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沙州遊行記~紅砂の城市~  作者: 天水しあ
巻の三「出生の秘密」
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「思いがけない告白」

二人が揃って声を上げた理由――小路から出てきた琅惺ろうせいと、彼に従う法恩寺の沙弥しゃみに出くわしたからだ。

 珂惟かいと琅惺は何か言いたげにしていたが、さっと沙弥が前に出てきて二人の間に立ちふさがった。彼より小柄な琅惺の姿は、たちまち隠れてしまう。

 珂惟が小さく舌打ちするのを見た茗凛めいりんは、思わず、とばかりにその前に出た。沙弥の前に立つと、上半身を傾けて後ろを覗き込み、

「琅惺さんじゃない。お久しぶり。今日はお出かけ? あら、あなた様も、お元気そうで」

 沙弥の名前は忘れてしまったので、笑顔を一瞬だけ向けてごまかすことにする。

 琅惺は明らかにほっとした様子を見せて、

「茗凛さん、ご無沙汰しておりました。その節は本当にありがとうございました。私は今、上座かみざのお許しをいただき、他寺の講義を聴きに通っているのです」

「そうなの。どこのお寺へ?」

 そこで沙弥がすかさず咳払いする。余計なことを言うな、と言わんばかりのあからさまさだ。琅惺は、

生憎あいにく寺の名は存じ上げませんが、無着むちゃく菩薩の論を聴いております。本日から第五章に入りました。ようやく半分といったところです。終わるのが惜しくなる楽しさですよ。――ほんの一刻前に終わったばかりですが、まだ胸が高鳴っています」

 言葉の途中で琅惺の目線が外れた――少しだけ首をひねってその先を追うと、その目はじっと珂惟に据えられていた。傍らの沙弥は、うつむきながら欠伸を噛み殺していたので、それに気づいていない。

「へえ、そんなに面白い講義だったの?」

 茗凛はあえて琅惺の隣の沙弥に訊いた。すると涙目の彼は「え……」と口ごもる。茗凛が不審そうに眉を寄せると、沙弥は大慌てで「んんっ」と喉を鳴らす。そして、

「琅惺さん、そろそろ……」

 肩越し振り返り、急かすように琅惺に声をかけた。琅惺は「そうですね」とそれに応じ、

「それでは」

 茗凛に会釈をして、再び歩き出した。琅惺を先に行かせてから沙弥も後に続く。

 二人の後姿を見送りながら、「あんまり面白い講義じゃなかったみたいね」と茗凛は苦笑する。

 だが珂惟は鼻先で笑うと、

「というか、ついてけなかったんだろ。なんたって『大覚寺の双璧』って呼ばれているうえ、沙弥に最年少合格してるんだぜ、琅惺は。そんじょそこらの沙弥じゃあ敵わねえよ」

「そうなの? じゃあ、将来は約束されてるじゃない」

「だろうな。和上わじょうは上座だし」

 「和上」とは沙弥の指導者たる比丘びくのことである。国家試験に合格した沙弥には、生涯の師と仰ぐべき比丘が選ばれる。この比丘を「和上」と言う。沙弥は和上に付き従い、身の回りの世話をしながら様々な教えを賜わるのだ。その関係は、寺院内の父子だと言っても過言ではない。

「――そんな凄い人が、どうして珂惟なんかと」

「なんかとはなんだ! 失礼な」

 珍しく本気の怒りである。茗凛は慌てて取り繕うように、

「ごめん、つい。そういえば、そういえば大覚寺の上座ってどんな方なの? やっぱりあの偉そうな蝦蟇蛙がまがえるみたいな感じ? でも前の上座と仲がよかったっていうなら、似たような感じの方なのかな。すっごく頭はいいけど怖くて頑固なおじいちゃん、みたいな」

「偉そうな蝦蟇蛙……そりゃまた随分な言い草」

 そう言って、珂惟はひとしきり笑った。そして、

「ウチの上座は不惑しじゅうをちょっと過ぎたくらいで、割と見れる感じかな。目当ての女性参拝者も多いみたいだし。ま、俺ほどじゃないけど」

「……。へえ、結構若いんだ。じゃあ切れ者ってことじゃん。やっぱり怖いの?」

「いや別に。親しみやすいってよく言われてるけど、あんまり威厳が感じられない、かな」

「ふーん。頼りない感じってこと?」

「ちげーよ。イザっていうときは、驚くほど機敏に動くんだよ。でも普段は、どっか抜けてるんだけどな」

 珂惟の言葉に、茗凛は首を傾げる。

「――なんか褒めたいんだか、けなしたいんだか、よく分かんないね。でも珂惟が上座のことが大好きだってことは、なんとなく分かった」

 思ったままの素直な感想だったのだが、珂惟が随分と怖い顔を向けてきたので、茗凛は思わずたじろいでしまった。

 あれ私、ヘンなこと言ったっけ? 

 慌ててこれまでの自分の発言をさかのぼって考えてみたが、よく分からない。なんとなく黙ったまま立ち竦んでいると、珂惟はそっぽを向いて、ポツリと言った。


「親父だから」


「……。え?」

 意味が分からない。思わず珂惟を見上げると、今度ははっきりと、彼は言った。

「上座は俺の親父だから」


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