かんにょん
「あう゛ぁろきてーしゅばらっ!!」
その日、佐伯ユーヤを起こしたのは白い柔らかそうな服を纏った子どもの一言だった。
「あう゛ぁろきてーしゅばらっ!!」
その年齢一桁くらいの子どもは両手をひらいて同じことをいう。
「…………あう゛ぁろきてーしゅばら?」
とりあえず、同じにように両手にあげて答えるユーヤ。
子どもは、ふふん、と満足げに笑った。
その子どもは修道女のような白いヴェールを被っていた。
ちょっとおめかししたというような格好ではない。
おゆうぎ会の衣装みたいだ。
「………………あう゛ぁろきてーしゅばらって何だ」
「そうじゃった。そうじゃったな。ユーヤの生まれたところでは、あう゛ぁろきてーしゅう゛ぁらとは言わんのんじゃったな………………」
子どもは、一人でうんうん納得。
ユーヤを正面に見据えると
「わらわは、かんにょんぼしゃつじゃ」
と宣言。
そして、へへん、とない胸を張った。
「………………観音菩薩?」
――――観音って、あの仏像の?
改めて、自称かんにょんを眺める。
その子どもが嘘をついていると疑う気持ちは不思議と起こらなかった。
かんにょんの、常人離れて神々しい、やさしげで包み込むような雰囲気が納得させるのである。
そして、かんにょんと自分のまわりが白く明るいだけの何もない空間であるのが何故なのか、理解した。
「…………俺、死んだんですか」
「そうじゃ」
かんにょんは断言する。
「やけに落ち着いておるの」
「…………死ぬの始めてなんで、どうすればいいかわからなくて」
――――泣いたり、叫んだり、喚いたり、するべきなんだろうか?
「いや、死ぬのは今日が始めてではない。おぬしは何度も生まれては死んでおるぞ」
「…………そ、そうなんですか」
「生きとし生けるものは、生まれては生まれては生まれ、死んでは死んでは死ぬ。くるくるくるくる生まれ変わるからの」
「はあ…………」
周囲の状況から見ると死んだのは間違いなさそうだ。
でも、死んだ実感がわかないし、何で死んだのかよく思い出せなかった。
「おぬしの行動、わらわはしっかり見ておったぞ。ホームから落ちた子どもを助けるために自ら身代わりになるとは、あっぱれである」
優しい母親のような眼差しの、かんにょん。
――――ああ、何となく想い出してきた。
かんにょんの一言で朧気に記憶が蘇っていく――――。
線路に落ちてうずくまる野球帽の男の子。轟音を立てて近づく電車。目を眩ます、まばゆいヘッドライト。
そして、悲鳴――――――。
正義感とかそういうのじゃないと思う。それ以前の、本能みたいなものに突き動かされたのだ。気がついたら列車の前にいて――――。
「…………あの男の子は?」
「おぬしのおかげで無事じゃ」
「よかった………………。でも、身代わりになって自分が死ぬとか、生まれつきのどんくささが見事に発揮された感じですね…………」
「そ、それは否定できないの………………」
顔を引きつけ苦笑いする、かんにょん。表情をすぐに変えて、
「ユーヤは頑張ったからの。ご褒美に、来世では神にしてやろう」
へへん、とない胸を張る、かんにょん。
「…………神様ってなれるものなんですか?」
「神も人間より上位の存在ながら、苦しみのなかにおる存在じゃ。たしかに人間より寿命も何十倍も長いし楽しいことばかりじゃが、死ぬときは地獄に堕ちるよりも深い苦しみを味わうことになる」
――――楽しいことが何倍になっても、苦しみも何倍になるのなら意味がないじゃん…………。
頭を振るユーヤ。
「…………やっぱ人間のほうがよさそうなんですけど、代わりのご褒美で生き返してもらうことはできないんすか?」
「残念ながらそれは出来ないんじゃ」
人差し指を立てるかんにょん。
その指先にひゅうと音を立てて、丸いヴィジョンが現れる。
そこには線路上に飛び散ったマグロの刺身みたいな物体の姿が――――、
「…………おおう」
美味しそう、と思考が停止。
こんなん見たら肉とマグロが食えなくなるレベル。
――――あの子にトラウマを植え付けてしまったかも。悪いことしたなあ…………。
「ユーヤは神様に生まれ変わるうえに、異世界に行かせてやろう。最近、流行ってるじゃろ? 若者はみんな好きじゃろ?」
かんにょんは、体をふりふり左右にふって、ひとりだけテンションがあがっていた。
「…………正直、異世界転生ものそんなに好きじゃ――――」
「さらにすべての因縁を断ち切る破邪の剣テトラレンマつきじゃ。大盤振る舞いしちゃうのじゃ」
ユーヤの遠回しな抗議も意に介さず話をまとめにかかる、かんにょん。
「次の世界でも、やさしさをふりまくんじゃぞ」
「ちょっと、話を――――」
「生憎、わらわも忙しい。また、来世で会おうぞ」
ユーヤの視界は一気に暗転した。




