痛む心をどうにか宥めようとしていた時、此処に来るまでの道中でローダムが教えてくれた。


三人の死が反乱を起こすきっかけになったのだと。

時期を窺う反乱軍を奮い立たせてくれたのだと言っていた。そして兵士の殆どが反乱軍に加担したのは三人が慕われていて、国王より信頼を得ていたからだと。

胸が締め付けられる思いだった。



父と母とウルフは確かにサンスムドーンを救ったんだ。

死してなお。



「………ごめん。泣くつもりなかったのに…」


「泣いてもいいんだよ」


「もう何年も経ってるんだから乗り越えて前に進まなきゃ」


しとしと雨を降らせる雲を見ながら、頬を伝う涙を拭うと、アルは私の頭に手を乗せ、あやすようにぽんぽんと軽く叩いた。


「何年経っても泣いたっていいんだよ。

会えなくなっても、大切な人の事が大好きだって気持ちは一生変わらないでしょ? だから悲しくて辛い気持ちが一生変わらなくても当然だと思うよ」


「アル……………」


視線が絡むとアルは薄っすら涙を浮かべているように見えた。


「………胸を借りてもいい?」


アルは何も言わずに優しく抱きしめてくれた。







──────数日後


「というわけで…採用試験は形式上のものなので、受ければいいだけです。即採用ですので」


「あー…そうなんだ。でも私、兵士になる気はないから」


「そんな…!!」


エルヴェシウスは珍しくあからさまに落胆した。


ギルドの1つのテーブルを囲んで私の隣にはアルがいて、向かいにはエルヴェシウスが座っている。隣のテーブルの椅子だけをこちらに寄せてルゥとキアラがそのやり取りを聞いていた。

私は今、国に仕えろと絶賛勧誘されている最中だ。


「やっぱりサンスムドーンに帰るの?」


ルゥの質問に全員の視線が私に集まる。


「また近い内に行くつもりだけど…まだそこまで考えてない」


故郷サンスムドーンを緑化する事、それは両親とウルフの願い。だから私も持てる知識を注ぐつもりでいる。だけどサンスムドーンに移り住む気になれなかった。だからこそ先日サンスムドーンに行った時に手つかずだった家を処分して来たのだ。種と雲の様子を見つつ、ある程度植物が育てばもう手を引くつもりだ。既に残りの種はサンスムドーンの植物研究者に渡してある。


「エルヴェシウスがいなくなったらこのギルドで私の出番も増えるだろうし暫くはここに居るつもりだけど…」


エルヴェシウスとアルは国王陛下の命令を受け、このギルドに潜伏調査していたそうだ。目的だった私を見つけ、脅威であった伝説の魔導書が脅威では無いと分かり、更にサンスムドーンから国境を越えてお尋ね者になっていたジーンと魔女を捕らえる事ができた。もうギルドに所属する理由は無い。今後は騎士団長と国仕えの魔道士として本来の所属に戻る。


「それで…私の知ってる魔法をエルヴェシウスにも覚えてもらいたいんだけど…」


「いいえ、私は覚えません。リブラがアーラダイストの魔道士になると言ってくれるのなら話しは別ですが」


「…………じゃ、いいや」


この国に雲を生み出す魔法は必要無い。だが、もしも私が息絶えたら…と思うと先の事を考えて誰かに伝えるべきだ。


「ルゥはどう?」


「嫌だよ。そんな責任の重いこと無理」


「もー…じゃあ誰か他に信頼できる人を探さないと」


どうせこれから探すのならサンスムドーンの人間の方がいいだろう。そうなるとまたサンスムドーンに行かなければならない理由ができた。はっきり言って面倒くさい。思わず溜息が洩れるとルゥがぷくぅっと頬を膨らませた。


「……も〜…仕方無いなぁ…僕がやってあげるよ…」


「本当?!」


「ありがとう」と言い掛けた言葉を遮ってアルが何故かルゥを睨みながら


「ルゥ…そこに邪心は無いだろうな?」


「何、急に。あるわけないじゃん………てゆーかさ、さっきからアルは何でリブラの事を勧誘しないの?」


「それは………リブラが選ぶ事だから」


何とも歯切れの悪いアルを不思議に思って見ていると、横からキアラが声を掛けてきた。


「はっきり言えばいいのに」


「何を?」


「ギルドでもヤキモキしてたのに、王都なんか行ったら………ねえ?」


意地悪そうにニヤニヤ笑うキアラの言いたい事が私には分からなかった。どういう意味なのだろうか。それを聞く前にルゥがアルを馬鹿にしたような目で見て言った。


「え〜…アルって意外と余裕無いんだね」


「どういう事?」


「ギルドでも散々苦労したのに、騎士団に戻ってもまた目の前で逆ハーレムが繰り広げられるのが辛いんでしょ」


「逆ハーレム?」


「気付いてないんだ? リブラはギルドで相当モテてたんだよ」


「ええ?! 嘘でしょ?!」


キアラの思い掛け無い言葉に私はただただ驚くしかなかった。どこが逆ハーレムだったというのだろう。モテた実感なんて全く無い。


「ジーンとアルが牽制してたからね」


「でも離れてたら、それこそ心配なんじゃないの?」


「だから、俺はリブラの意見を尊重してるんだってば。もう用は済んだだろ? 行こう」


アルは早口でそう言うと私の手を引いて席を立った。


「またね〜」

「私はまだ諦めてませんからね!」

「魔導書、ちゃんと紙に起こしてよね!」


三人はそれぞれ言いたい事を言って手を振った。

私はアルに手を引かれながら手を振り返した。


手を引かれたまま連れて来られたのはアルの部屋。潜入捜査が終わったので、アルは本来の住まいである王城に程近い場所に借りている部屋へ帰る予定だ。引き払う為に荷造りをしているとは聞いていたけど、部屋の片隅には荷物が積まれ、大きな家具だけが残った殺風景な部屋に少し寂しさを感じた。


「さっきの話しだけど………」

アルは私と向き合い両手をきゅっと握り締めた

「本当はサンスムドーンに帰らずに側に居て欲しい」


「………うん」


「でも帰らなきゃいけない責務があるのも分かってる」


「………うん」


「でも本当はずっと側に居て欲しい」


「………うん」


「だけど帰らなきゃいけないんだよね」


「アル………これは延々に続く感じかな?」


真剣に話すアルには申し訳ないが、思わず笑ってしまった。


「せめぎ合ってるんだ。理性と本能が」


「そっか。でも今は目の前にいるんだから」


「そうだね」


この先どうなるかは分からない。

あの種がちゃんと育つかどうか、あの雲が最後まで役目を果たせるかも分からない。だから簡単には約束できない。それをアルも分かっているのだろう。


「私はもうアルを切り離しては考えられないよ。ずっと側に居たいっていう気持ちは揺るがない。アルが好きだから」


「俺も好きだよクローディア。大好き。全部が終わったら………一緒に暮らそう」


「アル…………」


思いがけない提案に返す言葉が瞬時に出てこなかった。

嬉しすぎて。

だけどアルはそれを迷っていると捉えたのか、焦った様子を見せた。


「ちゃんと部屋の掃除するよ?! 布団も毎日干すし、ふわふわのパンも買うし、寝癖も直すし、うれしびれも毎日突っついていいし…」


「ふふふっ…アルが居てくれて良かった」

アルの手を改めてきゅっと握ると、強く握り返してくれた。

「きっとすぐ落ち着くから待ってて」


「………うん」


ゆっくりと重なる唇から確かな温もりを感じて、身を委ねるとゆっくりと倒された背中にベッドの感触が…


「………アル……その………ここで?」


「この部屋がいいって言ったじゃん」


「………そ、そうだけど………」


「緊張してる?」


「……してないよ」


「俺はめちゃめちゃ緊張してる」


「………なんで?」


「小さくて細くて…抱いたら壊れちゃいそうで…嫌われたらどうしようってびびってる…」


「ふふふっ……大丈夫だよ。アル大好き」


「俺も大好きだよ。クローディア…」




この日、外は吹雪で凍てつくような寒い夜だった。

私の心もずっと今夜の天気の様に冷たく尖っていた。

アルに会うまでは。

アルの存在にどれだけ支えられた事だろう。

今度二人でゆっくりそんな話しをしたいな。

アルは照れながらも調子に乗りそうだけど。


飛び切り甘いキスに包まれて熱いほどの暖かい温もりを感じて、この日は今までに無い幸せな夜を迎えた。







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