「初めての無味」
「お、待ってました!」浮かれた声をあげた珂惟は、さっそく一口。
「なんだこれ、これ本当に美味い!」
「でしょお?」
珂惟の期待以上の反応に、茗凛は嬉しくなってしまう。
「夏の敦煌だなんてなんの拷問かと思ったけど、暑さがカラッとしてるから日陰はちゃんと涼しいし、悪くない。いい時期に来れてよかったー。こっちの果物は甘くて瑞々しくて、本当に美味いしさ」
「じゃあ今度おいしい焼餅のお店も紹介するね。店はボロいんだけど、安くて美味しくて、地元っこには評判なんだよ」
「それは楽しみ」
珂惟は再び杯子を傾ける。その嬉しげな様子に少し安堵したものの、そこでふと、白馬塔での話を思い出した。「そういえばさ」と茗凛は切り出し、
「さっきの話なんだけど、やっぱりちょっとヘンよね。講堂までしか入れないなんて。在家信者の私だってもうちょっと自由に歩けるのに。北東角のあたりはダメだけど」
「何で?」
「そこは行者や寺人(雑用係)たち用の宿舎があるんだけど、老朽化して壁が崩れたとかで、建て直しするまで危ないから近づくなって言われてるの。柵まで作っちゃう念の入れようなんだよ。だから行者たちは今、珂惟と同じあの宿で生活してるってわけ」
「へえ。そんな事情があったのか。でも確かに、普通の在家信者ならともかく、行者が外から通うなんてヘンな話だと思ってた」
「傍目には老朽化してるようには見えないんだけどね。確実に今、珂惟たちがいる宿の方が危なそうだもん。でも行者たちが寺を出てもう三月も経つのに、工事が始まる様子が全くないんだよね。参拝者も多いし、境内ではよく見世物やってて、儲かってるように見えるんだけどなあ。上座の肉になってるのかしら」
「あーありうる」
二人で声を上げて笑いあっていたら、店の主人がやってきて串に刺したハミ瓜を茗凛に差し出した。六つに縦割りされた瓜は長い櫛形で、種と皮は取り除かれ食べやすくなっている。主人は他にも複数の客に手早く串を渡していった。そこへ新たにやってきた客もみな、同じものを注文している。一番人気の商品なのだ。
淡い橙色をした切り口からは、果汁が滴り落ちている。
「ちなみに、この串はタマリスクね」
「そういや、枝が赤い」
「でしょ。枝がしなやかだから籠を編むのにも使われるよ。あとお仕置きの鞭ね」
「あー、それで。そりゃ茗凛が愛着を持って、熱く語るわけだ」
珂惟の軽口は軽く聞き流し、茗凛は瓜を一口。「うん、やっぱり美味しい!」
「そうなの? じゃあ、交換」
珂惟がそう言って、杯子を差し出してきた。
「え?」
茗凛はきょとん、としてしまう。
「こっちも美味いから、飲んでみなよ」
珂惟は何でもないことのように言う。
ちょっと待って。都ではこういうの普通なの? 家族とか仲間ならともかく、まだ会ったばかりで、ろくに話もしてないのに、こういうのってアリなの? 頭ではいろんなことがグルグルする。
――じゃあ断る? だがその考えは何故か、即座に却下された。
「はい」
意を決した茗凛が串を差し出すと、珂惟はそれを受け取り、がぶっと一口。
「うわ、これすごい甘い。瓜州で食べたハミ瓜も美味いと思ったけど、ここのはその上を行くな。本当にうまい。今度はこれ頼もうっと。あ、あんまり残ってないから、それ全部飲んでいいよ」
「あ、うん」
どうにか笑顔を見せながら、茗凛は手にした杯子を見る。
どこから飲んだらいいんだろうと思ったが、見ても良く分からない。珂惟がこちらを見ている、気がする。ああもう、茗凛はえいっと杯子に口をつける。
西瓜の味はよく分からなかった。




