周と框矢とNo.2
ある日、生徒と別れて校庭から出て来た框矢を待っていたのは、黒スーツにサングラスのアジア系の男だった。
「やっと見つけたぞ」
「……懐かしい顔だな」
サングラスを取り、少々憮然たる面持ちで框矢を見るのは、周价だった。
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「へえ、トップになったのか」
「もう数年前の事だがな。……それで、手を組んだファイエンの事は憶えているか?」
「ファイエン?ファイエン……ああ、四川省の組織だったか」
「そうだ。そのファイエンのNo.2が、お前に会いたがってる」
「……は?」
目を白黒させる框矢に、周价は眉間を揉み込み溜息を零す。
「何で框矢に?ファイエンとは縁もゆかりも無いはずじゃないのか」
聞いたのは影人。そう。周价は今、框矢達の家に、影人の部屋へと通されていた。
「俺も知りたい。だが熱烈なラブコールなんだよ」
「ラブコール……」
オウム返しに呟き、框矢がげんなりとした表情になると、周价も苦笑する。
「引くな。俺も似たようなもんだからな」
周价は随分前から框矢の存在を知っていたらしい、と更に言う。
「何でも、白燕の殲滅にお前が関わった、と耳にしたらしくてな。是非に、と言うんだ」
「……」
「会うのは二ヶ月後でも良いのだそうだ。そう言えば、お前には伝わると」
「二ヶ月後、だと?」
框矢は、影人と顔を見合わせた。二ヶ月というのは、ちょうど自衛隊駐屯地での訓練のひと月が終わる時期だったからだ。
「……分かった、会おう。再来月の第一土曜に、空港まで迎えを頼む」
「良いのか?」
「ああ。そのNo.2に、帯刀した上で出向く、と伝えておいてくれ」
「……分かった」
何故、香港に籍を置く周价が、海を渡ったカナダに自分が居ると分かったのか。
何故、無関係のファイエンのNo.2が、会いたがっているのか。
そして来月は会えない事を、何故知っているのか。
疑問は深まるばかりだ。影人も首を捻り、腑に落ちない様子。
「No.2の事、調べてみるか?」
「……そうだな」
国籍を変えても、裏では今だに情報屋を続けている影人。だが、そんな凄腕を持つ彼でさえ、No.2の彼の事はあまり分からなかった。
「こっちだ」
「あ?そっちかよ」
一ヶ月の駐屯地での義務を終え、空港で待ち合わせた二人。黒白龍のヘリで向かったのは、四川省ファイエンの本拠地だった。
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「彼が、No.2だ」
そう言って周价が指したのは、ジーンズに白のワイシャツをラフに来こなした男。
明るい髪色と瞳を持ち、背丈は框矢とあまり変わらないだろう。
「会いたかった、框矢」
和かな笑みとともに、流暢な日本語で手を差し出す。
「……?はあ」
困惑顔で握手を交わした瞬間、框矢は彼の言葉に驚愕することになる。
「僕を憶えていないか?33番」
「?!」
33番、はFARMでの呼び番号。
「何故、それを……」
「僕を憶えてないんだね、あんなに気が合ったのに。冗談言ったり、食事だって良く分け合ったりしたじゃないか」
そう告げられて、昔の記憶を必死に探る。そして思い出した、一人の実験台。
「……26番、か?」
刹那、彼の顔が綻んだ。思い出してくれたんだね、と満面の笑みで框矢を見る。
「本当に26番か?お前、てっきり死んだんだと」
「いやぁ、必死に逃げて逃げて、港に泊まってた船に潜り込んだら、中国に着いてさ。そこから更に逃げようと彷徨ってたら、彼女が拾ってくれたんだ」
彼女、は言わずもがなファイエンのトップである林光希だ。
「その頃はまだ、ファイエンも小さな組織でね。僕を息子同然に育ててくれながら、徐々に拡大していったんだ。彼女自身は組織拡大を目的とはしてなかったようだけどね」
くすくすと可笑しそうに笑う26番と、目を白黒させる周价。
「大貴、お客様?」
涼やかな声音と共に、現れた小柄な女性。ショートのふわふわとした焦茶の髪を揺らせながら、三人へと近付いてくる。
どう見ても裏組織のトップには見えない彼女に、周价は深く、大貴と呼ばれた26番は親しみを込めて頭を下げた。
「姐さん」
「その呼び方は似合わないって言ってるでしょう?」
片眉を下げて窘める。そして框矢へと振り向いた彼女は、穏やかな優しい笑みを浮かべた。
「貴方が框矢さん?ゆっくりしていって下さいね」
「ありがとうございます」
壁瑛?と他の部下を呼びながら去って行くのを眺め、三人はソファへと腰を下ろしたのだった。
「……トップとは思えない雰囲気の人だな」
「やっぱりそう思うか?けど、それが彼女の良い所さ。あんな彼女だからこそ、皆、忠誠を誓うんだ」
そしてファイエンがこんなにも強固な組織になったのもな、と付け加える。
「ふーん……。まぁ、俺は、そういうのは詳しくは知らないからな。
ところで、大貴っていうのは彼女がくれたのか?」
「ああ、苗字はないんだけどな。養子縁組したわけでも無いし。框矢は?誰から貰ったんだ?」
そう聞かれ、框矢の表情がふっと和らいだ。
「ダイルから貰った。俺も苗字は無いな」
「……ダイルって。まさか、幻の刀工ダイル・アルーノか?!」
「まあな。色々と世話になった恩師だ」
幻かどうかは知らん、と大貴の食いつき様に目を丸くしながら答える。
「まじかよ、良いなぁ!羨ましいよ」
その悔しがりようが本心からだとよく分かる顔なだけに、框矢も苦笑するしかない。
ときどき周价を交えながらの会話は尽きることがなく。
FARMから逃げた後の話、世話になった人達の話。
裏組織での生活に仕事の事や、見つかった両親の事。
手を組んだ黒白龍との事に、戦闘スタイル。
会話は翌日になっても尽きることは無かったと言う。




